3-3 水里に憧れてスコップを抱く
人手の手配もある、出発は日を改め翌朝となった。
朝日が出ると同時に山を登り始め、今こうして空を見上げれば太陽が南天している。つまり昼だ。
「オゥゥゥ~レィィヒァァァ~~♪ ウォーーレィホォォォ~♪」
森山の中を黙々と行軍する。
否、1人だけ疲れ知らずに歌いだしていた。
さすがに登山の疲労もあった上に、これも1度や2度目のことではないのでもう誰も止めない。
「ンブゥゥゥーッッ?!!」
「ラジールさんいい加減にして下さいっ、何度ソレが魔物を呼び寄せたと思ってるんですかっ!!」
いや良くやったフェンリエッダ、褐色のその手がライトエルフのラジールの口をふさぐ。
コイツもラジールに次いで元気だ、俺たちとは体力の絶対量が違う……。
「やったなーこのーっ! ワハハッ、そーいうボディタッチには……こうだーっっ!」
ストンッとラジールの身体が地へと沈む。
かと思えば異常な敏捷性でフェンリエッダの背中に回り込み、相手のローブの中に両手を突っ込んだ。
「ひっひぅっ?! なっちょっ、ラジールさっ――ひぁぁっっ!!?」
「何やってんだ、アンタら……」
ここからは推測になるが、胸部の、けして触れてはいけない部分を両手でわしづかみにしたようにも見える……。
こっちはヒィヒィ山道と戦っているってのに、何だこの体力は……。
「ワハハッ、我が戦唄を妨害した天罰だっ!!」
「ちょっ、どこを触っているのですっ、は、はは離して下さいっ、ラジールさっ、ああもうっ、このっ!」
エッダがラジールを乱暴にふりほどき、フラフラした足取りで距離を取った。
どうも彼女のセクハラにめっぽう弱いらしく、そのまま転んでしまいそうなほど足下が頼りない有様だ。
……しかしフォローはやぶ蛇なのでスルーしよう。
「ラジールさんっ、貴女は変態ですっ!!」
「ハッハッハッ、ちょっとじゃれついただけではないか、それとも触られ足りないのかなぁ、ういやつういやつ、うひひひ……♪」
……ヤツらを無視して軽く解説する。
まず俺の穴掘りスキルだが、1度行った場所ならトンネルをどうにか繋げる自信がある。
だが全くわからないような場所を都合良く掘り当てることなど、まあ出来るわけない。
よってまずは直接この足で、道無き山を分け入ってくだんの湖にたどり着く必要があった。
そこでグフェンより兵員を借りたわけだ。
まあ兵といってもいつも肉を食卓に届けてくれる狩人とも言う。
弓が4の、槍が2、当然ながら全てダークエルフの若者だ。
後はそこでイチャついてるラジールとフェンリエッダという超戦士2人。
ラジールは非常識にでかい大剣、エッダは細剣を置いて長剣に持ち変えていた。
で、後はモグラのアウサルがスコップで、そこにショートボウを背負った俺の同族にして便宜上の召使い、ルイゼまでなぜか同行している。
「はぁはぁ……はぁ、ふぅぅ……」
そのルイゼも傾斜にヘバっている。
というよりなんで付いてきた、遺産相続で揉めるくらいのお家の出身だろアンタ……。
「おい」
「何だっ、私は今説教に忙しいっ後にしろっ!」
「助けてくれアウサァ~ルゥ……エッダがしつこいのだっ!」
つーかアンタら、前、前。前見ろ。
前方を指さすと魔物の咆哮が臭い風となって鳴り響いた。
「――!!」
「おおっ何だオーガかっ、クハハーッコイツは手強いぞーっ!」
「う、うわああああーっ?!!」
喜ぶなラジール、落ち着けルイゼ、フェンリエッダは切り替え早いな、もう細剣を抜いている。
俺たちの目の前にオーガと呼ばれる3mはあろう巨人が立ちはだかっていた。
その手に持つのは棍棒以下の、ただの木の幹という素敵武器だったのだが。いやこれがなかなかにワイルドな趣味をしている。
そこで先制しなければ弓手の立場などない、後方より4本の矢がオーガに向けて斉射されていた。
それで敵の動きが止まる。いやダメージにはなっているが力を失った様子はなかった。
「あっしまっっ?!」
ワンテンポ遅れてルイゼもショートボウをうんうんうなって引いて、撃った。
……見当違いの方向に飛んでった。……ダメだなこりゃ。
わかっちゃいたけど戦力外、これでも練兵に加わって鍛えたそうだが……現実は無情だ。
「いくぞラジールっ!」
「お説教終了だなっ承知したっ!」
槍兵2に続いてラジールとフェンリエッダがオーガの巨体に突っ込む。
……ああそうだった俺も支援しないと。
とっさに俺はスコップで地面を削り、そのまま土塊をオーガの顔面めがけて投げ飛ばした。
はた迷惑な土の飛沫が周囲に飛び散る。
「オッウヲォッ?!」
弓にも悲鳴を上げなかったオーガがうめいた。
顔に土の塊をぶち当てられて目つぶしされたからだ。
その隙に2対の槍兵がオーガの胴を貫く。
さらにエッダとラジールが疾風となってオーガの隣を斬り抜けた。
「フハハハッ、悪鬼即斬! 成敗っ!」
「……ラジールさんうるさいです、他の魔物まで来たらどうするんですか」
オーガの巨体が背中から地に崩れ、地響きと共にそれが黒い宝石へと変わっていた。
「ルイゼ、魔物には食えるやつと食えないやつがいるそうだ。コイツは食えないやつな」
「か、怪物が宝石に……。綺麗……」
名前はダークストーンだったか、俗称で魔石とも呼ばれている。
それをラジールがしめしめと拾い上げて、空に掲げた。
見ればかなりでかい。
「見よっこのでっかい輝きを! これは同志たちの勇気の勲章だっ、そしてコイツはニブルヘルの力となる! 我々の勝利だっ勝ちどきを上げろっ、ウオオオオーーッッ!!」
「イエスッ、ハイルッラジールッッ!!」
ついつい釣られたのか、いやそもそもコイツらラジールの直属だったのかハイテンションな勝ちどき?が上がる。
それを嫌そうにフェンリエッダが眺めていた。……だから静かにしろよお前ら、とな。
だがいい加減、俺も学習した。
それが不可能だってことにな……。
「アウサールッ、今のは良かったぞーっ! 何と適切で邪悪で卑怯極まりない目潰しだっ、感動したっ、自伝にこれは必ず記さなくてはなっ!!」
「いやアンタ、卑怯とか言うな。聞こえが悪いから」
まあサポートになったようで何よりだ。
頭は悪いがあの巨体は俺の手に余る、もし埋めるはめになったら面倒どころではなかった。
「ぅぅ……ボクだけ役立たずですみません……。き、緊張しちゃって……ぅぅ、情けないです……」
「いやルイゼは十分がんばってくれている。何よりまだ若い、これからがんばれば良い」
それはそうとエッダだが、やはり立場の弱いルイゼを気にかけてくれている。
すぐにフォローを入れて誠実にもその手を取って励ましていた。
「エッダさん……。エッダさんって……やさしい……」
「違うな、私はするべきことをしているだけだ」
おいおいエッダ、そのセリフはいささかカッコ良過ぎるのではないか?
ルイゼはひたむきな憧れの瞳で、金と黒の美しきエルフを見上げていた。
「おいアンタら」
俺たちは山奥の強大な魔物たちを倒しながら、道無き山を登り進んでゆく。
「新手だ」
「よしアウサ~ルッ、今さっきのもう1丁頼むぞーっ!」
コイツはコイツで、闘争が生きがいだというあの言葉は誇張でも何でもなかったようだ。
ラジールの武勇は人並み外れていた。