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22-3 ある日森の中、蛇眼の男に出会った、ツタからまる森の道で

 その先も森を進みながら辺境の村と村を渡って歩いた。

 そうして気づけば日が落ちて宵時だ。

 急に冷えてきたので穴を掘り、掘り起こした土を使って土蔵のかまくらを作った。


 ユランがたきぎを集めて、ついでに大きな川魚も取ってきてくれた。

 携行食料生活にも飽きてきていた、その嬉しい新鮮なタンパク源を俺たちはかまくらの中で焼いた。


 魚には詳しくない、何となくはらわたは念のため抜いた。致し方なくスコップで。


「よしよしそろそろ食べ頃だな。しかしどう分けたものかな」

「先に俺が半分食って、残りをアンタが食うというのはどうだ」


「わ、我が輩に貴殿が口を付けたものをっ食えと言うかっ!?」

「魚は1つしかない。アンタは器用に物を食える身体でもない、他にない気がするが」


 旨そうな魚だ、神のくせにユランも食いたいらしい。

 焼き魚と俺の顔を交互に見ていた。早くしないと焦げるぞユラン。


「よ、よかろう……我が輩は貴殿とは一蓮托生……それで、か……構わぬぞ……」

「ならばお先にいただこう。なに、先にいただく代わりに多めに残そう」


 よく脂の乗った魚だった。

 塩と一緒に直火で焼かれた皮がパリパリと音を立てて、身がとろける肉汁を吐き出す。

 しかしそんなに腹が減っているのだろうか。ユランが俺の口許をひとときも離さずに見つめていて、何だか食いにくい……。


「アンタが採ってきた魚だ、旨かった。残りは好きにしてくれ」

「あ、ああ……だが、我が輩はまだ心の準備が……」


 この竜はたまにわからないことを言う。

 焚き火の前に魚を刺し直してユランに残りを譲った。


「焦げるぞ」

「クッ……わかっておるっ、この朴念仁の穴掘りバカめ!」


 ユランはそれを両足でつかみ、翼を羽ばたかせながら器用にも空中でがっついた。

 悪くない。この竜と一緒にいると落ち着く。

 英雄を演じない、ありのままの俺でいられるからだろうか。この相棒を俺は好ましいと思う。


「ふぅ……我ながら焼き魚の調理の上手い使徒を手に入れたものだ」

「腹を割って獣の地下隧道産の塩をかけただけだ」


「よりにもよってスコップでな。器用というより、珍妙不可解な光景であったわ」

「ああ、ナイフよりこちらの方が使いやすいのだ」


「つくづくおかしな男だな……」


 ところが地底の長旅と辺境調査の後だ、早くも眠くなってきた。

 しかしこんな早い時間に寝てしまうと、夜明けまで退屈だ。ユランも寂しがるかもしれん。


「寝たいなら寝ろ。いやもう少し起きている、と貴殿は答えるだろうがな」

「人の心を読むのはプライバシー違反だ」


「クククッ、それは貴殿の思い込みだ。我が半身はまだ貴殿の中にあるがいずれ完全復活してみせよう」


 そういえば最近ユランの世界の夢を見ない。

 それはきっとユランの復活と実体化が影響しているのだろう。

 しかし眠い。トンネル工事で無理をし過ぎたか。休むのが正しいと身体が俺に命令する。


「安心しろ、惰眠にかけては我が輩の得意とするところよ。貴殿が寝るなら我も寝る、この仮設住居があれば見張りはいらん」

「ならばお言葉に甘えよう。おやすみユラン」


 地へと寝そべると、俺の身体はすぐに弛緩して甘き眠りを与えてくれた。

 どうも先行き不透明な雲行きだ。

 まあ明日になればきっとなにかが見えてくるだろう ……。そう信じて今は寝る。






「うわあああああーっっ!!」


 きっと真夜中だ、焚き火もくすぶって真っ暗になっていた頃、若い女の悲鳴が闇夜の森の中に響き渡った。


「アウサル!」

「ユラン、念のために聞くが、アンタの寝言じゃないよな?」


「うつけめ、外からに決まっておろうっ。貴殿は近辺を探れ、我が輩はその外周を探す!」

「わかった、アンタに任せた」


 身を起こして外へと出た。

 月と共に真夜中の星々が昇っている。だがな、こんな時間に森を歩く女がいるのか?

 物語ならば、どちらかというと怪談の始まりに近い展開だ。


「こっちだアウサルっ!!」

「だ、誰かいるのかよっ、お願いだっ早く助けてっ!!」


 右手の方からユランに呼ばれた。

 誰かが危険な何かに襲われている。愛用のルイゼの白銀のスコップを握ってアウサルは森を駆けた。

 するとそこに小型だが、アビスハウンドにごく近い種類の狼と、赤毛の娘がいた。


「ユラン、最果ての怪物がなぜこんなところにいる」

「知らん、そういう森も地上にはあろう! 今は細かいことなど考えるな!」


 赤黒い毛並みの怪物と俺は向かい合った。

 今隣に竜人アザトはいないがユランならばいる。

 アビスハウンドとしては小型だ、大型犬ほどしかない。青い眼光が光を放って燃えていた。


「え、スコップ……?」

「ああスコップだ、スコップを常に持ち歩いて何が悪い、何も問題ない」


 こいつは白銀色だ、娘はそれを剣と一瞬見間違えたのだろう。

 アビスハウンドもまた、スコップごときと見て俺を甘く見た。

 グルルと獣の喉が鳴り、目に映るもの全てを獲物と断定していた。


「気を付けろ――」


 ユランの警告は遅かった。

 俺から片付けようと決めたのだろう、飢餓する獣アビスハウンドが俺の喉元を狙って飛び付いてきた。

 だがそうやって俺を甘く見るからいけない、やつのその口腔の内部目掛けてスコップを押し込んだ。


 毛皮は苦手だが、牙ややわらかい口の中ならば斬れる。

 もう一度突いてやるとアビスハウンドが血を吐きながら牙という最大の武器を失った。


 だが相手はアビスの怪物だ、劣勢だから退くという発想を持たない可能性が高い。

 攻撃力を奪うだけではなく確実に仕止めておきたい。

 倒し損なえば近隣で悲惨な事件が起き、それが軍隊関係者を呼ぶだろう。


「す、すげぇ……」


 ところで意外と口調の荒い女だった。

 年齢は15前後くらいに見える。いや今はどうでもいい。


 敵の毛皮をスコップで打ってみたものの、やはり特別な剛毛だ、研いだスコップ程度ではまるで斬れない。

 それでも攻防の果てに2つの前爪をそぎ落としてやった。


「下がれアウサル!」

「くっ、うぉぉぉぉっっっ?!!」


 拮抗の終わりに、同士討ち《フレンドリーファイアー》すれすれの火玉がアビスハウンドに命中した。

 本気のユランのブレスが敵を焼き、それがトドメとなって怪物をついに息絶えさせた。


「りゅ、竜……」


 黒こげの肉は鎮火することなく、いまだ炎を上げて音を立てている。


「そ、それにテメェ、耳が……あれっ、え、ええっ?!」


 女はユランという喋る赤竜と、アウサルの異形を目撃してしまった。

 アビスハウンドという怪奇と別れるなり、俺たちという別の怪奇と出会ってしまった流れになるだろう。

 ……彼女の立場からすれば。


「口の悪い女だな」

「うむ、我が輩らに救われて、テメェとやらはないであろうな」

「あ、ごめん……ついくせで……。ていうかテメェらマジでなんだよっ?!」


 どうやら普通に素行が悪いだけのようだ。

 腰を抜かしていた彼女が膝を立てて、俺の蛇眼を勝ち気に睨んだ。

 まあ、腰を抜かしていた後なので威圧感はまるでない。


「俺はアウサル、ただのおとなしいヒューマンだ」

「アウサルよ、我が輩の忠告通り、フードは下ろしておくべきだったな」


 スコップを肩に背負い、俺は彼女に腕を差し出した。

 一応は命の恩人だ、恐る恐る白い手と己の手を結び、女は我が身を立ち上がらせる。


「ありがとう……」

「我が輩の名はユラン、うむ、しがない旅の喋る竜だ」

「喋る竜がいてたまるか、とは思うだろうがいるのだから仕方ない、諦めてくれ。……それでアンタは?」


 妙なきっかけとなったが話を聞くチャンスだ。

 友好的な態度を示す。

 すると彼女は握りっぱなしだった俺の手を振り離して、ユランという不思議な存在をしげしげと確認した。


「あたいはリム、ジーナ村出身の……まあその、あれだよ。わかりやすく言うと、家出娘ってことに、なるのかな……」


 俺たちはある日、森の中で家出娘と出会った。アビスの狼のいるツタまみれの不気味な森で。


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