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20-2 英雄を宿命付けられた少年

 俺は生まれながらに英雄、ザ・ヒーローだった。

 調停神ハルモニアと同じ色合いの髪を持って生まれ、人に期待されて今日まで生きてきた。


 俺たちの役割は、アビスの巨塔の封印を維持する戦士として、命を掛け金にした儀式に、死闘に、勝利し続けること。

 運命が訪れるその日まで、絶対に死なないというザ・ヒーローの特質が、このアビスの巨塔の目的と一致していた。


 絶対に生きて帰ってくる戦士、それは敗北が許されないエルフィンシルの世界では希望の切り札であり、その反面憎しみとなるほどの羨望の対象でもあった。


 物心ついてすぐに俺は気づいた。

 期待は重圧と変わらない。

 自分はもっと強くなって、仲間を守れる本当のヒーローにならなきゃ誰からも許されないんだと知った。


 それからラーズという名の少年は育ち、10歳になったある日、封印の儀式に参加した。

 アビスの怪物たちとの命をかけた殺し合いだ……。

 あの恐ろしい戦いが終わると、そこに俺1人だけが立っていた……。


 仲間の大半は命を落とすか、生きていても戦士として再起不能になった。

 けれど封印はそれで維持された。

 生き延びた者たちは英雄として賞賛され、ハルモニア様に祝福された……。


「ラーズよ、わずか10歳にしては見事な戦いっぷりだった。やはりお前は、オレの見込んだザ・ヒーローだ。さらに強く立派に育ってくれよ」

「はい、ありがとうございます、ハルモニア様……」


 本当の英雄は死んでいった強い仲間たち。本当の俺は弱いのに……。

 俺は、次の儀式に参加するのが怖ろしくてたまらなくなった……。

 また俺だけが立って儀式を終えるようなことがあったら、俺はエルフィンシル中の妬みを受けることになるんだ……。



 ・



「おいおいおいおい……大丈夫かよ坊主……? どう見たってそれはよ、重量オーバーってやつだろ……そんな格好で戦うつもりなのか……止めとけって」


 そんな臆病で弱い俺の前に、ある日不思議な人たちが現れた。

 エルフィンシルの外から来た、誰も彼も個性の強烈な人たちだ。


「ひぇぇぇっありゃぁぁお化けじゃねぇかぁぁぁぁっ?!!」


 喋る鍛冶ハンマーのブロンゾ・ティン。


「黙れやおっさん! お化けはおめぇだと何度言えばわかんだよ! 旦那っ、ありゃまともじゃねぇ、気をつけろよっ」


 軍人の気風を感じさせる男らしい理想のおじさん、ダレス。


「わははっ、早速腹ごしらえだっ! 手を出すなよアウサールとその他もろもろっ!」


 最高の武勇と無限の勇気を持つ奇跡の超戦士ラジール。


「ああ、アンタの好きにしてくれ……」


 そして……。

 一見恐ろしい蛇の目と白い腕、白髪交じりの頭を持つ、場違いなスコップを背負った男アウサル。

 彼らはこの地上には存在しない国ア・ジールから来たという。


 そんな彼らの戦いっぷりは俺を魅了した。

 いぶし銀の渋い立ち回りをするダレスに、鍛冶ハンマーを手にけた外れの身のこなしでアビスの怪物たちを圧倒するラジールという天才。

 そんな非凡どころじゃない戦士たちに囲まれながら、アウサルさんは俺の知る戦いの常識に、言葉通りの穴を空けてみせてくれた。


 俺はこの人たちみたいになりたい……。

 エルフィンシルの中も外も、この世界は暗い絶望に包まれている。

 それを貫き、自らの強い意思で壊してゆく彼らの姿がまぶしかった。


 ライトエルフとヒューマンの垣根を取り払い、当たり前に手を結び合っている彼らが俺には衝撃だった。

 だから戦いが終わって、ア・ジール行きを命じられたときは驚いた。驚いたけど、内心は期待に胸が熱くなった。

 俺は一生、エルフィンシルの義務から逃れられない。やがてアビスの巨塔で、無惨に死んでゆく未来が決まっていた。


 アビスを封じるために俺たちは生かされている。

 どこの誰かもわからない外の世界の人たちのために、命を捧げるのが俺たちの運命だった。



 ・



――サウス奪還作戦まで後6ヶ月――


「うっぐぁぁっ……?!」

「早く立ち上がりなさい、そんな暇があなたにあるのですか?」


 ジョッシュさんは俺のことを目にかけてくれた。

 彼の剣撃に俺は吹き飛ばされ、情けなく地に打ちのめされた。

 でもすぐに俺は立ち上がらなければならなかった。


「あっ、がっ……あ、ああっ?!」

「さっきので手が痺れていますね。さ、剣を拾いなさい、戦場で敵は容赦してくれませんよ」


 ジョッシュさんは俺に稽古を付けてくれた。

 口の中が鉄の味でいっぱいになるくらい、厳しくて辛辣で鬼のように恐ろしい先生だったけど……。

 俺だって弱い子供のままじゃいられなかった。あと6ヶ月しかないんだ……。


「すみませんが色々と時間がおしていまして、ラーズくんには6ヶ月以内で使えるだけの器になっていただきます」

「はぁはぁ……はい、その期待に応えてみせます! お願いします!」


 ジョッシュさんは美形でクールだ。

 でも稽古中は逆だった、熱意をもった冷徹さが俺を容赦なく打ちのめしていった。


「うっうぐっ……」

「アウサルさんは今の最悪の世界をひっくり返す鍵です。絶対に死なせてはいけません。いざとなったらあなたが身代わりになってでも生かしなさい。アベルハムさんがそうしたように、男は命をかけなければならない時があるのですよ」


 アベルハムさんはアウサルさんをかばって1度死にかけた。

 致命傷の矢を受けたのに無事を喜んで倒れたと聞いた。

 俺に同じことが出来るんだろうか。それって、まだ俺には覚悟が足りていないってことだと思う。


「フフ……なかなかしぶといではないですか。なかなか……まったく、困ったものですよ」

「はぁっ、はぁぁっ……。俺、まだやれます……!」


 日々の稽古のおかげで、俺は少しずつジョッシュさんの動きに付いていけるようになってきていた。

 ジョッシュさんは怖い。怖いけどやさしい。だから期待に応えたかった。


「ラーズ、私とダレス様は役目のために一度エルキアに帰ります。そうなれば次に会うのは、あなたたちがサウスを取り戻したその後の情勢となるでしょう」

「え……」


 そんな話は聞いていなかった。

 なら俺はこの先、誰に教わればいいんだろうと不安になった。


「それまで私は、アウサルさんに力を貸すことが出来ません。正直に言えば無念です。共に目指した目標から離れるのですから。……こちらの戦線の方が、ずっとずっと愛着もありますからね」

「うっ、がっっ、ああああっっ!!?」


 ジョッシュさんの剣撃が加速した。

 俺の知っている速さじゃない、対応しようにもあまりにそれは速く、鋭く、的確にえげつない。


「戦いの規模が規模です、お互い、場合によっては、死んでいるかも、しれませんね」

「うっ……!」


「あなたが彼をサポートして下さい。あなたというまがい物の英雄が、本物の英雄を支えるのです。あなたの大切な仲間たち、フィンちゃんやルイゼくんを死なせたくなかったら。ああそれとフィンはまだ子供です、1歳にも満ちません。人生の先輩としてラーズ、いい加減大人の対応というものを覚えなさい。見た目以上にあの子は幼い、それをあなたが、私の代わりに、全てを守るのですよ!!」


 剣をまた飛ばされて俺は背中から倒れていた。

 疲労と痺れ、息切れでもう立てない。立とうとしても体が動いてくれなかった。

 そんな俺にジョッシュさんが右手を差し伸べてくれた。


「起きなさい」

「はぁっはぁっはぁっはぁっ……は、はい……っ」


 ここはまだ開拓の及ばない荒れ地、ジョッシュさんは俺を引っ張って、ある木の幹に俺を運んだ。

 どうしてかこの辺りだけは部分的に緑化していた。


「では体が適度にほぐれたところで、本日から戦術の勉強をしていただきましょう。いつまでも剣がちょっと使えるだけの少年のままでは困りますので。私直伝ですみませんがね、軍略というものを覚えていただきますよ」

「は、はぁっ、はぁっ……はい、ジョッシュさん……っ」


 エルフィンシルにいた頃は大切なものなんてなかった。

 ハルモニア様をただ守りたいという気持ち以外には、ほとんどなにも……。


 でも今は違う。俺はフィンとルイゼを守りたい。

 アウサルさんたちとの楽しい生活をこれからも続けていきたい。

 いつか帰らなければいけないけど、その日まで……。


「ラーズ、みんなを頼みます。ここが滅ぼされたら私は悲しくてたまらなくなるでしょう、どうしてわがままを言って残らなかったのだと悔やみ苦しむでしょう。……私からこの杞憂を消して下さい」

「ジョッシュさん……。わかってます、必ずみんなを守り抜いて見せます! だから行って下さい、エルキアに!」


 これから恐ろしい戦いが始まる。

 だから俺はジョッシュさんの期待に応えて強くならなきゃいけないんだ。


 そしてそうだ、そのときやっと気づいたんだ……。

 俺の力は、最後に俺1人だけが残るためにあるんじゃない。


 苦しくても立ち上がって、1人でも多くの仲間を守り抜くためにあるんだ。

 俺は、まがい物の英雄とジョッシュさんに言われた時、本当は嬉しくてたまらなかった。

 俺はザ・ヒーローじゃない。これからは自分の信じる英雄を支える男になるんだ。


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