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スコップ一つで作る反逆の地下帝国【完結】  作者: ふつうのにーちゃん@コミック・ポーション工場発売中
地上を捨てた敗北者たちの隠れ里 自らを閉ざした国・スィールオーブの有角種たち
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19-08 スコップを背負いしオルフェウス、地獄門を下りてアビスの悪夢と出会う 2/2

 肉壁が魔石へと戻り、さらにその先に終点が現れた。

 広い空洞にたどり着き、さらに地下へと続く道があったが右手側に東洋風の神殿が現れたからだ。

 白い有角種ゼルは言っていた、持ち主ごと杖がアビスに落とされたと。

 ところが現実はコレだ。万象の杖は、持ち主の住まう神殿ごとアビスに落とされたのだ。


 恐るべき力だ。

 よくもまあこんな力を持つ存在を上手く封じてくれたものだと、ユランを崇める者の気持ちを理解する。


「……!」


 そこで俺は足を止めて思考を現実に引き戻した。

 神殿に近づくにつれ、その入り口に何者かの人影があることに気づいた。

 まるでアビスに現れたアウサルを待ちかまえるように、2つの影がそこにあった。

 今さら逃げ隠れなど出来ない。彼ら(・・)の前に立つ。


「アンタたちは……?」


 車イスに乗った老人と、それを引くうら若き少年だった。


「お待ちしておりました、アウサル。こちらは魔界アビスの一侯、白公爵様にございます」


 少年、いや魔貴族の小姓からは害意を感じない。

 アビスの者は狂っていると聞くが、理性的で品が良く、その矛盾がただ者ではないオーラに変えた。


「アビスを下るその勇気を称えよう。アビスに汚染されぬ、その強き肉体を羨もう。こんな地獄の底によく来てくれたな、アウサル。……その節は、黒伯爵が世話になった」


 少年小姓は主人の存在感を食っていた。

 白公爵と称する老人は白い礼服に勲章をいくつも付けた温厚な男で、車イスの上でくたびれたように身を横へ傾かせていた。


「嫌われ者のヴェルゼギルが死んでくれて嬉しいよ。よくぞあれを殺してくれたな。ク、ククッ、クカカッ……」


 その老人がかすかな邪悪を潜ませて下品に笑った。

 一見弱い老人に見えるがそんなはずがない。

 警戒心を出さぬよう気を付けて、刺激することなくここを通してもらわねばならなかった。


「何とも返答しづらいが……会えて嬉しい、白公爵殿」

「うむうむ、私もだよアウサル……」


 あの自称アビスの善意は、アビスに落ちた者は精神をアビスに蝕まれると言っていた。

 それが正しいのならばこの男たちを信頼するべきではない。上手くやり過ごさなければ。


「ユランは、元気か……?」

「ああ、元気だ。着々と復活を始めている」


 ユランの知り合いだとやつは言う。

 まあユランくらいになれば顔が広いのだ、面識があったところでおかしくない。

 あの竜はかつてサマエルの隣にあったというくらいだ。


「それは良かった」

「ああ。アンタのことは俺から伝えておこう」


 小姓の方は瞳を閉ざし会話への不参加を示している。

 車イスの老人がときおり放つ邪悪な威圧感が俺の警戒心をそのつど刺激した。


「今日ここで待っていたのは――君を殺すつもりだとかそういった意図ではない、安心したまえ。……まあ、その気になってしまえば殺せてしまうがね、それはしない。なぜならば……」


 白公爵がイスの手すりを使って頬杖をついた。

 そういった性格なのか、どこか得意げに、饒舌に、老人に似合わぬ早口で語りだす。


「地上の虐げられし民たちにとってそうであるように、君も我らアビスの民にとっての希望だからだ。君は、運命を信じるかね? 私は信じてなどいなかったよ。己や仲間たちが、よもやこんな末路を歩もうとも、それが避けられぬ宿命であったことも、信じてなどいなかったのだ……」


 彼の性質を理解した。

 白公爵と名乗るこの老人は品こそいいが我が強い。己の言葉に酔っていた。


「全てを穿ち、繋げる力……。そして極めつけはそのどこでも生きられる強い肉体……素晴らしい……」

「まさかアンタ、このアビスと地上を俺に繋げとでも言うのか? ならば参考に教えてくれ、地上の方角をな」


 すると老人がもう片方の指を空に向けて立てた。


「まあここが地獄だというならばそうだろうな。それで用件は……?」


 長居などしたくない土地だ。

 目前の神殿より杖を取り戻した後は、あのうんざりするような世界をさかのぼらなければならん。

 だというのに白公爵は返答よりも短い思慮を選んだ。


「……アビスに落とされた者は、出自、種族、時代、実に多種多様だ。ここは便利な流刑地にされたからね、当然の結果だ。私はその中でも、なかなかの古株にあたる……」


 おまけに要領を得ない。

 簡潔に済ませるならば最後の一言だけで十分だろうに。

 すると少年小姓の方が焦る俺を静かに笑った。


「ユランと、あの竜族の末裔をよろしく頼む。私の心はアビスと憎しみに蝕まれてしまったが、今は残りカスとなった良心を……いいや、妄念にも等しいものに従って言おう。神竜ユランと、竜人アザトを頼む」


 その言葉は真実だ、邪悪なる老人から悪意が一時だけ消えた。

 やがて邪悪とせめぎ合うように顔を歪ませることになったが。


「そして……そして必ずや、サマエルの残党どもを滅せよ。アビスは、君たちの、味方だ……。そう、いつだって、我らは君たちを見守っている……怒りと憎しみ、狂気に染まった心を震わせながら……君たちの逆転劇を常に切望し、活躍の報に歓喜している。がんばってくれたまえ……54人目のアウサルよ……」


 厄介な者どもに気に入られてしまったものだ。

 アビスの意思はサマエルのへの憎悪で一貫している。おかしくもなかったが嬉しくもない。


「最後のそれは間違いだ、俺は53代目アウサルだ」

「おやそうだったか、それはすまない」


 それは俺たちの全てを見ているぞという牽制なのか。

 見透かすような気味の悪いことを言われた。


「……長話になってしまったな。ではどうぞ、アレを継承されるといい。己の創造主に等しく傲慢なる種が残した、神に対抗するための2振りの至宝を……。私は白公爵ヴェノムブリード。ククク……ご拝謁に預かり恐悦至極、またお会いしましょう、劣悪なるヒューマンに仇為す反逆の帝王アウサルよ」


 このまま引き下がってくれる。

 俺は言葉の深い内容よりもそのことに深く安堵した。

 意味こそ気になったがあとは至宝を手に地上に戻るだけとなったからだ。

 少年小姓が車イスを引き、危険なアビスの魔貴族を俺の背中の向こう側に運んでいってくれた。


「……そうでした。アウサル、わたくしめからも忠告しておきましょう。エルキアの背後にある者どもには重々お気を付け下さい。やつらの詳しい素性はわかりませんが、わたくしどもが憎しみと狂気の化身ならば……やつらは、妄執の化身でございます。では、差し出がましいことを言いました、それではまた……」


 小姓の助言を聞き終え、去り行く彼らの後ろ姿を見守った。

 魔貴族ヴェノムブリードとその従者は、さらなるアビスの深みへと続く下り坂を進んでゆくのだった。


 確かに彼らは俺たち虐げられし者に共感的だ。

 だが絶対に組みしてはいけない。俺は我が身をもってかつての調停神ハルモニアの言葉を理解した。

 理性的でこそあったが、やつらは間違いなく邪悪だったのだ。


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