3-4 スコップで作る地下水道 with 水門
出発したのが朝、到着したのが夕方近く。
ついに俺たちは目当ての山上湖にたどり着くことになった。
「お、大きい……。アウサル様、ボクこんなの初めてみました……! ここっ、すごいです!」
「絶景かな絶景かなっ、見ろっ向こう岸が霞んで見えるぞー! これはとんだ秘境中の秘境ではないか感動したッ!」
案内人にあたる数名をのぞき誰もが熱く興奮していた。
岸まで下りて確認すればさらにその高い水質に驚かされることになる。
濁り1つない清らかな水は、戦い続けた登山者の指をひんやりと慰めて、喉までも甘く癒してくれた。
「美味いな……。こんな水を飲んだのは初めてだ」
「お前の土地は砂と岩ばかりだからな。しかし飲用にも使えるとは思わぬ計算違いだ。……はぁ、水浴びがしたくなる……」
最後を小声にとどめてフェンリエッダがローブをパタパタと振りあおぐ。
なら脱げばいいのに彼女は絶対に脱がないのだ。
何か理由があるのかいつだって、頑なに肌をローブで隠し続けていた。
……ちなみにどうでもいいが、その布の中はかなりの軽装らしい。本当にどうでもいいな。
「おおそれは良いなっ、いっそ皆で泳ぐかっ! 同志たちよ向こう岸まで競争だぁーっ!」
「む、むむ無理ですよぉそんなのーっ?!」
何しに来たんだよアンタ……。
真に受けるなルイゼ、そんな提案絶対に通らんから。
「却下です。急がないと日が暮れますよ、ラジールさんが1人で暗闇の中泳ぎたいというなら止めませんけど」
「む、ソレは嫌だな……。そうだった忘れていた、我らは偉大なる使命を抱いてここに来たのだったなっ!」
「ええっ……忘れてたんですか……」
彼女ら紅3点のやり取りは置いといて、俺は少し辺りをうろつき考える。
ここは北と西を呪われた地、南と東を魔境と称される荒野に囲まれている。さらにこの高さとなれば手付かずなるのも当然だろう。
しかし同時に、これは色々とおかしいのではないかと疑問が浮かぶ。
開墾に適さぬ荒野と、呪われた地に囲まれているというのに、ここだけが緑と水に囲まれている。
さらにその森そのものがヒューマンの進入を拒み、まるでダークエルフ最後の砦を守るかのように機能しているのだ。
おかげで救われているも事実だが、少しばかし都合が良過ぎるのではないかと思わなくもない。
「今から俺が水門を作る。アンタたちは休んでいてくれ」
「……手伝いはいらないのですか?」
ニブルヘルの兵たちに話しかけた。
最近、彼らの俺を見る目が変わってきている。
まだ怪しい余所者扱いする者もいたが、どうもコイツらはラジールの直属らしいので……。
気のせいか買いかぶられてる気もして複雑だ……。
「まだいい。何かあれば護衛の方を頼む」
それから辺りをまた見回して手頃な工事現場を探した。
高所というのは岩が多い。
場所によっては地面が丸ごと岩盤となっているところもあり、俺はそこに水門を作ることに決める。
さあ作業に入ろう、スコップをその岩で出来た地面に突き刺した。
「アウサル様、そこで何をしてるんですか?」
「ルイゼか。ここを水門にする」
「水門って……でも、ここって、うわ……」
一応便宜上の立場もあるのだろう、ルイゼがこちら駆け寄って来た。
その彼女の目の前で、岩の大地をスコップでグサグサと深く切り込んでゆく。
「何度見ても不気味な光景だな……手伝いはいるか? ラジールではないがただ見守るだけというのも落ち着かないのだ」
「アンタは真面目だな。今はそうやって眺めているだけで良い。この後が大変なんだからな」
フェンリエッダまでやって来た。
出来ればあちらで問題児を引きつけてくれたら助かったのだが、これでは……ああ、現れたか……。
「アンタはあっち行ってろ、余計なことはするな」
「ハッハッハッ、まるで人を邪魔者か疫病神のように言うではないかっ。いやなに、それが思春期相応の照れ隠しなのはわかっているぞ」
そう言ってラジールは1人だけどっかり地面に座り込んだ。
独特なその嗅覚が、ここに自分の出番はないのだと悟ったのかもしれない。
「それで良い。アンタにはな、ただ座ってるだけで周囲の作業効率を上げる不思議な力があるのだ。今後ともその調子で頼むぞ」
「うむっ、同志アウサルの働きを見ていてやろうっ、さあその岩肌をどうするのだっ!?」
「ふ……。ものは言いようだな……」
フェンリエッダが機嫌を良くして笑う。
この落ち着き皆無のライトエルフに、1番煮え湯を飲まされてるのは彼女だろう。共感できて何よりだ。
「で、同志よ、その地面の切り込みをどうするのだ?」
「……ああ、こうするのだ」
地面を全て切り抜き終えた。
後はスコップの超パワーで一気に丸ごとを掘り上げる!
深さ1mばかしの縦穴から、一枚の岩板がスコップによりすくい上げられてズドン! と大地を揺らした。
「おぉぉぉぉーーっ、何だ今のわぁーっ?!」
「うわっすご……何だか夢でも見てるような光景です……。アウサル様、すごい……おとぎ話みたい」
「相変わらず非常識なことだな……」
続いてスコップの刃を使って掘り出した岩板を削る。
土や岩の類に限ればなぜか何でもたやすく切れた。
不可思議だがこうして切れてしまうのだから仕方ない、そういうものだ。
「おおわかったぞっ、この切り出した岩を水門の門にするのだなっ!」
「ああ、だがこのままだとでかいし重過ぎる。……よしこんなもんだな」
……門だけにこんなモンだ。
「こんなもんだな、門だけにっ! ガハハッどうだ面白いだろぉーっルイゼーッ!」
「え? あ、う、うん……。おもしろいよ……?」
反応はイマイチだ、フェンリエッダなんて急に髪の手入れを始めだした。
自分が口にしたわけでもないのになんだか心が傷つく……。
俺は、頭の回転がラジールと同じだったというのか……。
「このくらいなら数人で抜き差し出来るだろう。後は、この穴にいくつか別の岩を埋める」
わざわざ他から探すのも面倒なので、隣の岩盤を削ってその岩を2つ投げ込んだ。
そこまでやると皆この水門の構造を理解したらしい。
「なるほど、そこにこの岩板を戻せば門になるのか。完全に水の流れを止めたいのなら、今入れた岩をどかせばいい……」
「ボクもわかりました、わざと門を半開きにするんですねっ!」
取りあえずはこんなものでいいだろう。
「まあそういうことだ。俺たちは技術者じゃないからな、後は詳しい人間に丸投げしよう」
「よし残りは我に任せろっ、よくやったぞアウサルよっ!」
そこで座り込んでいたラジールが飛び上がる。
たった1人で俺の作った門を持ち上げて、ガゴゴッ……っとあるべき場所に設置してくれた。
「微調整は任せた」
「おうっ、おいお前たち仕事が来たぞっ!」