22-9 スコップ1つで始まる、甦った神代の悪夢退治
「帰ったぞ、皆の者」
便利な目印アイテム・レゾナンスオーブをまたユランに身に付けてもらい、俺たちは進軍しながらの先行偵察を依頼した。
戦場は北部、ワルトワースの迷いの森も北部の東、けして遠い距離ではない。
「ユラン様! 我らのような者にお力を貸して下さり、私は感涙に堪えません。解放軍ベヒモスの代表として、貴方のご助力に感謝しております」
「ホークよ、それは別によい。我が輩が好きでやっていることよ」
あの後、ユランがホークに正体を明かした。
ユランは亜種を救った伝説の救世主だ、それで態度も一変して全てが円滑に進むようになっていた。
もちろんそこにはパフェ姫の外交努力もあると、姫の名誉のために付け加えよう。
「それより戦況はどうなのだっ、優勢かっ、劣勢かっ、相手は本当に神代の存在なんちゃらなんとかなのかっ?!」
「ラジールっ、ユラン様に無礼ですっ! どうして貴女はいつだってそうなのですかっ、せめて一緒にいるときくらいうちの顔を立てて下さいっ!」
「何を言う、ちゃんと立ててるではないか」
「立ってませんよっ!」
今も北部の森を使っての進軍を続けている。
街道を使った方がもちろん早いがそうもいかん。ユランと並走しながら俺も状況を聞いた。
「劣勢じゃな。敵のあまりの戦闘力に前衛が次々と崩れていっておる……。あれは間違いなく、禁忌の鎧ケルヴィムアーマーだ……」
横目でそれとなくだがユランの様子をうかがった。
声は怒りに震え、バカげた兵器を復活させて運用しているエルキアに憎悪を抱いた。
ユランからすれば1000年前の戦いの悪夢そのものだ。
鎧は2度と地上に復活させてはならないものだった。
「さあどうする。助ける、助けない、さあどっちだ」
ユランの偵察に報いよう。
森を進みながら避けていた主題を俺は提示しなおした。
じきに戦場に到着する、ここで結論を出さなければならない。
それとだがリムは砦に置いてきた、威勢は良いが戦闘員ではないからだ。
ユランが俺の問いかけに答えることはなかった。
他の連中も同じだ。俺たち第3勢力がここで姿を現すのは軽率だ。そのことをわかっていた。
しかしだ、俺たちは既に出陣してしまったのだ。なので決めなければならない。……仕方ない、ここは嫌われものを俺が演じるよう。
「被害こそ出るが、やつらが自力で鎮圧することになれば、この国の上層部は反エルキアに舵を取る。エルキアと近しい宗主国オルストアともだ。つまり不介入も立派な戦略だ」
「お、俺もそう思います……。大きなものを動かすには、大きな事件が必要だってジョッシュさんが……」
「え……。それはそうだけど……だけどうち、そんなの……」
パフェ姫は迷い、ラーズは苦しそうに同意した。
この状況にベストアンサーはない。
パフェ姫の同行を俺たちが拒む拒まないも同様にだ。
「バカめ! 当初の計画と多少目的がずれたからといってそれがどうだというのだ! エルフの同胞が減れば将来の戦力は低下する! 選択肢など最初から存在しないのだっ、劣勢という現状の答えは、助けるのみだっ!!」
だがラジールは空気を読まん。
勇ましくも己の信じる正論を展開した。
亜種の数を減らす、それこそがエルキアの目的だろう。
「それでこそアンタだ。義賊アジール3文字分だけのことはある。俺はそれに賛成だ」
「ッ……アウサル、君までそんなことを……」
リーダー・ホークは覚悟に感激すると同時に、俺たちの軽率な見解に難しい顔をする。
ジンニクスが悪党の中の悪党なら、俺たちを利用した後に捕らえるだろう。
「ならば我が輩からの忠告だ。あれは、とてつもなく、強い……」
「ほほぅっ、どう強いのか教えて見せろ我らの邪神様よっ!」
「ああ……。あれは、エルフや有角種が得意とする魔法に対して極めて高い耐性を持つ……。鎧としても鉄壁の硬度をそなえ、さらには着用者を廃人に変えて、狂気の戦闘力を引き出す強欲な鎧よ……。重鎧の運動性だと思っていると、比喩抜きで踏み潰されるぞ」
なんだその完璧な最強兵器は。
「待って下さいっ、ならそんな軍勢をどうやって倒すんですか?!」
「ユラン様、うかがいたいのですが、敵の数はどれほどなのでしょうか?」
「うむ、我が輩の見たところ、50足らずといったところだな」
エルキアという国は本当に読めない。
50? 一体どういうつもりなのだろうか、理解が追い付かず俺は困惑していた。
50体分もあんな鎧を生み出したこともそうだが、人の命を使って作り出した貴重な鎧を、全てここで使い捨てるつもりなのか?
「対策をしていないエルフならば、1体で100人は殺せるという計算なのかもしれんぞ」
ユラン、アンタやっぱり俺の心を読んではいないか?
異界の言葉を今こそ借りよう。
チョウマジ、アリエナインデスケドー。これは信じられないことがあったときに使う、魔除けの言葉だ。
「わははっ、それが約50いるということは、5000人の軍人を殺しに来たということではないかっ!」
「エルキアの目的って、ヒューマン以外の種を滅ぼすことよね……。鎧はまた作ればいい、だなんて考えてるのかしら……」
だから理解不能なのだ、狂っているとしか言いようがない。
だがこれまでのエルキア上層部の行動パターンからすると、姫とラジールの推測が正しいと思う。
同族の命を犠牲にしてでも亜種を滅ぼす。それがあの国だ。
「私はエルキアには詳しくない。しかし、5000人も兵が殺されたらこの国は衰退するぞ……」
「だがあり得るぞホーク。その後、弱ったところを攻め滅ぼせば鎧は回収できる。万一うかつにもエルフが着用すれば、意思を奪われ亜種を殺戮する道具と化すそうだ。そういった二次被害も狙っているかもな」
エルキアは国力、軍事力ともに世界最強だ。
そんなやつらからすれば、戦力を後生大事に温存する意味がないのだろう。
「ならやっぱり助けないと! だけどっ、そんな怪物50体もどう倒せばいいんですか?!」
「ワハハッ、ラーズが言う通り結局はそこだなっ!」
どう倒すかか……。
このまま突撃しても確かに勝ち目が薄い。
ラジールが俺たちの隣にいるからといっても、さすがに限度がある。
無策で対峙することだけは避けたい。
「そこはほら、アウサルくんの得意技で埋めちゃえばいいんじゃないかしら。重い鎧なんでしょ、どんなに強くてもそうすれば、穴から上がってこれないんじゃない?」
「おおっ、やるなパフェ! それだっ、それでいくかアウサールッ!」
「埋める……?」
レジスタンス兵とホークだけが疑問を呈した。
他の連中は同意件のようだ。
「まあそうなるな。それしかないなら仕方ない」
「よしっ、アウサールと邪神様以外は我についてこい! ワルトワース軍を援護するぞ! もちろんレジスタンスのお前たちもだ!」
ユランと俺を本隊から切り離すそうだ。
知将とは言えないが決断力と小規模戦術はラジールの得意とするところだ。
この状況で他国のレジスタンスすら己の指揮下に入れようとするのだから、天然物の軍人肌もいたものだ。
「なら俺たちはどうすればいいんだ、ラジール総司令よ」
「アウサールは敵の足元に穴を仕込め! ユランはレゾナンスなんちゃらを身に付けて、アウサールを空から誘導だ! 我らがワルトワース軍を援護しながら足止めをしているうちに、一気に準備を進めて、ドンッ、だ!!」
即座に発想がよく出てくるものだな。
地底からの落とし穴作戦、これは最高のワイルドカードにも等しいが、敵に俺たちの手のうちを明かすことにもなる。
「ラジール、貴女どうしてこういうときばかり頭が回るのよ! 悪くないわ!」
「あはは、それがラジールさんですから。1体1体正直に相手するよりはずっといいでしょうね」
しかしだ、考えても他の代案が浮かばん。
こうしている間に未来の仲間が殺されていっているのだ、急がなければならない以上、カードを切るしかない。
「待ってくれ、話がわからない。それにやはりジンニクスと組むことに私は、抵抗が……」
「そんなものは豚に食わせてしまえっ、我らのアウサールを信じろ! パフェ、お前は前に出るなよ、肌に傷でも付けられたらジジィに顔が立たん!」
ホークらは共闘を戸惑った。
独裁者ジンニクスを倒すために今日までがんばってきたのだ、無理もない。
しかし生憎だがラジールに配慮などなかった。
いつもの調子で周囲の者を己の手兵として取りまとめてしまう。
ホークとパフェ姫が反論しても聞く耳持たず押し通した。
「決まったな。ならば行こうアウサル、戦場はすぐそこだ、我らは先行するぞ!」
それぞれ納得はしていないようだが、ラジールによりそういうことにさせられた。
それを見届けるとユランが赤竜の肉体を巨大化させる。
「ならば乗れ、アウサル。この姿を取り続けるのはまだ負荷があるが、片道だけなら連れていってやろう。我が輩と先行して陥落を掘れ、指示は偉大なるこのユランに任せよ。1兵でも多く、この我が輩の民を守ってみせよ!!」
「アンタらしくもない熱血っぷりだが、もちろん喜んでその背中を借りるとしよう。ユラン、やはりアンタが味方で良かったよ」
これより俺たちは敵を落とし穴にかける。
人の命を代償に生み出された最低最悪の鎧を、スコップでひっくり返して全部台無しにしてやるのだ。