22-4 素行最悪の娘は西の世界を夢見る
土蔵のかまくらに戻って夜明けを待つことにした。
とはいえ戦いの後だ、すぐに眠れるわけがない。
そこで家出娘リムの話を聞く流れになった。
赤毛で気の強いつり上がった眉をもつ、やたらとたわわな胸が目立つ若い女だ。
「それは大変だったな」
「いくら追っ手から逃れるためとはいえ、そなたのような若い小娘が森を1人で抜けるなど無謀だぞ」
要するに彼女はついていなかったのだ。
いや、今となっては俺たちというチャンスにありつけたとも言えよう。
「だってあたい、この国を出たいんだ! こんな場所で育ったらあたい、この先も一生貧しい農民のままだ!」
俺たちからしても幸運だった。
彼女のような人間もいるのだという発見だ。
そうでなければ苦労をかけてトンネルを掘り繋いだ意味がない。
「アンタついてるな。ならもっと簡単に脱走する方法がある。ヒューマンの国オルストアを経由せずに、安全にフレイニアへと出る裏ルートがな」
「え……ええええええーっっ?! な、なんだよそれっ、テキトーふかしてんじゃねぇぞッ恩人のくせに!」
しかしどんな家で育ったらこうなるんだ?
純粋培養発掘バカ家の俺が言えたことではないが、十二分に個性的だ。
「クククッ、教えてやれアウサルよ」
「ああ、それはな。俺たちがこの国の外から来た人間だからだ。俺は西の白き荒野から来た、ヒューマンの、アウサルだ」
もしかしたら俺と同じ感想を彼女も俺に抱いているかもしれん。どうも変なやつだと。
しかしそこは譲れんのだ。しつこいと言われようと絶対に譲る気はない。ヒューマンだ。
「良いルート知ってんのか」
「うむ、いかにも」
「じゃあさ、それ教えろよ。変わりに今あたいができること、テメェらしてやるからよ」
「わかった、ならばこの国の内情について教えてくれ」
出ていこうという彼女からすれば、少しばかし不思議な質問かもしれん。
スパイか何かと判断したのか、どうもシリアスにうなづいた。
いや客観的に思い返してみれば、俺たちははなからスパイのようなものか。
「では聞く。見たところここの連中は生活に納得しているように見えた。だがあの重税だ、わからん、何がどうなっているんだ?」
「それ全部が全部じゃねーし。確かによ、妥協して暮らしてるやつらはいるけど……あたいは外の世界にいってみたいんだ! この国はさ、地味でつまんないんだよ! ヒューマンどもに服従してるのも気に入らねぇし!」
なんとも勇ましい娘だ。
内心彼女と同じ不満を持っている者は多いのだと信じたい。
そうだ、この国にもレジスタンスがいると聞いていた。
「アウサル、口は悪いが我が輩はこの気骨が気に入ったぞ、よくしてやれ」
「そこはだいたいのところで同感だ。さてリム、この国のレジスタンスについて何か知らないか? 出来れば接触したい」
すると険悪にリムがまゆをしかめた。
いやどうも違うらしい、理解できないという感情の方だった。
「テメェ恩人のくせに死ぬ気か? 確かにさ、ジンニクスを倒せばこんな生活ともおさらばだけどよぉー。だけど、アイツは……」
それから恐れだ。
この国では、徹底的に神同然の指導者として宣伝されている人間だ。
「勝ち目なんかねぇよ……アイツは化け物なんだ……。ここから逃げちゃえばどこかで生きていける。わざわざ戦うなんて、バカじゃねぇかよ……」
「そこはやってみなければわからんな。ああ、戦わずに逃げるというのも間違っていない」
夜明けはまだ遠い。
ふと隣を見ればユランが焚き火の前でうたた寝を始めていた。
声の音量を少し下げよう。それとたきぎを炎に投げ込む。少し冷え込んできた。
「……ここから北東にもっと大きな森があるんだ。人を惑わせる不思議な森だよ。その奥に隠れてるって、そのスジのもんから聞いたことあるぜ……」
「迷いの森か」
こちら側にもあるのだな。
追いやられた亜種を守る壁として、森は都合良くも世界中に存在している。
意図的に作り出されたと考えるべきだろう。
「ありがとう。では国外逃亡のルートだが……実は説明しにくい。そこのユランなら案内できるはずだ」
「やっぱいい」
「……なんだと?」
「ちゃんとたどり着けるか心配だからよ、あっちの森まであたいが案内してやんよ」
ついついその赤毛の女の子をしげしげと見てしまった。
なにか勘違いさせただろうか、すると軽く睨まれた。
口は悪いがいいやつだ。あるいは家出が怖くなって俺たちと一緒に行動したくなったのか。
「いいのか? 言っとくが俺はこの容姿だ、移動だけでも苦労することになると思うぞ」
「うっせぇな! 恩人のくせに細けーこと気にすんじゃねぇ! 大人しく命救った恩を返してもらえよスコップ男!」
「フッ……アンタいいやつだな。本当に、お言葉に甘えてしまっていいのだな?」
「いいに決まってんだろっ、その代わりにテメェっ、国に戻るときは途中まで付き合えよ!」
何だやっぱりか。彼女に若干の庇護欲がわいた。
こんな若いやつが1人で国を出ようというのだ、打ち解けてみればこっちだって心配になってくる。
ユランには悪いが、再び眠気がくるまで俺は会話相手に事欠かなかった。
外の世界に憧れる姿に親近感を覚えたのかもしれない。