23-2 エルキア王の狂気と再会の約束
「そうだな、だがお互い生きていて何よりだ。……ダレスは?」
「エルザス様に気に入られてしまったようでかわいそうに……。エルキア国内外、ウルゴス領の東西南北を今も駆け回っております」
「そうそう、アイツ思っていたより使えるやつでさ、こういう交渉事に向いてるのかな……なかなか重宝してるよ、ア・ジール」
なるほど、エルザスにもジョッシュにもないものをダレスは持っている。
それはあの温厚で親しみのある人柄だ。あまり態度に裏表もない、それが相手の信用を生むのだろう。
「それはまた大変な重労働だな……。さて、悪いがこちらからは特に報告はない。俺はここ20日ばかしずっと地中にいたからな。ワルトワースからの大量の物資が流れ込んで、軍備も備蓄も経済も絶好調だ、物によっては使い切れんほどあるとくる」
俺がワルトワースの話をすると、エルザスが冷たい現実主義者に戻った。
奥の深い考え方をする男だ、己の書斎机に腰掛けて、こちらがもたらした情報を計画と照らし合わせているように見えた。
「フフフ……私も驚かされました。まさかヒューマンに寝返った愚かな独裁者ジンニクスが、実は忠臣で、全て計算ずくてやっていただなんて……。誰にも予想できませんよ」
「なら俺からも言っておこう、ジンニクスは信用できる。最初から彼はこちら側だった。それにとても熱く粘り強い男だ」
最後の情報はうざい系クールを気取るエルザスに必要なかったらしい。
まゆをひそめて机から俺に視線を戻した。
「ま……興味を惹かれたのは事実だね。だってそのジンニクスは、君とユランが現れることを予言として知っていたそうじゃないか。未来を予知するだなんて、実際あり得ることなのかな……」
「エルザス様、事実としてジンニクスは、先日まで計画を忠実に遂行してきました。悪夢を屠る白き者が現れると」
注目が俺に集まっていた。白髪混じりの頭と白い手に。
こんなときは話をそらそう。
「そんなことより反逆者集めは順調か?」
「おや話をそらしますか、まあいいですか。その件ですが――」
「フッフッフッ、聞いてしまうかアウサル。実はここ最近、あまりに順調過ぎて怖いくらいなのだよ。これも俺の人徳かな、いや……それもあるけど、実はねぇ……」
俺は思った。常に安定してうざったいな、この男は。
ジョッシュも俺の顔色に極めて同感だったらしく、会話の主導権を奪い取った。
「実はエルキア王より妙な布告が下ったのです。諸侯を含む全土にですよ……55――」
「エルキア王の名において命じる、55歳以上の老人には特別な事業を任せるゆえ、要請が下ったらただちに王都へ上るように」
「拒めば一家含めて厳罰に処す。いくら怪しかろうと、家族を人質に取られては逃げられませんね」
「そこでうちのシルバを送ってみれば、老人は王宮に集められ、そのまま2度と外に出てきていない。……クククッ、どこかで聞いたことある話だろ、ア・ジール」
この2人はお互いにいちいち毒があるタイプだ。どうやらそういった部分では上手くやっているようだ。
……しかし、老人が集められてそれっきり姿を消すか。そうなるとどうしても、あの人間を溶かす悪意の大釜を思い出す。
「恐らくエルキア王は、老いた民をケルヴィムアーマーに変えて回っています。よりにもよって自国民をですよ。もう、王は完全に狂っておられる、エルキアに悪夢しかもたらしません」
ケルヴィムアーマー、あれはたちが悪い。
鋼に包まれた不死の肉体は、たった1体で100の兵にも勝る力を発揮する。対処法を見つけなければ撃破すら困難だ。
エルキア王はなりふり構わず、戦力を増強しているということだろうか……いや。
「だがそんなことをすれば人心は離れるばかりだ。さすがに頭の硬い諸侯すらも、現王の動きをひどく怪しんでいるね。異種族の殺戮を命じた者が、同胞にすら手をかけ始めたんだから、当然の疑いさ……」
「また事実として、ケルヴィムアーマーはワルトワーズで実戦投入されています。エルキアはついに最低の兵器を使い始めた、そう喧伝するだけで私たちの有利に働きます。ですが……」
「一見追い風のように見えるけどね、とんでもなくこれが怪しいのさ」
「確かに帳尻が合わんな。最強の軍勢を手に入れても、反逆者を増やしては意味がない」
いつだってそうだ、やつらはまともな作戦をいつだって取らない。
計画的なようで極めて短絡的で稚拙、だが最悪のカードばかりを切ってくる。
「まるであちらの上も下も、痴呆症にかかっているかのようです。人間の理知性を感じなくなってきているというか……いえ、自分でもわからないのですが、やはり普通ではありません」
そこでエルザスが机を指で叩いた。
この話に結論はないのだ、それより優先するべきことを話したいのだろう。
「せっかくだから聞こうアウサル、この後、君はどうするつもりだい?」
漠然とした問いだ。それに今となっては少し答えかねる部分もあった。
「ああ、俺が大きく手を出せる部分は無くなりつつあるな。サウス奪還のための隠し通路作り、それとローズベル要塞にも同じものを確保中だ。時が来たら一気に地上を掌握し、この国境要塞の守りを固める」
これは既定路線だ。スコルピオ侯爵を撃ち、ほぼ無血でサウスを奪う。
フィンブル王家を復興させ、ヒューマンとの共存の道をフェンリエッダが宣言する。王家の末裔として、新しき女王として。
「……南に去ったという巨人らとユランの民は、探そうにも足取りがまるでつかめない。よって俺もしばらく地味な活動が続きそうだ」
「事実上、そちらは現状の戦力で戦うと考えた方が良さそうですね。まあ、エルキア王がバカなことを始めてくれたおかげで、勝算は上がったはずですが……」
俺たちは勝たなければならない。負ければ亜種族の未来は閉ざされ、エルキアの狂気が世界を蝕む。
ジンニクスがあれほどまでに己を曲げて貫いてきたものも台無しになる。
俺たちの知らないところで、これからの戦いのために驚くべき歳月と努力が費やされてきたのだ。
「ならば助言――警告をしておこう。既にグフェン殿には密使を送ったがね、サウス国境にエルキア軍が集結を始めているようだ。……気をつけてくれ、場合によっては、向こうはこちらの決起を待ってはくれないかもしれないよ」
何でそんな重大な情報を後回しにしてくれる。
俺はそう不満を呈して急ぎ戻る段取りを立てた。
「焦るな焦るな、せめてちゃんとした食事くらいしていこうよ、ア・ジール。異界の言葉でもこう言うだろ、腹が減っては戦は出来ぬ」
「すぐに攻めかかって来るとは限りません。今日一日くらい長旅の疲れを癒しましょう。フフッ……ただ一人の親友の来訪を、エルザス様は朝からずっと地下で待っていたくらいなのですからね」
いつから俺は親友に格上げされたのだ。そう言い掛けて止めた。
それでは同盟の関係に亀裂が走る。
それに俺はこの館に来て、エルザスをこれまでとは違う目で見るようにもなっていた。
父親が死なずに王位を継げば、コイツは将来を約束されたはずだった。だが現王に奪われた、一時はルイゼすらも。
「せっかくだ、アンタの蔵書が見たい。それでもし好みの異界の本があったら貸してくれ。……友達としてな」
「あ~そういうこと、いいのかなぁーアウサル? 俺、趣味のことになるとウザいよ、大丈夫かなぁ、まあそこまで言うなら貸してやらないこともないけどねぇー?」
「問題ない。エルザス、アンタはただ普通に息にしているだけでもウザったらしいので、それは今さらだ」
ジョッシュのやや性格の悪い失笑が響いた。
残念ながら今ここには性格の悪いやつしかいないようだ。必ず本を返しに来ると約束して、翌日俺はエルザスの領地を去った。