22-17 悪夢を屠る白き者へ、ライトエルフの執念を込めて
ジンニクスに招かれて俺は公城の裏手、その地下に隠された秘密の区画に案内された。
それがまた広大な空間だった。
そこに丁寧にまとめられた備蓄物資が、どこまでもどこまでも果てしなく、莫大に続いていた。
金塊、宝石、ミスリルを含む多種インゴット、砂糖、酒、長期保存が可能な霊薬たち。その他、保存が利くものなら何でもあった。
圧倒的な物資量というのは壮観だ、そしてそれこそがこのワルトワースという国の謎の答えでもあった。
「これが我の正体だ。これが我らの50年、今日までかき集めてきた全てだ……。俺は祖国を裏切ってまで、これをどうしても実現しなくてはならなかった」
「ジンニクス、アンタ……いや、驚きのあまり言葉が出てこない。アンタよくもこれだけ集めたものだな……」
ワルトワースより消えた莫大な富、それがここに運び込まれたのは一目瞭然だ。
彼は民から搾取していたのではない。
かき集めたもの全てを、物資に変換して、ここに積み立てていたのだ。
「アウサル、我は50年がけのこの執念を、そなたに賭けるつもりだ。悪夢を屠る白き者……もうそんな予言などどうでもいい」
「予言だと?」
「そなたには、我らの50年と、我の裏切りの日々を賭けるだけの価値がある。さあ、受け取れ、そして本当のそなたの正体を我ジンニクスに教えてくれ」
予言という言葉が気になったが、どうも聞ける雰囲気ではなさそうだ。
なるほど、是が非でも城を守らなければならないわけだ。
50年がけのライトエルフの意地、ヒューマンの国に渡せるわけがない。
「ジンニクス、俺はアンタを誤解していた。アンタを信じて希望通り伏せていた事実を語ろう」
「クククッ、我は裏切り者よ……」
ジンニクスからは憂いが見えた。
肩の荷が下りたという心境もあろうだろう。だがそれより遙かに後悔の方が勝っているかのようだった。
俺がくつがえそう、スコップではなく言葉で。
「サウスの地下には生まれたばかりの国がある、名をア・ジールという。当時活躍した義賊から取ったそうだ。悪党の倉庫から財宝を盗み、奴隷扱いに苦しむダークエルフの希望となった者の名だ」
「ぬぅ、地下に国だと……」
最初は当惑するに決まっている。
ジンニクスもそうだった。
「その国は世界中の亜種族の国に繋がっている。有角種、獣人、ライトエルフ2国、選ばれなかったリザードマン、アンタにはお隣のサンクランドも味方だ」
「な……なん……なんだと……」
ジンニクスの絶句といったらなかった。
さすがに驚きすぎだろう。
というより先にホラを疑うだろうに、それだけ俺を信じてくれているということか。
「そうか、大陥落に城への地下通路……それくらいそなたには出来てしまうということか」
「アンタ鋭いな。そうだ、このスコップで俺は隔てられた国と国を繋いで回った」
「クククッ……50年がけの疑問がやっと解けたよ。それがもし本当なら、消えたユランの国の再来ではないか……」
「ああ、ユランか……」
まあ紹介しても問題ないだろう。
ここまでの執念を貫いた男が、莫大な財産をくれるというのだ。
ジンニクスは最初から俺たちの側だったとみるべきだ。
「ユランならアンタはもう会っている。俺たちの軍勢に赤い子竜が付き添っていただろう。あれが邪神ユランその人だ。訳あって威厳が足りんがな」
「なっ、救世主ユランは復活したのかっ?!」
やはりあの姿ではそうは見えないらしいな。
神というより、どこからかまぎれ込んだただの竜だ。
「俺はその邪神ユランの使徒だ」
「本当なのか……?」
「ああ、本当だ。あれは正真正銘の伝説の存在だ」
亜種たちはユランの復活を願い、信じて待っていた。
いつの日か反撃の日が来ると。
先ほどジンニクスが予言と言った。やはりそうだ、今日という日を願って、全てのからくりを仕込んだやつがいる。
恐らくそいつはきっと知っていたのだ。ユラン復活の日を。
「だがジンニクス、悪いがもう少し擬態を続けてくれないか?」
「それはかまわん。理由を聞こうか」
「5ヶ月後に俺たちはエルキア反乱軍と共に決起する。そうなれば恐らくサウスとニル・フレイニアの2面戦になるだろう」
その報にジンニクスの口元が喜びに笑った。
ついに反撃の時が来たのだと、積年の思いを込めて眼差しを険しくしていた。
「そう考えると、ワルトワースは引き続き、何を考えているのかわからない、得たいの知れない独裁国家のままの方が都合が良い」
「クククッ、心得た。やっとために溜め込んだ貯金を溶かせるのだ。5ヶ月程度なんのことはない」
話の早い男だ、彼はこれから起きる戦いを期待した。
これだけの備蓄だ、何があるのか詳しくはわからんが、状況を大きく好転させてくれるのは違いない。
「よしこれでアンタと俺たちは共犯者だ。ならば直通の地下道をこの足下に掘ろう」
「アウサルよ、さすがに実感しがたい。本当にその力で種族たちを1つに繋いできたのか……?」
「ああそうだ、俺はモグラのアウサル。スコップ1本で国と国を繋いできた。……実はもう繋がっているのだがな、この国の性質からしてこことの直通ルートが欲しいところだ」
そう伝えて俺はジンニクスの目の前で足下を掘って見せた。
床材を台無しにして広い穴が開く。
「独裁者となるとなかなかそうもいかんだろうが、いつかアンタも来てくれ。俺たちの楽園、反逆の地下帝国へ。そこが第二のユランの千年王国だ」
しかしその作業をジンニクスがスコップに振れて止めた。
「先王グリードとの盟約に従い、そなたに伝言を伝える。よく聞いてくれ」
それから穴の真ん中でジンニクスが剣を抜く。
その柄を俺の前に、刃を己の首に突きつけた。
「悪夢を屠る白き者よ、貴方にわたしの命と、ジンニクスの運命と、民の50年を捧げます。だからどうかお願いいたします。わたしの愛する子らを、エルフたちを、どうか絶望の世界よりお救い下さい。わたしたちが脅かされずに、当たり前に生きられる世界をどうか、この地上に再び、打ち立てて下さい」
彼の過去になにがあったのかはわからない。
けれど俺の目の前にいる男は、けしてただの裏切り者ではなかった。
「聞き受けた。俺もユランも元よりそのつもりだ、全ての種が争わず平穏に暮らせる世界を実現する。それがあのやさしい邪神の願いだ。グリード王の意志を継ごう、ジンニクス」
「今より貴方に忠誠を誓う。我はジンニクス、そなたような男をずっと待っていた、50年、ずっと……お前を」
浅黒い肌の壮年のエルフが涙を浮かべた。
男泣きということにしておこう。
俺は理解した。彼は裏切り者ではない。本当のジンニクスは――
全てを欺いた忠義者だ。
――裏切り者あらため、悲劇の忠義者の国ワルトワース編 終わり