3-5 スコップで作る地下水道 ニブルヘルを輝く水里へ導く
連中に水門を任せて、俺はそこへと繋がる水路を掘り始める。
これそのものは楽な単純作業だ、よってすぐに湖水へと繋がった。
ただし水が水門へと入ってしまうと残りの作業に支障が出る。なのでほんの1cmほどの岩壁を残した。
その壁1枚を終点にして、湖水が音を立てながら未完成の水路に流れ込んでゆく。
「楽しいなぁこれは~♪ そ、その薄いところぉ……ぶっ壊しちゃダメか、ダメかぁ……? ウズウズ……」
「絶対止めてくれ……。アンタ忘れてるだろ、この後これを、里まで地下トンネルで繋げるんだからな……?」
「何とっ、そんなことをしたら我らはドロンコのグチャグチャになってしまうなぁっ♪♪」
まるでそれは、泥遊びにハマり込んだ幼児みたいな笑顔だった……。
なんか不安だ……絶対止めろよ……。
「い、嫌ですよそんなのっ?!」
「止めて下さいラジールさん、水の流れ次第では最悪皆がおぼれ死にます」
「おおっなんかスリルがあって楽しいなっ♪」
楽しくねーよ……。
どんな刹那に生きてるんだよアンタ……。
その危険人物をエッダらに任せて、せっせと続きの水路を伸ばす。
ある程度まで伸ばしたら土壌が黒土に移り変わった。
ならばそこから先を予定通りの地下道にすることに決めた。
「……日が暮れるぞ。今から地下を掘る、悪いが掘り出した土の処理を頼む。スコップで固めると手間がかかるからな、その方が速い」
「わかりましたアウサル様、せめて戦いの役に立てなかった分だけでもボクがんばります!」
エプロンドレスの少女が細い腕を折り曲げ力こぶを作る。
……いやそこに筋肉なんてどこにもなかった。
そこが女の子らしいとは思うが、レジスタンスの一員として生きるにはなかなか……まあ、今はいいか。
「頼むアウサル、ニブルヘルの砦に希望の水を運んでくれ。その為なら非礼を承知でこの女を縛り付けよう!」
「バカを言えエッダ! 我と同志アウサルは既にドロンコの愛情で結ばれているのだっ! 残土処理は我に任せよ、さあ征けっ、地のッ、果てまでもッ!」
何を言ってるんだアンタは……。
意外とやる気なようだしまあいいのか……?
さあ、さあモグラのアウサルの本懐だ。距離が距離だがもうやるしかない。
スコップを担ぎやつらに豪快な笑顔を向けてやってから、俺は黙々と下方へと傾斜してゆく地下道を造っていった。
崩れないように一定の深さを意識しながら、無理のない水の流れを考慮して直線を心がける。
そこにちょっとした曲線が加われば、水流はいつの日か壁をうがちあらぬ方向に伸びてゆくだろう。
合計10名の仲間たちがせっせと残土を処理する。
暗い地下道をカンテラで照らし付けて、可能な限りのバックアップをしてくれた。
ある程度掘り進めると、土の処理は後方の床に踏み固めてゆくだけになった。
トンネルの外に捨てるにも距離という無理が出てきたからだ。
「ヨ~~レイヒァァァ~~、ウォ~~レィヒィィ~~♪」
「貴女は何度言えばわかるのですかっ、落盤が起きたらまとめて圧死するんですよっ!?」
ラジールの陽気な歌声とエッダのお説教と共に、俺たちは1度も地上を経由しない恐怖の地下道を2日がけで掘り続けた。
・
そうして恐らく2日目、地下水路がついに開通した。
「ま、まぶしっ……め、目がぁぁ……」
「うっ……これは、きついな……。ラジールさんっ、今変なところ触ったでしょうっ?!」
「ガハハッ何のことかわからんなぁーっ、明る過ぎてなーんにも見えんっ、お、これはルイゼちゃんかなぁ~♪」
積極的でたちの悪い愛撫と呼べてしまえるものが襲い来る。
「……ソレは、俺の、尻だ。アンタ何やってんだ」
「は、はわわ……危なかった……。あ、でも目がやっと慣れて……あ、ああっ?!」
「何だ同志アウサルの尻だったか。よくよく考えれば男の尻を揉んだのは生まれて初めてかもしれん。その男の尻は、冷えたハムのように硬く引き締まって――お……」
目が慣れてくると皆気づいた。
そこがニブルヘルの砦近くにある高台で、自分たちがそこの絶壁に大穴を開けたのだと。
「ここに繋がったか。フッ、良いところに繋げてくれたではないかアウサル。かなり理想的だ、最適解と言っても良い」
「それは良かった」
周囲には林が広がり、その木々の隙間から砦が見えた。
ならなぜここを開拓しなかったのだろうと疑問にも思ったが、すぐに理解出来た。
乾いた土質に、高台という立地。水をここまで運ぶ手段が無かったのだ。
井戸を作ったところでとんでもない深さになることだろう。
「なら……ここにため池作ったらどうでしょうか……。あっ、ボクなんかが言うと差し出がましいですけど……」
「それは名案だルイゼ。よし、ついでに1つため池も掘ることにするか」
あれだけ掘ったのにまるで欠けぬスコップ、それをまた地へと突き刺す。
「……ぁ?」
だがどうしたことだろうか。
そのまま俺は前のめりにぶっ倒れていた……。
「アウサル様っ?!」
「どうしたアウサルっ、おい同志よっ?!」
……無様に倒れた俺を仲間たちが取り囲んでいた。
肢体に力が入らない。
携行食とはいえ食事もちゃんと摂っていたはず、だけど急に腹が減ってきて……。
それに眠い、だるい……ああ、なるほどそういうことか……。
「つ、疲れた……」
食事と睡眠以外はひたすら掘り通しだった。
そりゃ倒れるに決まっていたな。
「はぁっ……心配させるな……。ラジールさん、そっちの肩を持って下さい」
「承知したっ! フハハッ、立派だったぞアウサルっ、あれだけ掘り続けたのだそりゃぁ倒れて当然だなっ!」
2人が肩を貸してくれた。
ルイゼがスコップを抱えてくれた。
彼女らに守られながらニブルヘルの砦へと帰ることにする。
悪いが返事を返す気力も無くなっていた、出来ることなら今すぐパンだけかじってここで寝たい。
「長年の夢が叶うのだ、グフェンも喜ぶぞっ! 何か良いことした気分だなぁ~っ!」
「はいっ、お疲れさまでしたアウサル様」
林を抜けると隠し砦全体が見えた。
畑に住宅地、砦部分に練兵所、倉庫群。
森に囲まれたそれらは壮観だったが、やはり独立を勝ち取るにはあまりに小さくちっぽけだ……。
「ああ、ここからは私たちに任せて休んでくれ。……ため池と残りの開通作業くらいなら、お前の力などもう要らん」
フェンリエッダのブロンドが顔にかかる。
彼女の声には希望が満ち満ちていて、似合わないほど夢いっぱいに――あろうことか俺を用済み扱いした。
「ゆっくり寝ろ。それから目を覚ましたらお前に見せてやろう。……豊かな水源に輝くニブルヘルの姿をな。本当に良くやってくれた、ありがとうアウサル……」
そこから先の記憶はない。
彼女らには悪いが完全に熟睡してしまっていたようだ。