21-3 虹の白磁とヒューマンの諸王サンクランド
サンクランド王はその筋では有名な陶器マニアだそうだ。
そこで先祖の倉庫より、王が好むであろうある名品を持ち出した。
これは秘蔵中の秘蔵の宝で俺も内心気に入っていたのだが、今日という日のために歴代が掘り当てたものだと思うことにする。
きっとそうなるように上手いこと出来ていたのだと、勝手に先祖に花を持たせて名品を手放した。
さて段取りだが、パルフェヴィア姫とサンクランド王には面識がある。
フレイニア陥落の窮地に姫らが亡命出来るくらいの関係だ、接触そのものは何の困難もなかった。
そこでフレイニアからの公式書簡を持たせ、新しい取引がしたい、色良い返事をいただけたら名品中の名品、とある白磁器を提供するとヴィト王の直筆でもちかけさせた。
結果はもくろみ通りに上手くいった。
王は会談の準備を整えて、明日会ってくれるという。
1日サンクランドの城下町に宿を取り、パルフェヴィア姫一行が王城へと上った。
素性を悟られるわけにはいかないので、ユランは大きな箱の中に入れてごまかす。
残る俺は地下競売で着込んだあの燕尾服とシルクグローブを身に付けて、仮面を手に地下に潜伏した。
地上へのかすかな穴を空けて上の様子をうかがい、成り行きを待つ。
謁見の場は玉座ではなく、パフェ姫の予想通り奥の宮殿が使われることになった。
その宮殿にある広い広い庭園が今回の会場だ。
「おお、パルフェヴィア姫! はるばる我が国によく来られたねぇ、待っていたよ」
どうも話に聞いていたより声の高い王だった。
もしかして若い人なのだろうか。
「ええ、お久しぶりですサンクランド王。このたびはご拝謁をお許し下さりありがとうございます」
「いやいや、公式な場で歓迎出来なくてすまないねぇ。それで、話というのはそちらのお連れの方々に関係するのかねぇ?」
少しとぼけたような印象の男だ。
どんな顔をしているのだろうか。言い回しがいちいちわざとらしく芝居じみて聞こえてくる。
「皆さん、私の名はウィリアム・サンクランド、この国を束ねる者だよ。……一応だがね」
「はい。しかし少しばかり込み入っておりまして、どこから話したものでしょうか。……そうですね、まずはこの方をご紹介いたしましょう。どうぞ、モグラさん」
もう出番か。
俺は薄くだけ残した土を崩し、地上へとはい上がる。
「なっ、なんっ……おおっっ?!」
「陛下っ、お下がりを!」
さすがに予想外だろうとも、サンクランド王は高い声を上げて驚いた。
ただちに護衛の騎士が飛び出して俺の前を阻んでいた。
しかし意外だった。
声が若々しいのでどんな男かと思ったのだが、それが30過ぎの男に見えたのだ。
プライベートな己の庭園だけあって、服は気楽なシャツとズボンに略冠だけだった。
それに対して俺は燕尾服に仮面だ、怪しまれるのも当然だ。
「陛下。こちらの仮面の男、それとその隣にいらっしゃる小さな少女にはとある事情がございます」
「ほぅ……驚いた、こんなに驚いたのは久しぶりだ。ぜひ話してみよ」
王は騎士を後ろに下げさせて手早く話を進めてくれた。
そういう性格か、あるいは忙しい身なのもあるのだろう。
陶器好きと聞いていた。どうも好事家相応に好奇心が強いらしく、俺のことを興味深そうに眺めだしていた。
「サンクランド王よ、まずは約束の品をお見せしよう。さあ、どうぞ中をご確認下さい」
「もしやそれが……ぜひ拝見しよう!」
俺は前に出てまずは一族が愛した白磁器を王に差し出すことにした。
木箱を庭園の白テーブルの上に乗せて、サンクランド王ウィリアムが慎重に木箱を開封する。
「これはまた……こんなものを俺は1度も見たことがない。どこでこんなものを、どこで作られたものなんだい?」
その白磁は白磁であって白磁ではない。
透き通るような白い表面に、鱗粉のような虹色の輝きを幾何学的に浮かせているものだった。
「王よ、これはこの世界で作られたものではありません。異界より産出したものです。幾度にも及ぶ試行錯誤の果てに、奇跡的に生まれた一品なのでしょう。これだけのものは他に早々と見つかるものではございません」
見定めはもう始まっている。
この男が信用出来る人間かそうでないか。野心家か、世俗家か、どんな状況で裏切りを決断する人間かを読み取らなければならない。
「つまり君たちの願いを聞けば、これが貰えるということかねぇ?」
「ええ、貴方の返答次第です」
「ならば言ってみたまえ、こちらもそれ相応の代価を支払おう。これはね、価値のあるものだよ、久々につい興奮してしまっているよ」
先祖がさぞや喜びそうな言葉だ。
俺は感情を隠しながら内心喜ぶ。そんなに欲しいのなら、ただでくれてやってもいいくらいだ。
その方が発掘物も輝く、本望なことだろう。
「ならば少しばかし失礼を……」
俺はちょっとひょうきんな本性を持つ王に背を向けて、ユランの入った箱を開けた。
ユランは翼を羽ばたかせて俺の腕に乗る。
「それはまさか、竜かっ?! おお……竜はまことに実在したのだな……」
「陛下っ、危険です!」
いや、乗せるにはさすがに大きく育ち過ぎていたので、俺は羽ばたきを続けるユランの前にスコップを突き刺して移ってもらった。
王は珍しい生き物に興奮していたが、騎士が前に出てその視界をさえぎった。ま、そりゃそうだろう。
「……どうだ」
「まあ待て、焦るな」
ユランに小声で問いかけた。
するとユランは鑑定を始め、すぐにそれを完了したのか口元が冷笑的に笑う。
「終わったぞ。ふむ、物欲は強いが野心は低い。まっすぐな正義漢と言えなくもないだろう。ただ……」
「何か問題があるのか?」
場合によっては交渉の本音を諦めて、金だけ貰って帰る算段だ。
「女癖がちと悪いな。ここからは鑑定ではない我が輩の直感だ。パフェ姫に好意を持っているようだ、うかうかしていると取られるぞ」
「そうか、本人に後で気をつけるよう言ってこう」
ユランの鑑定によると問題無しだそうだ。
信用出来るがただ女癖が悪い。そう考えるとルイゼを紹介したくない悪い大人だった。
「助かった」
俺はユランを腕に乗せ、箱の上に乗せて引っ込んでもらった。
それから俺は自らの目で王を見定めるべく凝視を始める。
物欲は強いが野心は低い、正義漢と言えなくもない。この評価を彼の容貌とこれまでの態度とで答え合わせしていった。
もしユランの鑑定が正しいのならば信頼してもいい人間だ。
正義漢。そう言われてみればそう見えなくもない。
「サンクランドの王よ、フレイニア侵攻の際には本当に助かった。貴方が国境に牽制の兵を差し向けてくれなければ、あの国のライトエルフたちは今頃根絶やしにされていただろう」
「それは私からも言わせて下さい。ウィリアム様、重ね重ね、ありがとうございます」
エルキアを警戒し、機を見る才能がなければああもすぐには動けないだろう。
優秀な人なのだと思う、ウィリアム・サンクランドという男は。
「いやぁ、あの程度のことしか出来なくて悪いね。むしろ皮肉を言われてる気分にすらなってしまうよ。いやね、我らにも立ち位置というものがあってねぇ……存外に大変なのだよ」
しかしだらだらと上辺だけの話をしても仕方ない。
そろそろ切り込んでいくべきだ。
「では単刀直入に言おう、アンタは今の情勢をどう思っている。どれだけ世界の状況に危機感をいだいている。この先どうなっていくとアンタは思う?」
「おや、それに答えれば、この器を私にくれるというのかな」
「フフッ……この名品にそれほどまで興味を持っていただけて光栄だよサンクランド王。だがそうだな、それはアンタの回答次第だ」
すると王は妙な挙動に出た。
ユランを含む俺たちの1人1人の前に立ってそれぞれをしげしげと確認すると、騎士の隣に下がったのだ。
「この者を下げた方がいい話か?」
「えっ……、王よそれはダメですっ無防備です!!」
騎士様には悪いが俺はそれにうなづいた。
それにより王の命令が騎士を遙か遠くに人払いさせた。
「この方がお互いやりやすいのではないかね。今は世界中の諸侯が互いの顔色をうかがい合っている。鈍感な部類の下級貴族でさえ、薄々感づき始めているよ。……今の地位を守るために、この先何かを選択しなければならない、でなければ落ちぶれる。とねぇ」
ルイゼ――いやルインスリーゼ姫を紹介する上では、騎士の人払いは必要なことだった。
どうやら話のわかる男のようだ。
「アンタのような王を持ててサンクランドの民は幸せだろう。そうだ、味方になるふりをして裏切る者も出てくる。あるいは動向をうかがい、その情報を他者に売るやつも必ず出てくる」
「うんうん、そして仮面の君たちは、それを強く警戒しなくてはならない立場や状況にあるわけだね」
読みもいい。
王者にふさわしい資質を持っている人だと評価しよう。味方になるなら頼もしい部類だ。
「そうだ。サンクランド王よ、そろそろ教えてくれ。情報を誰かに売ろうだなんて俺たちは考えない。アンタたちの背中をだまし討ちにして刺すつもりもない。だから、アンタたちが、今のエルキアをどう思っているのかを、頼む、教えてくれ……」
「何だそんなことか、敵だ。よしならば仮面の男にも聞こうか、君たちはエルキアをどう思っている?」
王はパフェ姫にではなく俺に聞いた。
俺がニル・フレイニアとは別の勢力に属していると判別している。聡い王だ。
「答えるまでもない、敵だ。エルキアは俺たちを根絶やしにしようとしている。ならば中立すらあり得ない、エルキアは敵だ」
それで納得してくれたのだろうか、王の首が縦にうなづいた。
あっさりと都合良く進み過ぎているような気もするが、これなら問題ないか。
俺はルイゼに目線を送った。
するとこちらが向かうよりも先にルイゼが寄ってきて、確認の目線が俺の怖い蛇眼を見つめた。
「やるだけやってみるといい。少なくとも彼の人柄は本物だろう」
「はい……」
主導権をルイゼに譲ったことを印象づけるために、俺はルイゼとすれ違って後ろに下がった。
もう覚悟がついている、おくすることなくルインスリーゼという王族は、サンクランド王の前に出て丁寧で流麗なお辞儀をした。
この日のためにルイゼは立派なドレスを着込んでいたので、本当に本当のお姫君に見えた。
本当に姫だったのだ……。
「お名前をうかがってもよろしいですか、小さなお嬢さん」
「はい。私は……ルインスリーゼ・グノース・ウルゴス。エルキアの第6王位継承者です」
これでもう後には引けなくなった。
心変わりできないところまでサンクランド王をこちら側に抱き込む。
でなければ兄エルザスの野望はここでおしまいだ。
オッズの堅い賭けだったが、万一の可能性に俺たちは少なからず緊張していた。