20-1 afterWord 裏切り者の国ワルトワース 1/2
前章のあらすじ
エルキア反乱計画首謀者エルザスを支援するため、ジョッシュとダレスがア・ジールを旅立った。
同時にアウサルも再び西を目指す。
最果ての大渓谷カスケードケイブに到着すると、案内人ゼファーと護衛者ラーズとひとたび別れ、黒い角の有角種が住むという最果ての奥地目指して地下を掘った。
2日後、再び彼らは合流して有角種の国スィールオーブに向かう。
まるでこの世の終わりに等しき荒野を抜け、アビスの怪物を倒しながら彼らは里長エルガドが治める村にたどり着いた。
ゼファーの帰国をエルガドは喜び、スィールオーブへの道を開いてくれた。
しかし驚くべきことに、その国の支配者はゼファーと同じ顔を持った白い角の女だった。名前をゼルという。
アウサルらが共闘を求めると、ゼルは要求を拒む。
有角種は神の毒に脆弱、地上を取り戻してもそこに住めないなら戦う意味がない。
そこでアウサルらは切り札、セイクリットベルを取り出して最果ての国の結界がいずれ破られる宿命にあることを示唆した。
さらにア・ジール地下帝国が神の毒に汚染されていない奇跡の地であることも、ゼファーが強く主張する。
迷ったゼルはアウサルに交換条件を求めた。
アビスを下り、有角種の至宝を取り戻して来いと。
アウサル彼女の切なる願いに応え、単身アビスを下った。
アビスという地獄の底で、アウサルを白公爵ヴェノムブリードと名乗る老人が待っていた。
彼はアビスの怪物らしくアウサルに期待を示し、ユランとアザトを頼むと願い、去る。
アビスに落とされた館から万象の杖と謎の刀を取り戻し、地上を目指した。
道中、アウサルは怨霊の群れから黒伯爵ヴェルゼギルに救われる。彼もまた不思議なことにユランの無事を願っていた。
地上に帰還すると有角種の長ゼルがついに折れる。
彼女は移民に前向きな見解を示し、こうして有角種の国スィールオーブがア・ジールに加わるのだった。
有角種の失われた誇りと共に。
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群像の章 ア・ジールに集いし英雄たちの横顔
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20-1 afterward 裏切り者の国ワルトワース 1/2
スィールから帰国するなり、その足でグフェンの政務所に向かった。
どうやら俺を待っていたらしい。すぐにそこで次の計画をまとめることになった。
なにせグフェンの書斎にフェンリエッダの金髪と、こっちの方は予想外だったがパルフェヴィア姫の青髪まであったのだ。
その白と黒のエルフの美姫に、グフェンという威厳ある男が左右から囲まれていた。なかなかこれはこれで絵になる。
まあ今日も泥で服を汚していたがな。
この国を満喫してくれてるようで安心するような、しないような、いつ見ても困ったお大臣様だ。
「帰国早々すまんなアウサル殿」
「むしろ話が早くていい。では先に報告をしておこう、作業日にして4日ばかりの荒仕事だが、トンネルの拡張整備をしながら戻った。……あっちで起きたことは報告の通りだ」
「お疲れさまです、アウサルくん」
時刻はもう夕方だ。
日が暗くなる前に早寝のグフェンと話を付けてしまおうという算段だろう。
報告を終わらせた俺は、何となしに窓の向こう側を見下ろしていた。
ここでは日は落ちない、さすがに人工太陽は空から動かないのだ。
その太陽が今は輝きをやわらげて、疑似的にも美しい夕日を作り出してくれている。
また町並みが広がっていた。
大地はまだまだ開拓し切れていなかったが、いずれ有角種がこちらに来る。
そうしたらあのやさしい邪神様がさぞや翼を揺らして喜ぶことだろう……。
「どうしたアウサル」
「いや……遠くを見て頭を少し休ませようと思ってな」
今もたくさんの遠い人影が町の往来を行き交っている。
その中に人々の幸せな微笑みを見たような気がした。
「アウサルくん、後で背中に乗りましょうか?」
「……俺を年寄り扱いしないでくれ、むしろそういうのはそこの老人にしてやってくれ」
「ほぅ、それは楽しみだ。……さて、しかし疲れているところ悪いが、眠くなってしまう前に話を進めさせてもらってもいいな?」
そこで銀髪の老人が穏やかに笑った。
ラーズとゼファーには先に帰国してもらってある。
彼らがあちらでの経緯を詳細にグフェンへ報告してくれてあるはずだ。
その朗報もあってかグフェンどころかエッダとパフェ姫まで機嫌が良かった。
「確か次の計画のことだったな」
「ああ、それなのだがなアウサル殿」
用意しておいたのだろう、グフェンが書斎机の引き出しから古めかしい地図を取り出した。
ヒューマンの領土である北部を省略した亜種族たちのための地図だ。
それを取り出したということは、次の計画とやらはアウサルの新しい外征先を決める段取りと見て取れた。
彼の青くたくましい指がここより東方のある部分を指さす。そこにはこうあった。
ワルトワース大公国。
「最後の3つ目のライトエルフの国ワルトワースには、これまでの国々にはない大きな問題がある」
「問題? こっちはアビス下りまでさせられたのだ、多少の障害があろうともあれ以上の大冒険とはならん。今度もどうにかしてみせよう」
書斎机に手を置き、俺は地図を真上から見下ろした。
すると気を利かせてパフェ姫が地図を見やすいようランプに火を灯してくれていた。
「前向きな良い覚悟だ。……しかしアウサルお前、まさか本当にあのアビスを下ったというのか」
「アビスに繋がる門を有角種たちが作ってただなんて……うち、それはさすがにやり過ぎだと思うわ」
2人は好奇心を示してくれた。
あんな気味の悪い場所を旅したのだ。
今この場であの地について語りたくなったが、そこは我慢した。眠くなったグフェンはいい加減なのだ。
「そのことは今度にしよう。パルフェヴィア姫、ここは貴女に説明をお願いしよう。ライトエルフの姫君である貴女の方が、この件には詳しい」
「いえそんなことは……。ですがお力になれるなら、わかりました、任せて下さいグフェン様」
パフェ姫とエッダが地図に寄ってきたので俺は横へとそれて場所を譲った。
グフェンの指と交代で、姫の白く優美な手がワルトワースの名を指さす。
「ワルトワースはヒューマンの国に征服されてはや50年ほどが経っています。旧王朝は潰され、今は植民地として、裏切り者本人がこの地を支配しているのです」
パフェ姫は感情を切り捨てて淡々と事実を述べる。
個人の感情を込められると混乱しかねない、正しい判断だった。
「宗主国の名はオルストア王国。宗教的にはエルキアに近しく、それもあっていずれ戦いになればエルキア側を支援すると予想されています。元々は別の国名だったそうですが、エルキア寄りの宗派が反乱を起こして、和解の課程で今の形になりました」
「よってこの国を認めない国々も多い。エルキアのニル・フレイニア侵攻時に、牽制の兵を出してくれたサンクランドもその1つだ」
エッダがパフェ姫の話をフォローした。
こっちのエルフは感情的だった。だがこの情熱がエッダの性質だ、これはこれで熱くて悪くない。
その隣でパフェ姫が地図の上で指を滑らせた。机に長く青い髪をしだれかけさせながら。
「私の母国フレイニアがここ。秘密の不戦協定関係のサンクランド王国がその東側のここ。……オルストアとワルトワースはそのさらに東側にあたります」
声は聞き取りやすくわかりやすい。まあつまりだ。
「これは……ずいぶん厄介な場所にあるのだな」
フレイニアの危機にワルトワース側の援軍がなかったのも納得の立地と境遇だった。
ワルトワース国民義勇兵がフレイニアへ援軍に向かおうとしても、対立するオルストアとサンクランド2国の領地を抜けなければならない。
ワルトワースのエルフはあのとき助けに来なかったのではなく、来ようとしても来れなかったのだ。
「ならばここへと繋がるトンネルを掘ってみるべきか」
言うだけならタダだ、話を進めるためにあえてそれを口にしてみた。
間にある2国を横断する道さえあれば、解決することも多いだろう。
「将来的な価値はあるだろう。最悪の事態となったとき、こちら側から援軍を送ることも出来る」
「いえ、ですがそれは……」
消極的ながらもグフェンは地下道作りに理解を示した。
ところがパフェ姫の方が少し言いづらそうに口をはさんでいた。
「先ほども言いましたが、ワルトワースは今、裏切り者当人によって統治されています……。それは暴力による恐怖政治にも等しいものです。加えてフレイニアとワルトワースには国交がありません。属する陣営が違うという互いの立場もありますが……現ワルトワース王朝が何を考えているのかわからない、という面が過分にあるためなのです」
裏切り者による恐怖政治に加え、本来味方であるはずのこちら側と国交を結ばないそうだ。
国民の立場になってみれば、ゾッとする話だ。
「アウサルくん、この機会にうちハッキリ、言っておきます。フレイニアの民も同じような立場になりかけました。それをアウサルくんが守ってくれたんです」
「いや、あれは俺だけの力では……ラジールとゼファーの武勇も過分にあったぞ」
姫は地図から目を離し、背筋を整えて真摯に俺を見つめ返してきた。
それがあまりに生真面目な立ち振る舞いだったせいか、俺もついついつられて背筋を伸ばしてしまっていた。
「聞いてアウサルくん。だからうちはア・ジールに来たの。うちみたいなただの女1人の自由を引き替えに、フレイニアのみんなが、うちのバロアが幸せになれるんだから」
さっきまで感情を抑えて話していた反動か、パフェ姫は感情のままに主義主張した。
己の胸に手を置き、これだけは伝えなければならないと、彼女らしいクソ真面目を貫いたのだ。
「うちはバロアや、父上がこれまで通り平和に暮らせるならそれでいいわ。貴方は真実、ニル・フレイニアを救った存在だもの、我が身を捧げるだけの価値があるわ。そう……アウサルくんとユラン様がみんなの未来を守ってくれる、そう信じてるからうちは尽くすの、貴方とユラン様に!」
パルフェヴィア姫は王族の責務に忠実だった。
だから愛する者のために我を捨てて、ここア・ジールに来た。
乙女の裸を見た見ないとかいう話は、自分自身にそう言い聞かせるための、彼女なりの建前だったのかもしれない。