20-3 地上で最も優れていた種、その栄光を取り戻そうとした女 1/2
拙者は……。
拙者は作り物でござる……。
拙者の鼻筋、目の形、口から頬骨の厚み、髪質から肌の色、指の長さまで全て、全てがゼルという女の肉体で作られている……。
もしかしたらこの魂さえも、拙者のものではないのかもしれない。
拙者を拙者だと思い込んでいるだけで、拙者はゼルそのものなのかもしれない……。
幼い頃はゼルも拙者にやさしかった。
小さな己の分身ゼファーを大切に愛でかわいがってくれたでござる。
「ゼファーや、今日は何をして遊ぶのじゃ? 行きたいところはあるか?」
「ゼル! まってたでござるよっ、せっしゃ、おかのうえに行きたいでござる! そこでゼルといくさごっこするでござる!」
「そうかそうか、そちは元気がありあまっておるな。戦ごっこではなく影遊びではダメか、かわいいゼファーよ?」
「だめでござるっ、いくさあそびがいいでござるっ!」
しかし拙者の性質は有角種本来のものとは異なった。
育つにつれ、拙者は鬼子として扱われがちになっていった。その頃はよく狂暴だと言われたくらいでござった。
それからやがて月日が流れ、少女は思春期を迎えた。
自分一人だけ銀の角を持っていることに当然の疑問を抱くようになり、やがてさらに知恵をつけると真実を知ることになった。
ゼルは己の母ではない。
母だとずっと信じていた存在は、もう1人の自分自身だったのだと、独り外の世界に抜け出したその時に、黒き角の部族長が教えてくれた。
今の族長エルガドともその時に仲良くなった。
当時のエルガドは立場もなかったゆえ、兄のように拙者に接してくれた。
「またおいで、ゼファー。お前は鬼子ではないよ、有角種の希望なんだよ。お前の身体は、外の広い世界でも生きられるよう、みんなの願いを込められて作られている。……ゼファー、みんながお前の成長をやさしく見守っている。もちろんゼル様もだ……」
老いた族長の言葉を拙者は信じられなかった。
既にことあるごとに、スィールオーブの有角種と拙者との間で意見が対立していた。
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「外の世界ではまだヒューマンとの戦いが続いているのでござろう! なのになぜ戦わないのでござるかっ!?」
「ゼファー、我らは外では生きられぬのじゃ。地上の毒がどうにかなるまで、ここに隠れ住む他にないのだよ」
ゼルとは特に多くやりあった。
若者が諦めを覚えるにはまだ早かったのでござる。
「拙者がどうにかするでござる! 拙者がみんなを広い外の世界に導くでござる! かつて地上は有角種のものだったのでござろう! ならば外でも生きられる拙者が、有角種の栄光を取り戻してくるでござるよ!!」
「ゼファー、つくづく強情なやつよのぅ……」
諦めたらそこで終わりだ。
有角種はこの世で一番賢く、優秀な種であると教わって育ってきた。
「こんな狭い世界に我らを閉じこめたヒューマンどもを成敗してっ、地上を綺麗にしてっ、あるべき領土を取り戻すでござるよッ!! 奪われたものを取り戻せずして、どこが偉大なる有角種でござるかッッ!!」
「もうよい、下がれゼファー」
誰1人として拙者の夢物語に賛同する者はいなかった。
母だったはずのゼルも、拙者をどんどんとうとむようになっていった。
外で生きられる肉体と希望を持つ己が分身が、有角種としては強すぎるこの闘争心が、ゼルを苦しめたのでござろう。
それにもしかしたら、拙者を生み出した良心の呵責もあったのかもしれんでござるな。
さらに月日が流れ、拙者は成人した。
黒き角の部族長の元で剣術の腕を磨き抜き、万全の準備を整えてゼルの部屋に旅支度した姿で押し掛けた。
「拙者は外に行くでござる。行って必ず見つけてくるでござる。必ず、必ず我らの勝算を見つけて帰ってくるでござる! 拙者はこんなのお断りでござるっ、こんな場所でっ、ただ諦めて暮らすだなんてっ、絶対にお断りでござるよ!!」
「止めておけゼファー、外は危険だ……。ヒューマンどもはそなたを狙うぞ……、外にお前を守る者は誰もいない……死ぬぞ」
家出を始める娘にゼルもさすがに心配の心を向けた。
けれど拙者はまだ若かった、ゼルの心を思いやる余裕なんてなかった。
銀の角を持って生まれた時点で、きっと結果は決まっていたのかもしれないでござる。
「覚悟の上でござる。ヒューマンを倒し、地上を再び取り戻す。偉大なる有角種の誇りを共に!!」
「そうか……。いつでも帰ってこい、志の半ばでもよい、諦めたお前を我らはバカになどせぬ」
「お断りでござるっ!! 志を遂げるまで、拙者は絶対に帰らないでござる!! もし戻ってくるその時は、希望を見つけだしたその時でござる!!」
拙者は死地と悪名高き大渓谷カスケードケイブを避けて、北回りで最果ての地を出た。
エルキアを含む数々のヒューマンの国々を抜けて、元ダークエルフの国サウスを中継地点に、いまだ地上で独立を保つ亜種の国、ニル・フレイニア王国を目指したでござる。
「もめ事はごめんだよ、泊まるならよそにしてくれよ」
「おいそこの角付き、俺様は兵隊様だぜ、しゃくをしろや」
「生きている有角種か、こりゃ高く売れそうな女じゃないか」
その道中、拙者は嫌なものを山ほど見せられた。
さらには銀の角を持つ女に悪意という悪意が群がり、拙者は全てを返り討ちにした。
ヒューマン嫌いになるには十分過ぎるほどの、差別と被害を受けたでござるよ。
やがてサウスにたどり着くとダークエルフ反乱軍、ニブルヘルの者が拙者という有角種に接触してきた。
そこで拙者は迷いの森へと導かれ、グフェン殿との面識を得たでござる。
「ゼファー殿、しばらくうちで休んでいくといい。金は取らん、いくらでも滞在していってくれ」
「かたじけないでござる……。ならばグフェン殿、何か仕事があったら回してほしいでござる」
グフェン殿は厳しい財政状況だというのに、滞在を勧め、旅立つ際には拙者を支援してくれた。
「こんなものは受け取れぬでござる」
「これは元手だ。今の世界の真実を見届けたいというなら、これで商売を始めるといい。フレイニア王への紹介状もそえてある、彼を頼るといい」
その頃の拙者はまだ家出娘に過ぎなかった。
グフェン殿の好意を受け取り、それからフレイニアのヴィト王に接触すると商売をしながら世界各地を放浪して回った。
グフェン殿とヴィト王に影ながら協力しつつ、そのかたわらで遺跡を巡り、有角種の希望を探し続けたのでござるよ。
失われた有角種の黄金時代、その当時の遺跡がまだどこかに眠っているとすれば、それが我らの力となると信じて、あても果てもない旅を続けた。
けれどでござる。
よりにもよってその希望は、地下牢にいたモグラ男が意外にももたらしてくれたでござる。
グフェン殿に協力して盗品を売りさばいていた拙者でござるが、ニブルヘル砦の陥落により足取りをつかまれ、ついには捕らえられるはめになった。
けれどアウサル殿が、自分1人だけ安全に逃げられたはずだったのに、捕虜全てを引き連れての脱獄を実行した。
そしてその果てに、拙者は導かれたのでござる。
有角種の希望、ア・ジールという奇跡の大地へ。