19-01 半年の別れと約束、皮肉屋と銀角のはぐれ者 1/2
前章のあらすじ
有角種の住む最果ての地、それを目指した灰の地下隧道が予定にない世界にぶち当たる。
そこはリザードマンとその祖、竜人アザトの国、最果てに刻まれた大渓谷カスケードケイブだった。
アザトと接触したアウサルは己の素性を語り、ア・ジール地下帝国への参入を誘う。
しかしアザトとリザードマンの立場は他の種族と少しばかし事情が異なっていた。
そこで黒き竜人アザトが客人アウサルに協力を願う。
彼はアビスの台所と呼ばれる危険地帯にアウサルを案内し、その谷底にある問題の解決を求める。
アビスに属するアザトらは、強過ぎるアビスの影響を受けると狂ってしまう。今の異常の原因を取り払ってほしい。
しかし道中、不運にも猛獣アビスハウンドと遭遇する。
2人は力を合わせてそれを撃退したが、激戦が狂えるリザードマンの群れを呼んでしまった。
アザトは撤退を断行するがアウサルは諦めない、足下を掘って新しい進路を生み出した。
その後アウサルは地下トンネル経由で谷底の最深部に至り、その地にて謎の白昼夢を見ることになった。
灰に覆われた世界にて、アビスの善意と名乗る老人が語る。
アビスは神のゴミ箱、自分たちはそこへ捨てられた、ユランとアザトをどうか頼む、と。
我に返ったアウサルは老人の助言に従い、宝石化した谷底をフレアマテリアルの力で焼き払った。
それにより狂気の波動はようやく収まり、カスケードケイブに平和が訪れた。
リザードマンらと竜人アザトは喜び、その後ア・ジール地下帝国へとアウサルに誘われてやってくる。
交渉は成立、カスケードケイブの民リザードマン1500人がア・ジールに加わった。
物語の最後にユランがアザトの問いに答える。
竜人はサマエルの被創物ではない、それゆえアビスに捨てられた。
それは公言の許されない世界の秘密だという。
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地上を捨てた敗北者たちの隠れ里
自らを閉ざした国・スィールオーブの有角種たち
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19-01 半月の別れと約束、皮肉屋と銀角のはぐれ者 1/2
昼過ぎのことだ。
話があると誘われて俺はジョッシュと外での食事をすることになった。
といっても今は贅沢の出来ない時期だ。
麦を煮たオートミールと、塩っぽい魔獣の肉、あとは付け合わせのゆでた葉物野菜を2人で食べた。
主食のオートミールが味気ないがそれはそういうものだ、俺たちは無言でそれを平らげる。
場所はライトエルフの国フレイニアと獣人の国ダ・カーハを繋ぐ大通り――から2本ばかし外れた、悪く言えばしけた飯屋だった。
昼も過ぎていたので客足は無く俺たちの貸し切りだ。
そのせいか店主も客がいるというのに仕入れに出かけてしまっていた。……ここまでいい加減だと経営や防犯が心配になってくる。
「すみませんね、これがなかなか覚悟のいることでして。……まあ、お察しとは思うのですが、例の話です」
ジョッシュが一言も喋らないので、切り出してくるのを待っていたらそうなった。
やっと用件を述べてくれるようだ。俺もだいたいの内容はわかっていた。例の話だ。
「断りたいなら断ってくれていい。ダレスが気になる気持ちは十分にわかるからな」
「はい。ダレス様は出来る男ですが、頼りないところも多々ありますからね。……まあ、そこでなのですが」
例のサンダーバードあらため、エルキア反乱計画の首魁、エルザスからの誘いだ。
やつはよりにもよってうちのジョッシュを貸せと言いだしてきた。
しかしだ、事が事で生きて帰ってくる保証もない。それでもそろそろ返事を返さなければならない頃だった。
「ダレス様も連れて行ってよろしいでしょうか」
静かに淡々と……いや、軽くとんでもないことを言ってのける。
なるほどそういう理屈か。自分の隣に置けば安心出来ると。まるでダレスはジョッシュのヒロインだな。
「それは……。いや、そもそもダレスのやつは同意したのか?」
「そこはほら、アウサル様とエルザス様のご命令ということで、1つ、強引に、絶対に断りようがない方向に」
口調では茶化しながらも、ジョッシュは真剣で鋭い表情を浮かべていた。
ダレスまで手元から離れるとなるとだいぶ動きづらくなる。だが戦略的に見れば派遣には大きな価値があるだろう。
「まあそう渋い顔をされずに、どうか私の話を聞いて下さいアウサルさん」
「そんな顔をしていたか……」
ア・ジールより同じヒューマンが減るという寂しさもあったのかもしれない。
ダレスもジョッシュも愉快で楽しい男たちだ。
ここに誘って良かったと思わぬ日はない。
俺は人柄も含めて彼らを信頼しているのだと、一時の別れを前にした今になって気づくことになった。
「今のエルザス様にはダレス様が必要です。思い出して下さい、貴方をかばってニブルヘル上層部に認められたアベルハムさんのことを」
「アベルか、あれはとんだ拾い物だったな。いや、あるべき人材があるべき立場に収まったとも言うが」
元奴隷農場出身のアベルハム、彼はすっかりフェンリエッダと共にグフェンの代役に収まっている。
全てグフェンの計画通りというわけだ。
「エルザス様にとって、ダレス様は裏切ることのない片腕となれるでしょう。裏切り、日和見、心変わり、そして情報漏洩……反乱を起こす上でこれほど恐ろしい物はありません。ひとたび混乱が起これば、人の立場など簡単に変わるでしょう。めまぐるしく姿を変える万華鏡のようにね」
この理知的な男を手放すのは惜しい。
しかし俺に止める権利はなかった。
家臣として2人を引き込んだがあれは建前だ。俺は男として、仲間として彼らの決断を認めなければならない。
「私は必要あらば裏切ります。エルザス様ではなくダレス様に忠誠を誓っておりますので。ああ、もちろん貴方にもですが、ダレス様を救って下さったご恩は忘れません」
「アンタたちを追いつめたのも俺だ。……ま、それも過ぎた話か。思えばずいぶん昔のことのように感じられるな」
さてこうなると疑問が浮かぶ。
ダレスとエルザスの関係、しいてはルイゼと双方の繋がりも怪しくなってくる。
とはいえ深く考えたところで何が変わるわけでもない。ルイゼが本当の素性を答えたがらない以上は詮索を止めて黙るしかなかった。
「……わかった、エルキアに行ってきてくれ。あのお調子者のエルザスを頼む。やつには恩がある、何よりうちのルイゼの兄を死なせるわけにもいかん。ア・ジールの独立後のためにもな」
「ええ……すみませんね……」
ジョッシュという男は丁寧だが、わりと慇懃無礼なやつだ。
そのはずのジョッシュが心より申し訳なさそうにするのだから、これがどうも調子が狂う。
「必要なことだ。というよりそういった態度はアンタに似合わん、いつも通りのジョッシュで頼もう」