19-02 カスケードケイブ滞在記 スコップ1つで進める追加ルート 2/2
「暗いでござるよラーズ。この骨は滅びたという竜のもの、高い魔力を持ち薬の材料になるはずでござる。コケはこの強く発光する性質を利用すれば、何かに有効利用出来るかもしれんでござるな」
どれもこれも得体が知れないという難こそあるが、俺たちの住む東側にはない品々だ。
これらのどれかしらに価値が付けば十分だ。
「して、こちらの宝石類は拙者らの取り扱う物とは種類が異なるようでござる。恐らくアビスの影響を受けて半魔石化していると拙者は踏んでいるでござる。……アウサル殿の切り札、マテリアルの材料にしてみる価値もあるはず」
半魔石化とは興味深い。
これらはぜひグフェンとエッダに見せてみるべきだろう。
新しい種類のマテリアルが増えれば、それだけ戦略の幅も広がってくれる。これが使えればの話だが。
「それでこの枯れ木はなんだ? 変わった匂いがするが……珍しいものだな」
「いい匂いでござろう、それは香木ござる」
「よくわかりませんけど、この匂い、癖になるような気がします。外の世界は不思議ですね……」
枯れ木の方は黒褐色に染まった古いものだ。
触れてみると少しもろく、指に欠片がついてそれがまた強い芳香を放った。
「ああ、先祖の1人が集めていた気がするな……。金持ちどもが好んで買いあさるのだったか」
「拙者が1度も嗅いだことのない香りがするでござる。売り込み方次第では莫大な商品価値が生まれるでござるよ。……今現在の価値は0も同然でござるが、そこから先が商売でござる」
ゼファーが明るく活発に笑った。
そしてどうしてかその笑顔に俺はホッとしている。
こちらへの旅が決まって以来、彼女はずっと気を張っていた。それがやわらいだせいかもしれない。
「ゼファーさんって立派ですよね、武芸だけじゃなくて商売の才能もあるんですから。俺、戦うしか能がないから……そういうの尊敬してしまいます」
「む……むぅ……そうか。しかし褒めたところで何も出ないでござるよ。拙者、ヒューマンに甘くするつもりはないゆえ、すり寄られても……そういうのは困るでござる……っ」
いや原因がもう1つあることに気づいた。
普段のゼファーならばヒューマンとなれ合う趣味は無いと、ここでもきっぱりと言い切るだろう。
だからきっとラーズのことが気に入ったのだ。
まさかこれすらもジョッシュの計算通りだとしたら笑ってしまう。いや考え過ぎか。
「でも実際凄いですよ! 特に剣の腕は、俺が見てきた中じゃ1番です!! そりゃ、ラジールさんもとてつもないですけど……。あの人、力と才能任せなところがありますし……あまり参考にならないというか……」
性格は置いておいてラジールは天才だ。
しかし天才は必ずしも良い師匠になるとは限らない。そもそもアレが人に何かを教える気があるのかも、謎だ……。
「だけどゼファーさんの技には見習うことが多くてっ、俺、驚きの連続です! ここの怪物たちをあんなにあっさり……カッコイイです!」
「クククッ、良かったなゼファー」
いくらなんでも持ち上げ過ぎだろう。
ゼファーは若い少年の賞賛に気恥ずかしそうに頬を染め、複雑そうに俺たちから目線を外した。
「で、弟子は取らぬ主義ゆえ……くっ、アウサル殿、年上をからかわないで欲しいでござるよっ」
「アンタの武勇が種族の垣根を越えるほどに優れているということだ、何を恥じらうことがある」
「そうですよ、胸を張って下さい!」
まあ臭い話はこのくらいにしておくか。
とにかくだ、この品々を使えばア・ジールやその向こうの諸国との交易のネタに出来る。
それがおいおいリザードマンたちや、ア・ジール加盟国の利益になる。戦を起こすにも資金が必要だった。
「とにかく! アウサル殿の作り出してくれたあの灰の地下隧道、その力を拙者が最大限まで引き出して見せるでござる!」
「それは頼もしいな。……さて次はこちら側の成果報告をしておこう、約束通り道を西側の地上にトンネルを繋げてきた。そこから先は、アンタに案内を任せていいんだな?」
そこでせっかくやわらいでいた美人の顔が途端に固くなってしまった。
緊張だろう。ついにこの時が来たのだ、ゼファーは俺に返事すら返さず黙り込む。
「……もちろんでござる」
「助かる」
何となく気持ちはわかる。
俺だってきっとこうなるだろう。
長い月日をかけた宿願を前にして今さら己の行いを迷うことだってある。仕方のないことだ。
俺がスコルピオに対する復讐の念を、月日の果てに磨耗させて本懐を忘れかけるように。
万一目的を果たせなかった時の苦しみと、忘れかけた初心が決断を鈍らせるのだ。
「この日のために拙者、たった1人で世界中をかけ巡ってきたでござる。案内と説得は任せるでござる、必ずユランの旗印に、有角種を繋ぎなおしてみせるゆえ……!」
「なら予定通り明日の朝出発ですね。アウサル様、ゼファーさんとジョッシュさんから教わった技で、俺も必ず役立ってみせます! だって俺もア・ジールを支える1人の男ですから!」
ラーズの存在はゼファーにとって有益だ。
ゼファーの決意の眼差しがラーズへのやさしい微笑みに変わった。
まあ、俺に気づくと元の仏頂面に戻ってしまったのだが。
「ヒューマンのくせにラーズは有望でござる。……もしヒューマンでなければ、弟子にして一から鍛え上げていたところでござる……」
「ぁ……。光栄です! 俺がんばりますからっゼファーさん!」
「な、何も言ってないでござるよ……っ」
アンタ、弟子は取らない主義じゃなかったのか。
喜べジョッシュ、ラーズの育成はゼファーが受け持ってくれそうだ。
「ところで地上にも有角種が残っていたのだな。黒い角を持った部族と聞いたが、まず彼らに接触する形でいいのか?」
ところがだ、その話題がゼファーをまた黙り込ませる結果になった。
黒角の部族。銀角のゼファーとは色の上で対極だ。何かあるのだろうか。
「どうしたんですか、何か問題が……?」
「……いや。その黒い角の部族は、拙者の知り合いでござる。まだあちら側に閉じこもった本流よりは、話が通じるやつらでござろう」
その辺りはここの支配者アザトより聞いている。
「悪いが気になるな。質問だ、そもそもその黒い角の部族は何者なのだ? 有角種は、部族ごとに角の色が違うのか?」
「アウサル殿……」
確認するようにゼファーが己の角を撫でる。
続いて己の顔を、己の形を確認するように全体を撫でた。
「有角種と他の種とでは、明確に異なる部分があるでござる……。そしてそれが、彼らが地上を捨てた理由の1つでござる……。我ら有角種は……」
それを終えるとテーブルごしに俺へと詰め寄った。
「有角種はサマエルがまき散らした神の毒に対して脆弱、耐性をほぼ持っていないのでござる。だから……彼らは……知恵ある民、有角種は自分で作り出したのでござるよ……。鍵のかかった門の番人として、地上で生きられる、新しい有角種を……」
また彼女は己の顔を撫で確認する。
それが本当に己のものなのか、疑うように。
「最果てに漏れだしたアビスの怪物と……故郷を追放されたヒューマンをかけ合わせて……新しい種を……。それこそが黒き角の民でござる」
刺さりそうなその銀の角を、ゼファーは俺へと突きつけ続けていた。
地上で生きる権利すら奪われた者たち、それが有角種だった。