18-08 追放者の末裔より、反逆の竜への問い 1/2
ニブルヘルの首領グフェンの確保がどうにか間に合ったようだ。
畑仕事による泥汚れを慌てて拭った形跡こそ残っていたが、まあ元より威風のある男だ、必要最低限の体裁は保たれた。
リザードマンら30名と妻のレナには、急場ごしらえながら食事の席を設けてそちらでアベルハムらによる接待を受けてもらっている。
どちらも会見に向いた性質でないのは明白で、ア・ジールの親分グフェンを紹介するだけした後はそれでもう十分だったのだ。
アザトとグフェンの会談は特に揉めることもなく、終始友好的に進んでいった。
もう少し互いを疑っても良いのではないかと、口を挟みたくなったのは内緒にして欲しい。
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「では、我らと共に戦って下さるということで、よろしいのですなアザト殿」
「同意だ。こちら側の都合で言えば、差し迫った脅威は無い。だが喜んでア・ジールに加わろう。グフェン殿、自分たちは獣や蛮族とそう変わらない暮らしを続けてきた。遠き隣人、有角種たちにはそれを内心で蔑まれていただろう」
アザトは俺たちとの共闘を誓ってくれた。
最初からそのつもりだったのか、合意はあっさりとついていた。
「ならばなぜ。差し支えなければ、そう聞いてもかまわないだろうか。これより始まる戦いは、覚悟無しに続けられるものではない。戦う理由が必要なのだ」
来客用の茶をすすりながら2人をやりとりを見守る。
俺の独断専行の結果だ、うちのかわいい天使に会いたかったが義務があった。
「それは我らが選ばれなかった種族だからだ。歴史の花形には1度もなれず、今日までモンスターとそう変わらない扱いを受けてきた。その不名誉を、今さらくつがえす気になった、ただそれだけのこと」
そう言って黒き竜人が俺を見つめる。
何かの意思表示だろう、続いてグフェンに視線を戻した。
「きっかけは彼だ。彼は自分たちと同じ異形だ。そんな彼が己のあり方に胸を張り、あらゆる種族が争わぬ楽園のために尽力している。その姿がまぶしくなった、アウサルに新しい可能性を感じた。光輝く場に、願えば自分やリザードマンも立てるのだと気づかされたのだ」
「アザト、さすがにそれはこそばゆいのだが……。よくわかるがな」
俺たちのやり取りにグフェンがうなづいた。
リザードマンらが戦う理由に納得したのだろう。名誉と種の新しい可能性のために戦うというのだ。間違ってなどいない。
「よくわかった。アザト殿、ここに正式にア・ジール地下帝国へと貴殿らを迎え入れることを、宣言しよう。……それとすまないが事務処理で必要なのでな、国号をお聞かせ願えるだろうか?」
「我らは国名など持っていない、そんな規模ではないからな。総人口で言えば1500を下回るだろう。言うなれば自分たちは……そうだな、カスケードケイブの民リザードマンだ」
まあそれで良いだろうとグフェンが書類に筆を滑らせる。カスケードケイブ、と。
ちなみにこの前うちに勝手に上がり込んでわざわざ俺に愚痴っていたが、国が大きくなると事務仕事が増えてそれはもう面倒だそうだ。
「よし、これで畑を耕しに行けるな」
「グフェン、アンタをここで見逃すとエッダにまた小言を言われる」
グフェンが書斎から立ち上がった。
ほがらかに笑って俺の言葉をかわす。
アザトもそこでかすかな泥汚れの正体に気づいたらしい。
「なに、ほんの息抜きだ。アウサル殿、ユラン様によろしくな」
「……エッダが角を生やしても俺は知らんぞ。次はかくまわないからな。ああそうだった、アザトは畑の耕し方を教わりたいそうだ、今度教えてやってくれ」
変に社交を重ねるよりずっとそれが交流になるだろう。
しょうがない、今回だけは見逃すことにした。
「もちろんそのつもりでいるよ。アザト殿、いつでも声をかけてくれ、仕事を抜けるこの上ない口実になるからな」
「あ、ああ……ならばお言葉に甘えさせてもらおう。楽しみにしている」
グフェンは客人を残して政務所の窓から姿を消した。まるで間男だ……。
まあいい、残るは用事はユランだ、さあ帰ろう。
「アウサルッッ、なぜグフェンを止めなかった! この状況で畑仕事を優先するなんてっ……クッ、アベルハムにまた捜索をさせなければ……」
すまんエッダ。
まあ彼がやるべきことはやったのだ。
幸か不幸か、すっかりアンタがア・ジールの中枢を担う存在になってきている。
グフェンのもくろみ通りというわけだ。……いや、ただ畑仕事をしたいだけかもしれんがな、あの老人はわからん。
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「ここに竜神ユランが……?」
「ああ、遠慮せず入ってくれ。本来ならば神殿の1つでも立てるべきなのかもしれんがな、そんな労働力は余っていない」
アザトはただの民家としか思えないユランの住処にいぶかしんだ。
不思議な材質で作られた家だ、多少の体裁は……ないこともないと思おう。
「ただいま、誰かいるか? まあいないか」
帰宅するとどうしてかホッとした。
床に落ちていたフィンの抜け羽根を拾い上げて、お守り代わりにポケットへとしまう。
アザトはきっと天使フィンに驚くだろう。感情と知能の両方を持つ天使、普通のタイプじゃない。
「ユランは不在、ということか」
「いやきっと奥にいる。眠ることで力を蓄えているのだ」
奥へと進んでユランの部屋へと入った。
すると使徒の俺がアザトより驚くはめになった。
「ユラン、アンタ……その姿は……」
「これが裏切りの邪神……いや、亜種たちの救世主、ユランか……」
赤き竜は大きく成長していた。
猫にすら負けると主人をからかったものだが、今は中型犬を越える大きさとなって、それが手狭になったベッドに眠っている。
その竜眼が開き、アウサルとアザトをうろんそうに見上げた。
寝起きだ、多少の不機嫌は覚悟しよう。
「なんだ、竜人か……」