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スコップ一つで作る反逆の地下帝国【完結】  作者: ふつうのにーちゃん@コミック・ポーション工場発売中
地上を捨てた敗北者たちの隠れ里 自らを閉ざした国・スィールオーブの有角種たち
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19-04 黒き角の民と銀角の女

「うわ、砂塵が急に……不思議な土地ですね」

「ああ。知恵に秀でた有角種という話は本当のようだな、

獣人たちがあがめたがるのもこれならわかる」


 その歪みの中に入ると、荒野に立ちこめていたはずの砂塵が途端に消えてなくなっていた。

 外と内側を隔てる、目には見えない膜のようなものがあるのか、外とは何もかもがここは違っていた。


 健康な大地が青々と草原を作り、湿り気のある空気と木々の香りのする薫風がやさしくそよいでいた。

 だがその世界はあまりに狭かった。限られた集落1つ分ほどの土地に、数えて8つの住居と巨大な門1つしかなかったのだ。


 そうだ、目に見えぬ向こう側があると自己主張するように、張りぼてのような巨門が村落の奥にたたずんでいた。


「お前たち、何者だ! どこからこの場所に……えっ……。まさかお前っ、ゼファーか?! それにそっちの2人はヒューマン……いや、その男の姿は……」


 すぐに住民に気づかれた。

 狩人風の若い男が俺たちの前に立ちはだかり、ゼファーの姿に驚いた。アウサルの異形にも。


「ごぶさたでござる。爺さん……いや族長にこの男を会わせたい、案内を願うでござる」

「あ、ああ……まさか戻ってくるとはな……。いや、実はそれなんだがゼファー、族長は先年亡くなられた。今はエルガド様が役目を継がれている」


 近しい人間なのか言葉を選びながら彼がゼファーに告げた。

 俺たちをどことなく警戒しつつだ。


「そうか死んだでござるか。ならばエルガドに会わせて欲しいでござる。拙者、拙者を笑った者全てを、笑い返しに帰ってきたゆえ……」


 俺たちにはわからない事情がある。

 しかしこれだけは断言できた。

 ゼファーにひとたびだけ吹いた臆病風はもう消えてなくなっていた。

 これまでの長い放浪と執念を結実とするために、はぐれ者の有角種ゼファーは信念を持って言い張った。

 ……ついに旅の目的を果たし、自分は故郷に帰ってきたのだと。



 ・



 新しい長エルガドの家を訪れた。

 長というが規模が規模だ、寄り合い兼・民家に通されるとさっきの若者は俺たちを置いて出ていってしまった。

 少し待つと家の裏口より騒々しく足音が鳴った。


「お帰りになりましたかゼファー様!」


 この中年が新しい長エルガドだろうか。

 ゼファーの帰郷に慌てて帰ってきたという風体で、扉を乱暴に押し開き飛び込んできた。


「良かったっ、ご無事なようで本当に……っ」


 これが敬意を通り越して仰々しかった。

 ラーズも予想にしていなかった態度に驚いて、ついつい俺たちは目と目を向けあって現実を疑ってしまった。


「やかましいでござる。歓迎は嬉しいが客人の前でござろう、長として役目を果たせ」

「そ、それもそうでございますな……。客人よ、私の名はエルガド、この黒角の民の長だ。ゼファー様の客ならば私たちの客、貴方たちを歓迎しよう」


 これが前の長の孫にあたる者だそうだ。

 名の通り黒い角を持った中年で、たくましい身体付きに精悍な顔立ちをしていた。

 しかしどうも有角種のイメージとはほど遠い……。


「まさかヒューマン嫌いのゼファー様が、ヒューマンを引き連れて現れるとは思わなかった」

「いちいち余計なことを言わなくてもいいでござる。まったく、アウサルとラーズが困惑しているではないか」


 ゼファーはエルガドに対してどこかしら距離を置いているように見えた。

 知り合いのようだが、だからといって必ずしもわだかまりがないというわけではないらしい。


「は、申し訳ございません。してゼファー様、このたびのご用件は……?」

「エルガドよ、ここに来たのはゼファーとしてではござらん。拙者は、ア・ジール地下帝国の一員として来たでござる。アウサルと救世主ユラン、そして種の集う奇跡の地、ア・ジールが我ら有角種の希望となると信じて」


 すると黒い角を持った中年が俺たちを値踏みした。

 後ろめたい部分などない、堂々とこちらも返す。


「仲間を作られましたか。しかしゼファー様、その熱意はエルガドも認めましょう。ですがあちら側の連中が、素直に貴方方の要求に応じるとは思えません。特にゼル様は……頑固を通り越している。やれるだけやってみる価値はあるでしょうが、やはり期待は……」


 そのゼルという者が向こうの大物なのだろうか。

 ゼファーがその名前を耳にするなりまゆをつり上げた。悲観的な回答も彼女の好みではないだろう。


「そう睨まないで下さい。わかりました、では結界渡りの段取りを始めましょう。あちら側には連絡を送りますので。今日はここで休んで、それとすみませんが儀式の作法を覚えていただけますかな、客人よ」

「待つでござる! 客に作法を押しつけるなど、間違っておるでござろう……」


 アザトはこうも言っていた。

 形式にうるさく面倒なやつらだと。


「まあゼファーよ、郷に入れば郷に従え、という異界の言葉がある。ここはここのルールに合わせよう」

「ええ俺もそれがいいと思います。エルフィンシルもうるさい部分があるので事情わかりますし、いきなり喧嘩腰で行っては、交渉に支障が出てしまうのでは……」


 そうだ。弟子もこう言っているぞゼファーよ。いやまだ候補だったか。


「ご理解が早く助かります」

「だが……それではアウサル殿に顔が……」

「そんなものは立てなくていい。それにしっかりと段取りを踏んだ方が、交渉の上で都合が良いのだ」


 こちらは有角種の国スィールオーブの結界を無効化する道具を持参してきている。

 その気になればいつだって有角種の国に不法侵入することが出来る。

 だがそれは後で示せばいいことだ。


「これはあえて礼儀を尽くしたというカードになるだろう」

「……わかったでござる、冷静さを欠いて申し訳ない。エルガド、もうそれでいい」


 エルガドが俺に目線を向けていた。

 その口元が小さく微笑む。意図はわからないが好意を感じた。


「結界を通ったらひざまずき、こうべをたらされよ。口を開いてはなりません。清めを行う者が現れるので、姿勢を保ったまま儀式が終わるのを待つのだ。そこまでいったら里への進入と面会の許しを求められよ。ただしこの段階では、生まれの地だけを名乗り、己の名と目的は提示しないこと」


 なんだそれは……?

 これは予想以上に面倒だな……。ゼファーが不満を抱くのも当然のややっこしさだ。

 悪いもう1度言ってくれ。とは問い難い、これは後でゼファーに聞き直すことにしよう。


「こ、こんがらがるんですけど……。ええっと、名前と目的は隠して……面会の許しを求める……?」

「進入の許しも忘れずに求めて下さい。向こう側の住民からすれば大切な儀式ですので」


 何ともしちめんどくさいことだ……。

 アザトが礼儀や儀式にうるさいとは言っていたが、これは付き合うのも大変だ。


「こちらはア・ジールの使者でござる。こちら側のしきたりを要求するのは無礼でござろう……」

「ルールはルールですゼファー様。それにいちいちあちら側に角を立てていては切りがありません。しかし、どこからどこまでも貴女はゼル様とは違われるのですな……」


「ッッ……! あんな思考回路まで化石になったやつと一緒にするなでござる!」


 もうゴネてはいない、それはゼファーの愚痴だ。

 エルガドもその気持ちを理解してか控えめに賛同した。ゼルという名と共に。


「口をはさむようだが、そのゼルというのは……?」

「ああすまない客人。ゼル様は結界の国スィールオーブの現指導者だ。有角種の寿命は約150年、100年周期で指導者が崩御しては新しく選ばれる。……ちなみに結界の外となるとこの寿命が5分の1となる、だから彼らは外には出てこれないのだ」


 5分の1という衝撃に俺とラーズはゼファーに振り返った。

 だとしたらまずいではないか、と。


「安心するでござる、拙者は問題無いでござる」

「ああ、私も保証しよう。ゼファー様は例外だ、驚かせてすまなかった」

「え……例外ってどういう……」


 ラーズは付き合いが短いのもあるのだろう。意味がわからないと引き続き心配の目を向けた。

 何となく察した。どうやらゼファーというこの女、通常の有角種の規格から外れるようだ。


「秘密でござる。エルガド、もうわかったゆえ休む場所を貸してくれ」

「ならば明日の儀式まで中和の間で身を清めていただこう。食事もお出しする、それでどうかご勘弁を」


「それだって客人に失礼であろう……。どれだけ拙者の顔を潰すでござるか……」

「すみませんゼファー様。これも決まりですので、ルールを守らないとかえって向こう方の機嫌を損ねることになりましょう」


 わざわざもめる必要はない。

 ゼファーの肩を後ろから叩いてフォローした。

 平和的に会ってくれるなら何だっていいだろう。


「ゼファー、俺もラーズも接待されるのは苦手だ、むしろこちらの方がずっと気が楽だ。エルガド殿に悪意はない」


 それが慰めや勇気付けになったのか、急にゼファーが礼儀の強制者エルガドに振り返った。


「くっ……そこで見ていろエルガドよ! 拙者を笑いものにあいつらを、絶対に正して見せるでござる! 拙者は……拙者は結界の中に閉じこもって戦わずに滅びるなど、絶対に認めないでござる!!」

「ならばその想いを、再びゼル様に叩き付けるといいでしょう。……ゼファー様、いやゼファー、私はお前を笑ったことなど1度もない。ただ心配でたまらなかった、外で銀の角を持つ者が、独り孤独にやっていけるのか……」


 するとだ、その時だけエルガドは敬語を止めた。

 ああ、なるほどな。……元々は様付けをするような関係ではなかったのか。


「無事に帰ってきてくれて嬉しい。爺さんもきっと喜んでる。ゼファー、お前の言う有角種の新しい可能性をやつらに突きつけてきてくれ。とにかくお前が無事で良かった……おかえり、ゼファー……生きていて良かった……」


 まるで歳の離れた兄のように、エルガドはゼファーの帰郷を心より喜んでくれていた。

 ゼファーには帰るべき故郷と迎えてくれる人がいる。


 孤独が宿命のアウサルの所領とは大違いだった。

 おかげで俺は父を殺したスコルピオ侯爵への、冷めた憎しみをまた思い出すことが出来ていた。

 あと5ヶ月もすれば必要になる。呪われた地を孤独に変えた者への憎悪が……。


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