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18-07 ア・ジールへの招待状、選ばれることのなかった薄闇の民へ

 アザトと合流し、カスケードケイブの大空洞へと帰還した。

 既に肌で空気の変化を感じ取っていたようだ、戻ると俺たちはリザードマンらの大歓迎を受けた。

 ただちに宴会の席が用意され、アザトとその妻レナ、そしてその二人の末たちとの楽しい時間が始まっていた。


 堕ちた天使レナはニコニコと笑顔を絶やさず、けれど食事に手をつけるばかりで言葉を発さない。

 常に夫アザトの隣に寄り添い、もてあそばれた運命そのものが嘘のように仲睦まじく接していた。


 サマエルに恩があるというあの言葉は、きっとアザトの本心なのだろう。

 救われずに狩られるだけだった運命と、今の形どちらかを選ぶとすれば最初から決まっている。

 彼らはけして選ばれなかったが、それでも最果ての地カスケードケイブでたくましく生きていた。


「長、長! 帰ッテ、来タ!」

「サッキ、群レ、抜ケタ、仲間! 帰ッテ、来タ、嬉シイ!」

「アウ、アウサル! アリガトウ! オマエ、俺、俺ノ、恩人!」


 それと気が触れた少数の仲間が戻ってきたそうだ。

 リザードマンらの笑顔が俺にもわかるほど、彼は帰ってきた平和に浮かれていた。


「酒、酒、酒飲メ! 俺、アウサル、好キ! 俺、ア、雌ダゾ!」

「竜ノ、目! カッコイイ、長ト、ハハ、両方、似テル! アウサル、俺モ、好キ! ア、俺、雄!」

「奇遇だな。俺もアンタたちのたくましい身体と、鱗に包まれた肌が好きだ、お世辞抜きでカッコイイぞ」


 それと気づいたことがある。

 この外見恐ろしい種族が意外に人なつっこいことにだ。

 一緒に酒を交わしてみれば純朴だったのだ。


「子らよ、あまり迷惑をかけるなよ。アウサル、自分もあらためて感謝しよう、ありがとう。お前のおかげでカスケードケイブは救われた。……それと悪いが、再発したらまた管理を頼みたい」

「もちろんいつでも言ってくれ。いい加減感謝は聞き飽きてきたがな」


 アザトと得体の知れない濁った酒をかわした。

 ……材料、製法、ここでは考えないに尽きる。リザードマンの口噛み酒など飲む機会は今日限りだ。


「ところでアザト、こんな席だが伝えておきたいことがある。実はアビスの……あちら側の何者かだと思うのだが、妙な老人と会った。蛇眼を持ったヒューマンに見えたが、アンタの知り合いか?」

「すまんが記憶にないな。アビスでは珍しい容姿だとは思うが……何か言っていたのか?」


 目立つ外見だ、アザトの記憶にないということは余計に得体が知れないことになる。まあいい。


「その彼が言っていた。アビスは、外から手を差し伸べる者なくしては、けして出られないと。つまり、アンタは……」


 アザトは少しだけ考えて、やがて言葉の意味を理解してかうなづいてくれた。

 こんな席で悪いが俺は彼らを味方にしたい。

 サマエルがアザトの恩人であっては困るのだ。


「サマエルだな」

「ああ。あちら側の人間を信じるわけではないが、俺もあり得ると思う。アンタは、その……きっと最初から……」


「自分は、最初からそうはかられていた。ヒューマンの敵として、成長のための試練となるように全て。子らも歴史の表舞台には1度も立てず、いずれ滅ぼされるのが宿命だった」


 アザトの言葉に俺は控えめに小さくうなづいた。

 彼は最初から気づいていた。

 やがて訪れる運命を諦めて、そのシナリオを受け入れていた。

 くつがえすつもりならば、当時ユランの軍勢に加わっていたことだろう。


「アザト、ア・ジールに来てみないか? 俺たちの帝国を見ればきっと気が変わる。神話の時代から続く悪夢、サマエルが植え付けた宿命、それらとは無縁の世界があそこにある。……気に入ってくれたのなら定住してくれたっていい。ユランは、全ての種族を救ってくれる」


 今度こそサマエルを裏切ってもらう。

 俺たちには必要だ、強い力と鱗を持ったリザードマンという種族、元々の計算には無かった予定外の精鋭が一挙に増えるのだ。


 それを完全に味方にするためにも、ア・ジールを見てもらう必要があった。

 薄闇と、光り放つコケが彩る地底世界ではなく、太陽を持つ楽園ア・ジールの姿を。


「わかった連れていってくれ。自分も興味がある……あの恐ろしいサマエルを裏切った、竜神ユランに。ユランが反旗をひるがえさなければ、自分たちはとっくの昔に滅びていたのだからな」



 ・



 少し時計の針を早めよう。

 竜人アザトとその妻、それからリザードマンを30名ばかしを連れて俺はア・ジールに帰国した。

 ア・ジール西部は今のところ牧歌的な農村地帯だ。


 当然ながらダークエルフの開拓民たちが、俺たちという奇妙な百鬼夜行に驚いた。

 なにせアザトとリザードマンはでかい、俺を見上げるルイゼの気持ちが少しだけわかった。


 アウサルは農道の先頭を歩き、積極的にアザトとリザードマンと言葉を交わして友好関係をアピールする。

 幸いア・ジール到着により尽きかけていた話題は急増し、あれこれとこの地について説明して歩くことが出来た。


「夢のような世界だ……。こんな奇跡の土地がこの世に存在していたとは……本当に、自分たちなんかが、ここに住んでしまっていいのか……?」

「当然だ。悪いが戦争とセットになってしまうが、いずれは本当の楽園になる。……正直に言えば俺たちは戦士に飢えている、勝つための力が欲しい」


 全て理想通りに収まりそうだ。

 アザトはこの不思議で幸せな世界に魅了されていた。


「食イ物、イッパイ!」

「アッタカイ!」

「オ日様、イッパイ! 俺、好キ!」

「長、俺、モウ、俺、帰リタク、ナイ! 無理ッ!!」


 それはアザトとレナの子、リザードマンたちも同じだ。

 きっとこの2人の影響なのだろう。

 リザードマンは頭こそ少し悪いが、心根のやさしさがあった。


「レナも気に入っている。まずは、畑を耕す練習から始めないとな……」

「良い指南役を付けよう。もしかしたらここの支配者が直々に、イモの植え方を教えてくれるかもしれんぞ、アレはそういう男だ」


 アザトの妻レナは喋れない。

 ぼんやりと子供みたいにア・ジールの明るい世界を眺めていた。

 彼女は、サマエルに捨てられる前はどんな生活をしていたのだろう。哀れみか加護欲かわからない感情を覚えた。


「アウサル、お前がここの王なのではないのか?」

「何をバカなことを。こんな泥まみれで自ら最果てに赴く王など、この世にいるわけがないだろう。俺の領土は呪われた地1つで十分だ」


 すると誰かが俺たちの目前にかけてきた。

 見覚えのある開拓民だ。


「アウサルよっ、そいつら新顔だろ?! ならこれは歓迎の差し入れだ、食わせてやれよ!」

「こらおっとぅ! 命の恩人になにタメ口きいてんだバカ! すまねぇですアウサル様、親父も悪気があるわけじゃねぇですぜ!」


 奴隷農園出身のダークエルフだろう。

 親父さんから差し入れのオレンジを受け取った。元からこの土地で成っているやつだ。

 今はまめに木を世話をするようになっている。


「ありがとう気が利くな。俺も敬語は苦手だ、そんなことより早くこちらの客人に食ってもらおう」

「食ってみろよバカでけぇ新入り!」

「だから礼儀を覚えろよおっとぅ!!」


 娘さんが親父さんを叱りつけた。

 良い親子だ、アザトらにビビらないのも良い、この地を守り抜こうという決意をさらに固めてくれる。

 貰ったオレンジをスコップの刃で真っ二つにして、まずアザトに手渡した。


「まあそういうことだ、奥さんと子らに食べさせてやるといい」

「……ありがとう。貴方たちはやさしい方々だ。……あの頃、出会ったエルフが皆……いや……。レナ、子らよ、仲良くわけて食べるのだぞ。卑しいことをしたら自分の顔が潰れる」


 レナさんはオレンジに興奮した。

 果実の半分を1人だけで平らげてしまうほどに。けれど子らも大切なハハに文句を言うことはなかった。

 夫のアザトもそれはもうやさしげにその姿に微笑んでいた。良い夫婦だ。


「ウマ! ウマ!」

「ナニ、コレ、ウマ!」

「長! 長モ、食ウ! ウマッ、ウマッ!!」

「帰ル、無理ッッ!!」


 どうも足りないらしく新しいものが別の近隣住民より振る舞われ、リザードマンとアザトらも柑橘の味わいと匂いに夢中になることが出来た。


「酸っぱいが、それ以上に甘いな。カスケードケイブではなかなか食べられない味だ。凄いな、この国は……」

「当然だ。この土地は俺たちの希望だ、もっともっと素晴らしい物がある、全てアンタに見せたい」


 その奇妙な行列は噂を呼び、多くの追従者と出迎えを生んだ。

 そうだ、出迎えだ。

 急報を耳に、フェンリエッダが馬をかって俺たちの前に飛び込んできた。


「お初にお目にかかる、私の名はフェンリエッダ、我々ア・ジールの民は貴方たちのご来訪を喜んで歓迎いたします。……よく戻ったなアウサル、全くお前は、いつだって私の意表を突いてくる……」


 下馬し、敬意を払って彼女は身を屈めて挨拶した。


「ただいま。しかしこればかりは偶然だ。こちらはアザト、リザードマンらを束ねる竜人だ、勇敢で話のわかる男だ。そしてこの金髪の女性がエッダ、武勇に戦術、政治、組織運営にも長じたうちの大幹部でな、人柄も保証しよう。……融通がまるで利かんがな」

「アウサルッ、一言余計だ!」


 とにかくやるべきことは融和、交流、正式な同盟関係の構築だ。

 エッダは本題を思い出して竜人と握手を交わした。


 だがしかしそれがまずかったのだろうか、2人の間に奥さんレナが割って入ってきた。

 理由がわからないと拍子抜けした顔で、エッダが俺の目をのぞき込む。


「どうやら妻に嫉妬されてしまったようだ。うちの妻は色々とあってな、すまない」

「ぅーっ、ぅぅーっっ!」


 レナさんはエッダを睨んでいた。

 そんなレナさんをアザトは抱き寄せて、頭を撫でて機嫌を取っている。


「私は別に……そもそも奥さんほどかわいくありませんし……」

「いや、フェンリエッダさんは美人だと思うぞ。そうだろう、アウサル」


 待てアザト、なぜわざわざこちらに振る……。

 アンタ、何か妙な勘違いをしてはいないか……?


「それは……。それは……む、むぅ」

「アウサル、お前も不器用な男だな。これはアザトさんにからかわれているんだ、だから、いちいち真に受けるな!」


「ああ、なるほど、そうだったのか。……わからん」

「はぁ……それより政務所に来てくれ。アベルにはグフェンを捕まえるように指示してある、お会いしていただこう」


 それは段取りの早いことだ、無事に彼が見つかればだがな。

 俺たちは行列を作りながら政務所に向かった。

 ここの支配者にあたるグフェンにアザトを引き合わせよう。その後はご希望のユランにだ。

 ユランとアザトの邂逅に俺も興味がある。古い伝説を盗み聞くチャンスだからだ。


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