20-4 二君を持つ皮肉屋と妾の息子、古巣に戻る 2/2
「で、残りのコイツとコイツはどう思うんだダレス?」
「言うまでもねぇ、どっちも俗物だ。大義より自分と領地の利益、つまり風向きの良い方につく。裏切ったり、情報を漏らす可能性が高いだろうな」
エルザスはダレス様の言葉を真面目に受け止め、思慮を選んだ。
こちらは反乱を起こす側です。決起前に露呈すれば私たちは潰されてしまいます。
「その層をさらに焦らせるためにも、もうひと騒動起きてくれたりしないものかな。南の辺境スコルピオ侯爵の独立、これはエルキアを震わせた。同じようにどこかで独立騒動が起これば、この上なく都合の良い追い風になってくれるんだけどな」
エルザスがこちらに目を向けてきました。
ダレス様ではなく私の回答を求めているようでした。
ええまあその辺りはもう考えてあります。
「アウサルさんが次に目指すとすれば、残り1つのライトエルフの国ワルトワースでしょう。結果がどうなるかはわかりませんが、彼のスコップが騒動や奇跡を起こすことは間違いないでしょう。外国でのことになりますが、こちら側の有利に働くのは間違いありません」
地下トンネルを使って、独裁国家から国民を脱出させるというところでしょうか。
しかしそれこそ大事件です。国民を奪われたワルトワースは零落し、東方のパワーバランスを崩すでしょう。
「ふーん……ならこれから反乱のシミュレーションに付き合ってもらおう」
何が、なら、ですか。最初からそうするつもりだったんでしょう。
彼は世界地図と駒をテーブルに置きました。
「俺の誘いに乗ってここと、ここと、まあこのへん全部だな。エルキアの4分の1が決起する」
しかし驚きました、既に4分の1の勢力と手を結んでいるそうです。
「同時にアウサルとニブルヘルはあの反則としか思えない力で、サウスを電撃戦で掌握するだろう。さて、身内の反乱と、辺境領地での亜種族の独立……エルキア王どもはこうなったときどう動くと思う?」
「すみませんがそれは予測が付きませんね。あちら方は自分たちの非を理解している。反乱を起こされても仕方がないような暴虐に手を染め、今やその狂気を隠そうともしていません」
戦略は相手の行動を読むことが大切です。
ですが肝心の相手が何を考えているのかわかりません。
「またエルキアがスコルピオ侯爵領にしたその仕打ち、ダークエルフを皆殺しにしろとエルキア王は要求しました。本国が諸侯を守ろうともせず、無理矢理従わせて、生きるための利益を消し去ろうとしました。これにより、結果はともあれスコルピオ侯爵領は衰退した」
これだけでも異常です。
次の予測が付きません。
「よって普通なら、真っ先に貴方の首を取りに来るでしょう。エルザスという反乱の中心核を潰してしまえば、後はどうにかなりますから」
地図の上で駒を動かしました。
敵主力をエルザスの領地に隣接させました。
「……ですがやつらは普通じゃありません、亜種たちを滅ぼすことで頭がいっぱいです。恐らくアウサルさんたちが取り戻したサウス、いえ新生フィンブル王国を攻めるでしょう。エルザスの率いる反乱軍と小競り合い出来るだけの防衛戦力を残して、場合によってはサウスとフレイニアへの同時攻撃をしかけます」
その駒を地図の南、サウス領ローズベル要塞の前に並べ直しました。
ここが彼らの防衛戦です。
「あり得る。俺たちはフレイニア攻めを命じられた当事者だ。損害をいくら出しても責任は問わんから攻め落とせ、期限は10日、そんなメチャクチャな命令だった。今のエルキア王は国の維持なんて考えちゃいない」
私の仮説にエルザスが難しい顔で深く考え込んだ。
「もしそうなると困るね。そうなればせっかく独立出来たのに、いずれ陥落してしまうじゃないか。ア・ジールの秘密も暴かれ、彼らという最高の手札を俺は失うことになってしまう」
これは最悪のシナリオです。
もう少しエルキア王らの真意がわかれば推測しやすくなるのですが、それは簡単じゃないでしょう。
「なら作りましょう。ア・ジールとエルザス様の領地を繋ぐ新しい道を、アウサルさんに作ってもらっちゃいましょう」
「おおーなるほどなぁ~。必要数の援軍をサウスに送ることが出来れば、彼らとローズベル要塞は最強最高の囮となる。その隙に、俺たちが王都へと続く道をこじ開ける。……悪くないねぇ」
必要数に囮、ですか。
やはり私、この男が好きになれません。
有能なんでしょうけど冷たいというか、若干サイコ野郎なところがあると思います。
その冷たさと非人間性こそが、王者の資質なのかもしれませんけどね。
「おいエルザス、旦那たちを囮にするつもりか?! 亜種族たちをただの便利な壁と勘違いしてないだろうな? お前は、昔からそういう軽薄な男だった、そういう最低の作戦を選べば後々尾が引くぜ」
「はははっ、例えだよ例え。それに王都への道をこじ開ければ、どっちにしろやつらは退かざるを得なくなる」
すみませんがエルザス、貴方が本気でア・ジールを囮にしようと思っているようにしか見えません。
あそこにはルイゼくんがいるのに、この人は……。
「おいっ、こじ開けられなかったらどうなんだよっ!?」
「うん、その時は俺たちも長く生きちゃいられないよ。失敗したら、反逆者、亜種族、その他怪しい者たち、全てが浄化という名目で殺される。……今のエルキア王ならそうする」
あえて二度繰り返します。この人はやはり好きになれそうもありません。
それが正しい判断だとしても、あのアウサルさんのように状況にあらがってみせるべきなのです。
「ダレス、それが現実だ。俺たちはやつらの狂気と、それを実現させてしまう世界最強の軍事力に、どんな手を使ってでも勝たなければならないんだよ。不満があるなら働いて、俺たちの仲間を増やしてみせろ」
「クソッ、前言撤回だッ! エルザスッ、やっぱ最低だぜてめぇ! アウサルの旦那たちを囮になんか絶対にさせねぇぞ! 上等だやってやろうじゃねぇか!!」
ふぅ……ダレス様はおやさしい人です。
私の感情を代弁して下さいました。
ですけどね、やっぱり連れてきて正解だったと思いました。
私だけだったらエルザスのこの作戦に、合理的な見解で最後は同意したでしょう。
いえエルザスもまた、本音を私にさらけ出さなかった可能性があります。
何だかんだダレス様は信頼されてるんですよ。
「がんばるしかないみたいですね……」
「自分たちの首がかかってるんだ、そこは今さらでしょ。じゃ、期待してるよ軍師様」
「ジョッシュ、頼む。俺の代わりにこのバカを見張っておいてくれ……」
大丈夫です。あちらにはラジールという怪物にゼファーさん、銀狼ヤシュ、アウサルさんがいます。
「はい、仰せのままに」
それにラーズくんも……。
厳しいことを言ってしまいましたがラーズ、あなたもちゃんと生き延びて下さいね。
――群像の章 ア・ジールに集いし英雄たちの横顔 終わり――