19-01 半年の別れと約束、皮肉屋と銀角のはぐれ者 2/2
「……ふふ、思えばアウサルさんも変わりましたね。昔はもう少しぶっきらぼうだった気がしますよ」
そうだろうか、言われても今の俺にはよくわからない。
だとしたら環境がそうさせたのだろう。
ただの発掘家アウサルは、これからも希望の英雄のふりを続けなければならないのだ。
「では、半年後に必ず。必ず地上を取り戻して下さいね。出来ることならお手伝いをしたくてたまらなかったのですが……恐らくはこれが最善策ですので、お互い私情は捨てましょう」
「問題ない。侮る気はないが、サウスをスコルピオの手から取り戻すこと自体はそう困難ではない。問題はその後どうなるかだ、その未来はアンタの頑張りにかかっている」
必ずエルキア本国が俺たちを潰しにくる。
だからこその同時決起だ、俺たちの独立がエルキア南部諸侯の心を揺れ動かすだろう。
そのためにスコルピオには犠牲になってもらう。ヤツはこれまでの行いの報いを受けなければならん。先祖より続く全てをヤツに支払わせる。
ダークエルフの独立、フィンブル王国の復活、それは世界中の諦めかけた者たちを震わせるのだ。
「アウサルさんはこれからゼファーさんと一緒に、有角種の国スィールへと行かれるのですよね」
「ああ、といってもまだ経路がリザードマンの国にしか繋がっていない。よってゼファーにはしばらくそこに滞在してもらうことになっている。外部との貿易に使えそうな交易品を探してくれるそうだ」
ジョッシュは静かにうなづく。
それが価値あることだと理解してくれた。
半年と少しの我慢とはいえやはり彼を手放すのが惜しい。ジョッシュには先見の明がある。
俺たちの気づかないミスを冷静に軌道修正してくれる人だった。
「ここを離れるのはアンタだけじゃない、獣人のヤシュとラジールもまた国に戻るそうだ、他にも似たような連中は多い」
「エルザス様に半年というタイムリミットを突きつけられてしまいましたからね。……妥当なところでしょう」
この半年の間に可能な限りの力を蓄えなければならない。
同時決起の秘密を知る者知らない者を問わず、誰も彼もがその準備に追われていた。
「そうそう、置きみやげ代わりと言ってはなんですが……ラーズ少年に剣と戦術の初歩を仕込んでおきました。ふふふ……私の柄にもなくかなり手厳しく、ミッチリと。ゼファーさん1人では貴方を守りきれない可能性があります、連れていかれるといいでしょう」
それはスパルタ教育が目に浮かぶような怖い笑顔だった。
最近ラーズがいつにも増して無理をしているように見えたが、やっとわかったこれが原因だな。
やむを得ず離れるジョッシュの意志。あの小さな少年が抱えるには大き過ぎるものかもしれない。しかし2人のその気持ちが嬉しい。
「くっ……。黙って聞いていればっ、誰がっ、アウサル殿を守りきれないと決めたでござるかっ! 拙者を侮らないで欲しいでござるな、助手殿!」
すると店にゼファー本人が現れた。
ジョッシュの言葉を聞きつけて不機嫌にへそを曲げている。ちなみに角はいつも通り鋭利にも真っ直ぐだ。
「おやゼファーさん、ごぶさたしております。あと私、ジョッシュです、助手ではありません」
「ふん……助手ですらないということでござろうか? アウサル殿を捨ててあのいけ好かないドラ息子に組みするなら、好きにするでござる。死なない程度にせいぜいがんばるでござるよっ」
露骨な喧嘩腰をジョッシュは爽やかに笑い返した。
それをゼファーが快く思うはずがない。
この2人は気が合わない。ゼファーのヒューマン嫌いもあったが性格面だろう。
この銀色の有角種は真っ直ぐな人間を好むのだ、二君を持つ皮肉屋はどうも趣味じゃないらしい。
「ええ、必ず半年後に……。そまではどうか、私たちの主をよろしくお願いします。銀角のゼファー、猛将の1角として貴方の力は計画に含めてありますので、期待以上の働きを楽しみに期待しております。……それでは、また半年後に」
「そなたはどこまで傍若無人で失礼でござるかッ! せいぜい生き延びてここに帰って来ればいいでござる!! その時はっ……その時は、酒の相手くらいならしてやるでござるっ!」
喧嘩別れ、とは違う何かだ。
そりが合わないもののどこか景気の良い形で、ジョッシュはそのまま振り返ることなく店を去っていった。
俺たちも出立がある、次に会うのは彼が言うとおり半年後だ。
「はぁぁぁ……気に食わない男でござる……。性根のねじ曲がったあの部分! あの部分が拙者、どうにも……くぅぅ、ダレス殿はまだ許せるとして、あの男はっ……!」
「まあそれがジョッシュの良さでもある。生きてまた会えるようがんばるしかあるまい」
ところでここにゼファーが現れたということはそういうことだろう。
予定は夕方のはずだったが、少し早くに出発したところで何も問題ない。
「して、準備はもういいのでござるかアウサル殿?」
「……ああ、しかし念のためフィンにもう1度別れの挨拶をしておこう。それと予定になかったが、聞いての通りだ、ラーズを連れていく。それとダレスも説得しないとだな……」
すると銀髪細身の美人が子供のように口を尖らせた。
ラーズを連れて行くのは不満だそうだ。
「拙者1人では足りぬと?」
「そうは言っていない、むしろジョッシュの意図は逆だな。アンタの剣術をラーズの隣で見せてやってくれ。タイムリミットの半年以内に、あの少年を使えるだけの器に鍛え上げる、それがジョッシュの残した意志だ」
ゼファーからの返事はない、納得してはくれないようだ。
ヒューマンの子に武芸を教えるのもそうだが、ジョッシュの仕込んだ後というのが気に入らない部分なのだろう。
「ならば急ぐでござる。拙者、こちらでやれることは一通り片付けてきたゆえ、今は一時でも早く故郷の頑固者どもを説き伏せに行きたいでござる。カスケードケイブの品物も気になるでござるし、あ、それと……」
なぜだろう、その機嫌が急に前触れもなく良くなった。
どうしてなのか急に俺から視線をそらし、言うべきか言わざるべきか迷うようにチラチラと目線を泳がせた。
「それと久々のアウサル殿との行客……、正直に言えば、これが楽しみで仕方ないでござる。アウサル殿、信頼しているでありますよ、貴殿なら必ずやつらを……やつらに現実を突きつけられるはずでござる。一つ痛快なやつを頼むでござるよ!」
「そうか、ならば異界の言葉を借りよう。そうハードルを上げてくれるな……」
ちなみにハードルというのは馬の手綱のようなものらしい。
曲がるにはこれが必要だ。