22-14 裏切られた裏切り者、ワルトワースに迫る軍勢
大まかにこれまでの経緯を説明しよう。
オルストア王国はこの国の宗主国だ。
それが国境の警備をくぐり抜けて、神出鬼没にも首都ワース市の北門を突破、公城を包囲、ただちに城攻めを始めた。
ワルトワース軍がケルビムアーマーへの対処に主力を傾けている間に、精鋭とされているオルストア第1軍4000をぶつけてきたのだ。
つまりジンニクスは裏切られた。
味方であるはずの勢力に牙をむかれ、背中を突かれてしまったのだ。
そしてこの場合、ケルヴィムアーマーの存在が推理の証拠品となる。
オルストア王国は宗教的に近しいエルキアと手を結んだ。そう考えておくのが妥当だ。
「ラジールさんがあのとき決断してくれなかったら、今頃大変なことになっていましたね……」
「わははっ、我の頼もしさを再認識したかっ同志ラーズよっ」
ラーズの言うとおりだ、最悪の結果が待っていただろう。
不死身の怪物ケルヴィムアーマーを押さえながらの、国境と城での3面戦になっていた。
ライトエルフの国ワルトワースの滅亡、その果ての種族浄化。この最悪の結末はまだ回避されたわけではない。
「だけどアウサルくん、これからどうするの……?」
「我は武将だ、難しいことは同志アウサールに任せるっ」
「アンタたちな、もう少し自分で考えてくれてもいいと思うんだが……いやラジールに限っては今さらか」
決断が迫られていた。
しかし今回の選択肢は最初からそう多くない。
それはレジスタンスのベヒモスにとっても、またジンニクスという独裁者にとってもだ。
「ホーク、アンタたちはどうするつもりだ? 顔付きから何となくわかるが念のため確認させてくれ」
レジスタンスのリーダー、ホークはその眼鏡の向こう側を鋭くギラつかせていた。
怒り、不満、決意、妥協、様々な感情を入り交じらせている。
「決まっている、ここは俺たちの国だ。悪しき思想を引き継ぐ国に支配されるくらいならっ、俺は……俺たちは裏切り者ジンニクスを支援する! その方がまだマシだからだっ!」
「まあそうだろうな、こうなればもう共闘以外の選択肢はない。……だそうだぞ、ジンニクス」
「なっ……?!」
ちょうどそこにジンニクス大公が現れた。まあわざと狙って聞かせたんだがな。
ジンニクスは壮年の顔立ちを決意に厳しくしたまま、ホークの決断に表情を変えなかった。
異界の言葉で言うところの、鉄血の男といったところか。
「クククッ、協力感謝する、我が友よ」
「貴様ッ、さっきから俺を挑発しているのかっ?!」
「ええい落ち着けホーク、仲違いなど後でしろっ、それ以上は無用に配下を不安にさせるだけだぞっ!」
そこにラジールが仲裁に入っていた。
コイツは生粋の武人だ、おおかた戦況を良くすることしか考えてないのかもしれん。
「大公ジンニクスよ、俺たちも同じ見解だ。この国はライトエルフのものでなければならない。あまつさえエルキアと手を結んだ勢力になど、絶対に渡せん。アンタに力を貸そう」
「これは頼もしい。クククッ、そこのホークよりずっとな」
しかし不可解な点が1つあった。
なぜ敵は独裁者ジンニクス本人を狙わず、支配者不在の城をわざわざ落とそうとしているのだろうか。
ジンニクスの居所を把握し切れていないのか。あるいは決着を付ける前に城を落とす必要があるというのか。
いくら考えても理由がわからん。
するとだ、この争乱の中心的人物が、軽く浅黒い手を上げて注目を己に集めた。さすがのカリスマっぷりだ。
「我が城は堅固だ、本来ならばそうそうに落ちる心配などない。しかし今は内部の兵が足りていないだろう。悪夢の鎧退治に、全力を傾けなければならなかったからな……。よって何か手を打たねば、いずれ落ちるであろう」
重々しい言葉だった。
彼としては陥落は絶対に許されないことらしい、強い意思を感じた。
「アンタ、そんなにあの城を守りたいのか? しかしそれはなぜだ、よっぽどアンタに都合の悪いものが、城の中に隠されているとでも言うのか?」
「……ただの戦略上の話よ。我が城がこれからの戦局を左右させると、判断したまでのことだ」
「そうか。それもそうだな」
ジンニクスには何が何でも城を守らなければならない理由があるようだ。
となればやはり、あの城には何か重大なものが隠されているということだろう。
そして恐らくは、それをオルストアの軍勢も知っている。
だから独裁者を討つことよりも城攻めを優先させているのだ。
「おい、城の防衛は誰が受け持っている?」
「はっ、恐れ多くもご報告いたしますっ、防衛の指揮をされているのは、大公閣下のご子息様っ、ブローム様です!」
先ほどの伝令が平伏して、大公の質問に仰々しく答えた。
するとジンニクスのまゆがしかめられる。
「あれは器不足だ……なおさら急がなければなるまい……。負傷者はおいて撤収を急げ、城に引き返すぞ」
俺はその名に覚えがあった。
都への潜入時に遭遇した、博愛精神のかけらもないあのうつけ者だ。
「待てジンニクス、戻る準備を進めるのはいいが俺の話を聞いてもらおう。……やつらに全く悟られずに、アンタの城に戻る方法がある」
「ッ?! なんだと……」
俺の言葉は独裁者ジンニクスを振り返らせた。
奇跡を起こした後だ、期待のまなざしが俺という得体の知れないスコップ男に向けられる。
相手は独裁者だ、悪い気分ではないな。
「それを使えば必要数の守備兵を内部に送り込めるだろう」
「アウサルくん、まさか貴方、もう作っていたの?」
パフェ姫もすぐ感づいた。
まあ俺の芸といったらそれの他にない、ア・ジールに属する者なら誰だって思い付く作戦だ。
「ただし条件がある」
「それは本当か……? ならば飲もう。どんな条件であろうとも我はそれを飲む。城は、絶対に、やつらに陥とされてはならんのだっ!!」
それは揺るぎなき決意と想いだ。
ジンニクスという威風と余裕の塊が、己の本心をさらけ出した瞬間だった。
自己保身で言っているようには見えない、絶対に譲れない何かが壮年のエルフの形相の中に見えた。
「裏切り者のジンニクスよ、ならば今この場で全軍に向けて宣言しろ。エルキアはワルトワースの敵だと。エルキアを敵に回す覚悟がアンタにないのなら、俺たちの切り札は紹介できない」
地下道を見せるということはそういうことだ。
俺たちの敵となるかもしれない勢力にアレは見せられない。
「うぬが、悪夢をほふる白き者……」
するとジンニクスが何かを小声でつぶやいた。ひどく聞き取りにくい。
「グリード様……この男がそうなのですか……?」
ところがそれは一瞬のことだ。俺の勘違いかもしれない。
独裁者ジンニクスは覚悟を決めてくれた。
「今となっては断る理由もない、誓おう。アウサル、うぬの誘いに我は乗る! 我がジンニクスの民よっ、作業の手を止め我に注目せよ!!」
決断と行動の早いことだ。
ようやく編成を終えた正規軍たちを、ジンニクスは大声1つで従わせた。
注目がジンニクスという独裁者、いやこれから国を守ってくれるはずの存在を熱意をもって包み込む。
「聞けッ、オルストアとエルキアは手を結び、我らの敵に回った! もはやエルキアとの和解はありえぬ! よってここに宣言しよう、国境と城を守り抜き、エルキア王国をワルトワースの宿敵とすることをッッ!!」
それからどういう意図だろうか、ベヒモスのホークにやや高圧的に手招きしてみせた。
なかなか従わないので、最後は早く来いと乱雑なジェスチャーでだ。
「安心しろ秘策はある! 必ず勝てる! 今この時より我ら一丸となって、雨が降ろうと槍が降ろうと城と民を守り抜くぞ!」
「ジンニクスッ、貴様どういうつもりだっ!」
「クククッ……」
ホークは結局従った。
これから共闘するのだ、断れば士気や連携に影響する。
「今ここに我が右腕を紹介しよう! 彼はあのレジスタンス・ベヒモスのリーダー、ホーク! かつて遠い日に仲違いして久しい、我唯一の友だッ!」
「くっ……よくもぬけぬけと貴様っ、ジンニクス……ッ」
ジンニクスは政治家としての才能にも恵まれていた。
これで協力関係が結ばれる。レジスタンスと政府が融和的な関係になっていくだろう。
「我は、軍の指揮権をこの男に一時委譲する! これより我はとある奥の手を用い、精鋭と共に城内部に潜入するからだ!! 我が友ホークに従えッ、うぬらの健闘を祈る!!」
同時にだ、そのジンニクスという男は……。
「ワハハハッ、気に入ったぞ独裁者! ならば共にゆこうっ、裏切り者どもの目論見をひっくり返しになっ!!」
ラジールが決断に興奮するくらいの現場主義だった。
信頼する古き友ホークに軍を任せ、己は陥ちれば危険な城内へと突入するのだと。