21-1 ルインスリーゼ・グノース・ウルゴス 2/2
「だがなルイゼくん、エルザス殿は、ルイゼくんがルインスリーゼとして立つのを望んではおるまい」
「そうだな。あのシスコン男は、ルイゼだけは守り抜くと決めて戦っているに違いない。……ルイゼ、ひとたびおまえが本当の名を名乗れば、エルキア王に逆らった反逆者として、どちらかが滅びるまで付け狙われるぞ」
ルイゼの立場は良くない。
エルザスが決起する以上、出来れば死んでいたままになっていた方がいい。
「みんなが戦ってるのに……本当は敵の血筋なのに名を偽って、自分だけ安全なところで、アウサル様はただ戦いを見守れって言うんですか? 無理ですそんなの……」
ルイゼの覚悟は既に決まっていた。
本当の仲間になるために俺たちへと名を明かして、ルインスリーゼとしての役割と全うしたいと望んでいた。
「兄の気持ちには感謝しています。だけどボクもいつまでも子供じゃありません。せめて裏方の仕事だけでもしてみせます。……だってボクは、ヒューマンの代表ですから」
だが問題がある。
気持ちを受け止めてやりたいところだが厄介な現実があった。
「ア・ジールより帰る間際にエルザスは言っていた。お前はエルザスを縛る人質としてエルキア王に監禁されている、ということになっている」
「ルイゼくんが表だって動くことは、従ったふりを続けるエルザス殿、いやエルザス王子の立場を悪くさせてしまうのだ」
「そ、それは……そうかもしれませんけど……」
なかなか急で、なかなか難しい話だ。
そもそもルイゼをサンクランドに接触させて大丈夫なのだろうか。
相手の国がどこまで信用できるか出来ないか、グフェンと俺は悩み考え込むことになった。
「話はついたか?」
「あっ、ユラン様! はいっ、まだ途中ですけど、ボク言えました!」
「そうかそうか、それは良かった。そなたはひどく悩んでいたからな、口にしただけでも楽になったろう」
そこにユランが現れていた。
正規のルートからじゃない、西日の彼方から翼を羽ばたかせて円卓に舞い降りた。
「アンタの差し金か……」
「それは誤解だ、我が輩は相談されて、軽く後押しをしてやっただけだ。それに現実に立ち返って考えてみよ、このルインスリーゼというカードは有用だぞ。エルザスの暗躍を考慮して控えめな運用にはなるが、ヒューマンの国々との交渉役に必要だ」
ユランの願いは全ての種族の救済、その目標からするとルイゼの存在は貴重だった。
だが……まだ10歳だ。よって俺はユランを睨んだ。
「……困った反論が出てこないな。だが苦言を追わせて欲しい、ルイゼはまだ若い。ユラン様、私はこの子に無理をさせたくない……」
「グフェン、貴殿はやさしいな。己を苦しめ続けたエルキアの姫君だぞ、それをかばうというのか? 貴殿の憎しみはどこに消えたのだ?」
赤い竜がグフェンを試した。
恐らくわかってて言っている。ユランもまたへそ曲がりなのだ。
「意地悪が過ぎるぞユラン」
「グフェン様……ボク、救われた気持ちです……。父上……早くに死んじゃったから……嬉しかった……」
後半の部分は俺たちに聞かせる勇気がなかったのか、小声だった。
グフェンが毅然と己の崇拝する竜に胸を張り、譲歩出来ないと目を向ける。
「エルキアと同じ外道に堕ちる気はございません。ルイゼくんもまた私のかわいい娘、そう思っておりますユラン様」
「クククッ……それでいい。甘いがな、そなたまで憎悪に染まっていては対立は収まらん」
ユランはグフェンの返事に翼を揺らして満足した。
神様というのは人を試すのが好きらしい。困った竜様もいたものだ。
「ルイゼよ、このことは我が輩らだけの秘密にしよう。そなたはアウサルの従者としてサンクランドに同行しろ。サンクランド王が信用に値すると見定めたそのときに限り、ルインスリーゼの素性を名乗れ」
待てユラン、勝手に進められても困る。
ルイゼの決意とサンクランドは別物の問題だ。
「待て、サンクランドがいくらフレイニア寄りだからって、味方になってくれるとは限らんぞ」
「アウサル殿の言うとおりです。単に接触するだけでこちらとしてはリスクとなります。まずは様子をうかがいませんと、どんな危険を呼び込んでしまうかわかりません」
小さな竜は瞳を細めて円卓に寝そべった。
尻尾を揺らして俺たちの意見を聞きとげながらも、かけらさえ心動かされた様子を見せない。
「大丈夫だ」
「なら理由を聞かせてくれ、ちゃんとした根拠がなければ不安しか覚えん」
ユランが笑ったような気がした。
気取ったように赤竜の瞳が閉ざされる。
「我が輩もついていくからだ」
「な、なんですとっ?!」
驚いたのはグフェンだ。
グフェンがこの国の政務を代行する宰相ならば、ユランは地下帝国の帝王そのものだ。
安易に外出されてはグフェンも困るだろう。
「我が輩が信用できるかどうか、サンクランド王をこと細かに鑑定してやろう。……どれアウサル、久々に貴殿を鑑定してやろう」
「鑑定って何ですかアウサル様? 人を鑑定……?」
ルイゼがわからなくとも無理もない。
この竜は人の能力を数値化して調べ上げることが出来る。
「おお、やはり延びておったか。スコップLV7、神の呪い耐性5、発掘4、大した成長だ。我が輩に断りなくアビスに向かい、よもや帰って来てしまうだけのことはある……」
「レベルというのはわかりませんが、アウサル殿が大きく成長しているのは確かでしょう。先代もきっと鼻が高いに違いありません」
「良かったですねアウサル様!」
よしてくれルイゼ、超大国の姫君に様付けされるとさすがの俺もおかしな気分になる。
しかしユランのこの人物鑑定能力があれば、敵味方の判別がしやすくなることうけ合いだ。反則と言い直してもいいくらいだ。
「ん、どうしたアウサル?」
「少し思い出したことがあってな、忘れる前にこっちへ来てくれ」
他の者に聞かせていいか判断の付かない部分だ、円卓の会議室の端へと引っ込みユランに手招きした。
この竜はこそこそ話が好きだ。素直に俺の足下に飛んできたのでこちらも膝を落とす。
「アビスでの話をアンタにし忘れていた。アビスにはアンタを知る者が沢山いた。サマエルを呪い、しかしその中の一部はアンタのことを、とても心配しているように見えた」
「ッ……ふんっ……」
ユランが驚くのを俺は見逃さなかった。
黒伯爵と白公爵、あの2体の魔貴族とユランは深い関係にあるのだろう。
「最初の種族巨人が生み出されるより以前を、アンタはいつだって語りたがらない。……だがな、俺たちは一蓮托生だ、いつか話してくれるな?」
悪いが興味本位が大半だ。
アビスの怪物どもと知り合いだろうと、今さらユランを疑うなど遅すぎる。
「さてな……」
ユランは返事をためらい、結局逃げるように翼を羽ばたかせて西日の彼方に飛び去っていった。
さっきまで美しい琥珀色だった西日が赤く燃え盛っている。
ルイゼがユランの姿を追って空の向こうを見つめているのを、グフェンが穏やかにその様子を見守っていた。
水里となったニブルヘル砦を、俺たちはしばらくの間眺め続けた。
あの日、ルイゼに手を引かれて開拓地を歩いたのがつい昨日のようだ。
勝ち目すらなかったあの頃とはもう違う。
今や辺境に追いやられた亜種族たちが手を結び合い、これから奪われた栄光を取り戻しにいく準備を進めている。
エルキアを倒し、かつて灰と消えたユランの千年王国を復活させよう。反逆の地下帝国を。