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22-6 家出娘と始める暗躍、迷いの森から絶対者の都へ行こう

「初めましてアウサル、私はこのレジスタンス・ベヒモスを束ねるリーダー、ホークだ」


 ホークの第一印象は目付きの悪い男だった。

 彼は俺に続いてユランに興味を示す。


 人語を使って驚かせるにはちょうどいいタイミングだろう。

 俺の知るユランならばここで尊大な態度で、大げさに己の名を明かす。


「……。まずは話し合いの場を作ってくれたことを感謝しよう。よろしくな、ホーク」


 ところが俺の読みは外れた。

 どうやらこのホークに正体を明かすつもりはないらしい。


「国外から来てくれたのだ、会わないなんて失礼だ。それでアウサルとやら、何の用件でうちに来た? いや、そもそもどうやって森を抜けたのだ……まずはそこから頼もう」


 ところでホークは俺のイメージとはだいぶ違った。

 レジスタンスのリーダーというからには、もっと武人肌だったり、思想家を連想していた。


「俺たちはとあるマジックアイテムを持っている。エルキアから奪ったものだ、これを使えば結界を無効化出来る」


 しかしそこにいた男は、ホークという鷹の名に似合わない銀眼鏡をかけていた。

 俺たちは彼の私室に案内されたのだが、どうも潔癖なたちなのか埃1つなく清掃されていた。


「そんなものがこの世に存在するのか……」

「ああ、だが俺たちが奪った。エルキアもどうやら予備は持っていなかったようだ」


 軍人というより文官、レジスタンスと呼ぶより官僚の方が似合う姿をした男だったのだ。


「お言葉だが希望的観測に頼るのは危険だ」

「そうだな、ご忠告肝に命じておこう。さて、そろそろこちらの本題を聞いてくれるか、ホークさん」


 礼儀に少しばかしうるさそうなタイプだ、さん付けに訂正しておこう。

 どうやら自尊心も高そうだからな。


「白き死の荒野アウサルからの誘いか。どんな話が飛び出してくるのだろう」

「ああ、それはな――」


 冷たい話だが1つの現実がある。

 いくらがんばったところで、彼らレジスタンスは独裁者ジンニクスには勝てない。

 人心、戦力、どちらでも劣っている。


「移民の誘いだ。アンタたちが希望するなら、ここではない新しい土地に招待する準備がある。劣勢確実なこの地を捨てて、うちに来ないか?」

「何を言うかと思えば、新しい土地だと?」


「そうだ。そこはヒューマンの支配を受けない、夢の国だ。名前をア・ジールという、だいたいのやつが最初は存在を信じないが、一度足を踏み入れれば夢中になる。そこは全ての種が平和に暮らす楽園だ」


 わかっていた、この手合いは現実主義なのだ。

 そんなものが存在するはずがないと疑いを向けてきた。


「ほ、ほんとかよっ恩人?! そんな場所があるならっ、こんな国に留まる理由なんてないじゃんか!」

「そうだ。ア・ジールは実在する、俺はその国から来た使者だ」


 けれどリムは違う、夢を持った乙女だった。

 搾取される世界を嫌い、夢の楽園を求めて国を出ようとしていたくらいだ。

 ア・ジールがリムにとっての理想郷になることを願わずにはいられない。世話になったのだ、この足で連れていってやりたくなった。


「何を言うのだ。信じがたいな、いや、そんな国が存在するはずがない」

「ああそうだな、同じ立場だったら俺も詐欺や誘拐を疑う。あるはずのない理想郷を夢見てないで、この地に実現しろとな」


 厄介だなこのホークという男は。

 老いているようには見えないのだが、頭の固さでいえばこれまでの中で群を抜いている。

 さてどう説得したものか。


「まあ、仮にそれが事実だとして、私は抵抗を止める気はない。最低の独裁者ジンニクスを倒し、この国を救わなければならない」

「それも立派な考えだ。難しいとは思うがな」


 ところがホークは眼鏡をかけ直して鋭く俺を見つめた。

 何かを言おうとしてそのために考えを巡らせていた。


「本当にお前が一国の使者だというなら、私たちに力を貸してくれ。あの傲慢な独裁者を倒さなければ……」

「悪いが勝算の見えない戦いに加わることはできないな。ここで戦力を割いてしまうと、5か月後の、大戦(・・)に影響してしまう」


「大戦……それはどういう意味、でしょうか」


 聞き捨てならないと言わんばかりに、彼はまた眼鏡を上げ直す。

 融通はきかないが頭が回る男だ。言葉尻は丁寧だが威圧感があった。


「5ヶ月後に大きな戦いが起きる。その戦いでエルキアを俺たちが倒しさえすれば、世界のパワーバランスが変わるだろう。それが結果的に、この国ワルトワースも変えることになる」

「国を捨ててそれに協力しろと……?」


 はいそうですかと簡単にいく話ではないだろう。

 いい話のはずなんだがな。


「俺たちを信じてくれ。意固地になってこの地で戦い続けるよりはずっと勝ち目がある。せめて使者だけでもうちに派遣してみてくれないか?」


 ア・ジールの大地と地下隧道さえ見せれば、どんな頑固者だろうと価値観をひっくり返せる。

 このレジスタンス・ベヒモスさえ味方に付ければ、民を盗むという計画の実働を彼らに任せることが出来る。

 親レジスタンス派の民を盗み取れるということだ。


「……勝算は、そうだが。だが、すぐには判断しかねる」

「アンタは慎重な人だな。わかった、ならばこちら側から使者をここに送ろう。外交官など元々は俺の仕事ではないからな」


「使者と言っておきながらよくいう。ならばアウサル、君の本業はなんだというのだ」

「発掘家だ。基本的に俺は穴を掘ることしか能がない」


 その後もあれこれと言葉を交わした。……結論から言えばホークとは話が付かなかった。

 しかし悲観的にとらえる必要はない。これは未来への第一歩だ。

 時間はかかるが外堀りを少しずつ埋めていけば、ホークという男は理詰めで理解してくれる。そう信じることにした。


「ユラン、悪いがサンクランド、いやフレイニアまで連絡を頼む。俺の方は少しやることがあるのでここを出る」

「主人を伝書鳩代わりにするとは無礼な使徒よ。任せよ、だがくれぐれもオーブは手放すなよ、合流が出来なくなる」


 ホークの決断を待ってなどいられない。

 その前に俺は答え合わせに行こう。悪名高きは独裁者の都にな。



 ・



 レジスタンスの元で手伝いでもして待っていればいいのに、赤毛のリムは大きな胸を揺らして俺の調査についてきた。


「テメェ、世話の焼ける恩人だなっ、オメェ道わかんねーじゃん?!」

「ああ、わからん、アンタのおかげで迷子にならずに済んだ」


 俺が心配だそうだ。

 そんなに俺は頼りないだろうか。意外とリムはお節介だ。

 ここは独裁者の支配する公都ワース市。市街を調査した後は直接ジンニクスの城に潜入し、敵か味方かを直接見定める。


「フードちゃんとかぶっとけよー、あたいがごまかしてやるからよぉ。ほらもっと杖ついてみせろ」

「こんなもので上手くいくものだな……」


 俺は杖をついて歩き、目の障害を装った。

 リムはそんな俺に付き添うやさしい奥さんだそうだ。

 農夫そのままの安っぽい衣服を脱いで、スカートと少しばかし胸の強調される服を着込んだ。家出娘は洒落た町娘に扮装していた。


 ときおりクルリとスカートをひらめかせるくらいにはリムの機嫌が良い。

 必要だから軍資金で買っただけなのだがな。


「恩人、テメェが自分の目で見たいとか言い出したんだろ、この都を」

「ああ、お陰さまで助かっている」


 つくづく不思議な国だった。

 ジンニクスという独裁者が単純そのままの悪党であれば、すぐに切り捨てることが出来たというのに、やはりどうも人物像がわからない。


 あの辺境の里は平和だった。

 豊かとは言えなかったが、死を招くほどの深い貧困はなかった。


 人々が死ぬことがないように仕組みを考えて、不変の独裁と恐怖政治をジンニクス大公は行っていた。

 理想的な搾取構造が今日まで維持されてきたのだ。


 よってもっと近くで観察しなければ適切な答えは出ない。

 俺はリムと共に都を回って調査を続けた。





 辺境の生活が嘘のように都には活気があった。

 ここでも税が重いのは変わらないが、酒の出る飲食店や、売春を行う特区まで存在した。

 その辺りではヒューマンの姿がちらほら見え、それが宗主国オルストアの富裕層なのだとリムが教えてくれた。

 リムと俺が市街を偵察出来るのもこれのおかげだ。


「おい、そこをどけ! 大公のご子息ブローム様の道を阻む気か!」

「まあまあそう騒ぐことはない、そこをどいてくれるだけでいい、俺は寛大だから許してやるよ」


「おおなんてやさしい方なんだ。わかったらそこをどけ、早くしろ!」


 さてそろそろ次の段取りに入るかな。

 そう思っていた頃にそれは起きた。

 でかい馬車が細い通りに入ってきて、それに驚いた爺さんが転倒したのだ。


「うぅぅ……どくっていったって、どこにどけばいいんでございますか……。少し待ってください、すぐに道を出ますので……」


 どう見たって馬車が悪い。

 老人は今来た道を引き返して、転倒で痛めた足を引きずっていた。


「恩人、余計なことすんなよ、あいつジンニクスの息子だって言ってただろ……」

「わかっている、俺はこれまでこういった状況で、猪武者を止める立場にあった。関わる気はない」


 馬車はゆっくりと進み、老人をジリジリと追った。

 御者のするその悪ふざけを、よりにもよってブローム公子はニヤニヤと悪質な笑みを浮かべて楽しんでいた。


「早く歩け! ブローム様が遅刻してしまうではないか! もっと急がなければ轢いてしまうぞ!」

「ああもうダメだ、じじぃに邪魔されて遅刻しましたと父上には報告しないとなぁ。ギャハハハハッ、こけんじゃねぇよジジィ!」


 爺さんは焦りに焦ってまた転倒した。

 だというのに馬車は止まらない。まずい。


「お、お待ち下さいっ、止め、ブローム公子様っ、この老人にお情けを……っ。あっ?!」

「あだっ、な、何をしてる御者っ?!」

「す、すみませんっ! なんだこりゃっ、急に足元に石が……クソッ、閣下っ、急いでどかします!」


 しかし老人はついていた。

 何もなかったはずの路面に人の頭くらいはありそうな石が現れて、車輪の前進を阻んだ。


「お爺ちゃんっ、こっちこっち! ああもうあたいなにやってんだよっ……」

「すみませんブローム公子様、ただちにこの年寄りをどかしますので。しかしヘボな御者を持ったものですね、いっそ首にしてはどうです」


 エルフがいくら長寿とはいえ、世継ぎがこれではこの国の未来は暗いな。


「余計なこと言うんじゃねぇ、ていうかなんか怪しいぞお前っ!!」

「すみませんね、生まれながらに皮膚病をわずらっておりまして……」

「えっ、皮膚病……。うぇぇぇ、次期大公である俺にうつったら大事ではないか! もういい、早くそのジジィ連れて消えろ」


 チラリと白い腕を見せて、それをしきりに掻いてやると彼らは俺に嫌悪した。

 その間にリムは老人を連れて通りを離れる。無事に大きい通りに外れて事なきを得た。


「ああ、気持ち悪いやつだ……。行きましょう殿下。おいそこのやつ、さっさと死ねバカ! この――ガッ?!」

「いってぇぇっ?! てめっ今度はなんだこのヘボ! 俺の高貴なる尻が、尻を強く打ち付けてしまったではないかっ! あいたたた……もし痔になったらどうしてくれる!」


 ついでにささやかな落とし穴を掘っておいた。

 舗装路をいつもの手口で削り取り、表面だけ固めてやったのだ。

 陥没に車輪を深く奪われた馬車は、しばらく細い通りの出口付近で醜態をさらし続けたそうだ。


「やるじゃねぇか恩人! この野郎っ、ジジィが無事で良かったぜ!」

「大局的には何のメリットもない自己満足だがな、リムの気が晴れたようで何よりだ」


 さあ、これからさっきのやつの親の顔を見てやるか。

 この期に及んでは、ジンニクス大公がわかりやすい悪党であることを内心強く願ってしまう。


「恩人! マジで見直したぞ、恩人っ、あたい付いて来て正解だったぞ! 次はどこいくんだ?!」

「この辺りの人目の付かない場所に頼む。これからヤツの家庭訪問とシャレ込もう」


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