22-7 スコップ1つで始める不法侵入、裏切り者ジンニクスの素顔
「リム、悪いが少し時間を潰してきてくれ。この先は単独行動の方が都合がいい」
人目のつかない静かな教会裏、その茂みにリムは俺を連れてきてくれた。
ここならば十分だ、彼女に手持ちの路銀をやや多めにわける。
「はぁ? どういうつもりだよ恩人テメェ」
「せっかくの都だ、これで少し遊んでこい。追っ手が気になるなら何か買って、どこかのカフェにでも入るといい」
細かい説明代わりに足元を掘って見せた。
それからスコップを持ち上げ、切っ先をこの町で一番目立つ建物を指す。
「て、テメェッ、まさかジンニクスを殺しに行くんじゃねぇだろなっ!?」
「それも少しだけ考えたが、どうだろうな。殺せば宗主国オルストアが黙っていない、無謀というよりただの無計画だな」
「なら城になんか何しにいくんだよテメェっ?!」
「偵察だ。俺はこの国を見定めてからこれからの行動を選ぶと決めている。それを行うには、やはりジンニクス大公という人間を知らなければならん」
それだけ伝えて俺は穴堀りに集中した。
だがまあ納得してくれるわけがないか、振り替えればリムが俺の背後で腕を組んでいた。
「手伝えることはねぇのかよ……?」
「ふむ……悪いが特にないな。ここまでの案内、本当に助かった、ア・ジールに戻ったらアンタに礼がしたい」
「えっ。でも、あ、あたいが行ってもいいのかよっ?!」
「いいに決まってる、では時間を潰していてくれ。夕方までには戻ってくる」
時刻は昼過ぎだ。
俺の腕をもってすれば何のことはない。独裁者の本心を発掘して見せよう。
「わかった……ちょっと腹ごしらえしたらそこの教会で待ってる……。待ってるからな恩人!」
「ああ。まあさして時間はかからん、待っていてくれ」
・
地下道を掘り抜いて城の内部に潜入した。
ジンニクス大公の居所は知らん。
モグラはモグラらしく城のあちこちに頭を出し、施設の配置と標的の居場所をじっくりと探った。
どうやらジンニクスはサンクランド王のように己の宮を持っているようだ。
情報を頼りに城の奥地へと地底からモグラが移動すると、そこにやたらと警備の少ないプライベート空間が広がっていた。
独裁者にふさわしい大きな住居と、広い広い庭園がそこに広がっていた。
盗み聞きによると今はこの宮のどこかにいるはずらしい。
地下トンネルから頭だけ出して俺は周囲をうかがう。
……そこに遠い人影を見つけた。遠すぎて最初は気づかなかったが、庭園の木陰で誰かと言葉を交わしている。
あれが噂の独裁者ジンニクスだろうか……。
トンネルの出口を内部から隠蔽し、その人影の足元へと移動する。
スコップで地上への小さな穴を開けて、そこから聞き耳を立てた。
ジンニクスが本当にただの裏切り者の悪党だったときは、この地下道がクーデターの足掛かりとなるだろう。
まあそうなるとやはりオルストアが黙ってない、使うとしても5か月後の当時決起以降となる。
「ひひひっ、ジンニクス様……ところで例の件でございますが、ご命令通りに済ませておきました。今期は収穫が多く、近年まれに見る額が……ええ、たっぷりとプールできましたぞ」
「うむ……。気取られるなよ、うぬを始末することにもなりかねん。慎重に進めろ」
何せ途中からだ、なんの話かはわからん。
これまでの情報と照らし合わせると、裏金作りのやり取りに聞こえなくもなかった。
独裁者だろうと、裏金を用意しなければ国の金を好きにできないものなのか。
「わかっておりますわかっております、ヒヒヒヒッ……」
「ジンニクス様、オルストアからの使者がいらっしゃいました」
そこに足音が近づいてきた。
チャリチャリと金属の擦れる音がしたので城の兵だろう。
「使者か、うぬはどう思うか大臣」
「……探りかなにかでしょうかね。ヒッヒヒッ、最近きな臭いですからな」
「閣下、どういたしましょうか……?」
ジンニクスはオルストアに裏切ることで今の地位を得た。
だというのに歓迎しないのか? そもそも探りとは何のことだ?
「まあいい通せ。大臣、うぬに任せた、けしてぬかるでないぞ」
すると地上でのやり取りが静かになった。
大丈夫だ、足音は2つ分しか遠ざかっていない。
そこに大公がいると信じて、俺は使者とやらの到着を待った。
「ジンニクス大公よ、本国よりの貢ぎ物を預かってきた、受けとるがいい」
「これはかたじけない。いつも助かっていると、王に伝えてくれ」
細かい詳細は長いので聞き逃した。
要するにオルストアは頻繁にこの国へと援助を行っているらしい。
「伝えましょう。ところで大公よ、これだけの支援をしているのです、今後ともよろしくお願いいたしますよ? 貴方に独立されると、困りますので」
「なんの話か。うぬは、オルストア王はこの俺の忠義を疑うか?」
「めっそうもございません。ただ、最近エルキアを中心に怪しい情勢です。こんなときだからこそ手を携えてまいりましょう」
「ふんっ……エルキアには困ったものだ。あいわかった、うぬの言葉しかと覚えた、今夜はゆっくりされていかれるといい」
「い、いえ、急ぎ戻らなければなりませんので、それはまた後日、ということで……」
「それは残念。お気をつけて帰られよ」
ジンニクスに独立の意思はないようだ。
だが5ヶ月後に大戦が勃発することはすでに決まっている。
今の言葉がジンニクスの真意だとすれば、やはり今のうちに民を可能な限り盗むべきではないだろうか。兵として駆り出される前に。
「ふんっ……オルストアも焦りだしているか」
そういうアンタは焦らなくていいのか?
アンタの足元にモグラが潜んで様子をうかがっているぞ。
エルキアの狂気はいずれこの国にも及ぶ、エルフであるアンタにもだ。本当にわかっているのか、ジンニクス?
「へ、陛下っ、陛下ーっっ!!」
「何だ」
そこに新しい足音が近づいてきた。
よっぽど急いでいるらしい、息を切らしての全力の走りだった。
「突然の無礼をお許しくださいっ、で、ですがっ! ですが大変です陛下!」
「落ち着いて話してみろ、内容次第ではうぬをこの我が褒め称えてやろう」
「そ、それが……北部オルストア国境に、正体不明の、軍勢が現れました!! はぁっ、はぁぁっ……、その、その白銀の全身鎧の軍勢は、現地警備隊を、全滅させるほどの、怪物ぞろいで、しかもっ、しかもですっ……近隣の民を、無差別に虐殺して回っております陛下!!」
筆か何かだろうか、ボキリと何かが怒りにへし折られた。
さらに歯ぎしりと、折った物を投げ捨てる風切り音が続く。ジンニクスはその報告に激昂したらしい。
「今すぐ迎撃の準備を進めろ、ついてこられる者だけで急行し、現地で合流させる。急ぎ迎撃するぞ! 先ほどのオルストアの使者は捕縛しておけ!」
怠慢では独裁者は成り立たない。
ファシストとやらのジンニクスは毅然と采配を振り始めた。
しかし気になる。正体不明の、民を襲う白銀の全身鎧の軍勢だと……?
「これは偵察どころではないな……。まさかとは思うが……いや」
ジンニクスが庭園を去った。
俺もここに止まる理由がなくなった、こうなれば行方を追い続けるのも困難だ。
何より気になる。白銀の軍勢とやらが。
・
「リム、今すぐ戻るぞ。まずいことになっているかもしれん」
「はぁ~っ? どういうことか説明しろよ恩人、忙しいやつだなテメェ!」
「悪夢の軍勢が来た。北部で殺戮が始まっている」
「え、さ、ささ、殺、殺戮ぅ……?!」
俺は城より帰投してリムと合流し、騒ぎが広がる前に大急ぎでレジスタンス・ベヒモスの砦に戻った。
その頃にはもう朝方だ。するとそこにはラーズを含む頼もしい顔ぶれが入国してくれていた。
予定にない非常事態だ。さあ、これからどうするべきだ……?