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18-06 呪詛の果てぬ谷底 汚れた灰にまみれたもう1つの意志 2/2

 それは奇妙な場所だった。

 目を覚ますと宝石の谷は姿を消して、あの呪われた地によく似た雰囲気の白い大地が広がっていた。

 だがちゃんと見ると違う。それらは全て灰で、俺が歩くともくもくと煙が立つのだ。


「アンタは……」


 そこに場違いに置かれたテーブルがあった。

 気品ある老紳士がそのイスから立ち上がり、どうやら俺のために向かいのイスを引いてくれた。当然、灰が煙となって立ち上ったが。

 だが彼はお構いなしだ。灰が舞い上がろうと黙々と新しい茶を入れて、俺を席に座れと手招きしていた。


「アンタ誰だ。ここは何だ……?」

「ま、そこにおかけなさい」


 周囲を見回すがどこもかしこも灰だらけで何も見えない。

 仕方ないので誘いに従い、小麦粉のような灰を立てぬようイスへと腰掛けて老紳士と向かい合った。

 カラカラとした乾いた声だった。


 それも当然だろう、その老いた男は骨と皮ばかりの姿で、生きているのが不思議な状態だったのだ。

 害意は無いように感じられる。けれど油断は出来ない。


「私としては久々の客人でな、ふと接待の楽しみを思い出したのだよ」

「アンタ……それは……」


 思えば老紳士はこれまで1度も目を開かなかった。

 その瞳が開かれると俺はその意味を知る。

 こんな姿をしている者は俺たちだけだと思っていた。それは俺たちアウサルと同じ、竜眼の老人だった。

 ただし色だけが違う。灰のように白くくすんでいる。


「ユランの使徒アウサルか。……ホホホッ、よく出来た話よ」

「そういうアンタは誰だ? 復活を望む魔貴族どもだと言い出すならば、話す口はない。諦めろ、ユランはアンタらと連合するつもりはさらさらない。アレはな、気位があまりに高過ぎるのだ」


 場所を考えればアビスの存在としか思えない。

 蛇の瞳、いや豪傑ラジールの言うところの竜眼と繋げるならば、アザトに近しい何かなのかもしれない。


「……アビスは、底の無い穴底よ」


 老いた声には得体のしれない重みがあった。

 姿形もあって今際(いまわ)の言葉に聞こえるほどに。


「深い重力が全てを飲み込み、地上にはけしてはい上がれぬ……。外界から手を差し伸べる者なくしてな」

「いや、それはどうだろうか。アザトという竜人は違ったようだぞ。自らアビスよりはい上がったと言ってた」


 俺の言葉に老紳士は動じない。

 白いトーガから灰を払い、汚さぬよう器用に茶をすする。悪いが俺は地獄の食い物には手を出さない主義だ。

 理由は言わずもがな、数々の伝説を信じるならばそういうものだ。


「ホ、ホ、ホ……。アザト、あの哀れな亜種もまた、弄ばれたのよ。外から、彼に手を差し伸べた者がいたのだ」

「それが本当なら奇特な者もいたものだな。……いや、待てよ、それは」


 ふとある可能性に気づいた。

 黒い竜人アザトに手を差し伸べた者、それに心当たりがあった。

 それはもしかしたら同じ人物なのではないか。彼の願いを叶えた者と同じ。


「そうだ、サマエルだ……。アザトはサマエルの手により、アビスよりすくい上げられた……。恐らくは、きゃつの悪趣味な計画を彩るためだけにな。哀れなことだ……」


 あり得る。けれどこの男を信じるわけにはいかない。

 復活するためなら策略を尽くす、それが彼らの立場だ。


「まあいい……。それよりアンタは何者だ、素性の怪しい者と価値観や情報を共有するつもりはないぞ」

「ホホ、私はアビスの善意だ」


「ふっ……いかにも詐欺師が言いそうな言葉だな。さすがにそのまま過ぎるだろう」


 ついつい笑ってしまう。

 同じ蛇眼の男が真顔で言うのだから。


「アビスは果て無き穴底だ……。お前にわかりやすいように言い換えれば、神のゴミ箱だ……。サマエルに逆らう者は捨てられた……どこへ、ここへ、アビスへ……。意見する者、敵対する者、恩あるはずの者すら全て、全て、全て……魔と狂気と逃れ得ぬ重力集う夷狄(いてき)の地、アビスへ、捨てられたのだ……」


 嘘を言っているようには感じられない。

 どちらにしろユランが後で答え合わせをしてくれるのだ。好きに言わせるだけ言わせておけばいい。

 ユランがいれば嘘すらも1つの答えとなるだろう。


「いちいち意訳が必要な言い回しをしないでくれ。つまり……アンタらアビスの住民も一枚岩ではないと?」

「否……アビスの民は漏れなく地上に害を為そう。アビスは狂気と憎悪の蠱毒……元が善であろうとも、蝕まれた精神はもはや、戻らん……」


 救いようのないゴミ箱もあったものだ。

 しかしそうなれば矛盾となる。アビスの善意など存在しない。


「ならばアンタと話す意味がない」


 俺は席を立った。

 こんなことをしている場合ではない、どうにかここから脱して事態を解決しなければならない。


 アザトとリザードマンの信頼を獲得し、ア・ジールという栄光を見せてやりたい。

 彼が自分と俺を重ねて見たように、俺もアザトに可能性を示したい。


「サマエル……」


 なのに老人は苦しげに言葉を絞り出す。


「アンタたちはそればっかりだ。サマエルへの呪詛を連呼するばかりで、存在が呪詛そのものと変わらなくなっている。俺も復讐者の1人だが、その姿を積極的に見習いたいとは思えない。……俺は俺のやり方で復讐と夢を果たすからだ」


 老紳士は黙り込み、ただただくすんだ蛇眼で俺を見つめた。

 時間の無駄だ、あと約5ヶ月の間にやれるべきこと全てを実現しなければならん。


「53回目の生まれ変わりの果てに、君がどこへと至るのか、見守っている……。アウサルと……ユランの旅路の果てを……。君はいつか、真実を知るだろう。君がどこから来て、元々は何者であったのかを……」

「悪いが惑わされる気はない。俺は俺だ、穴を掘ることしか脳のないアウサルという、ただのヒューマンだ」


 俺の言葉を老人は哀れんだ。

 知ったかぶられていい気分などない。彼に背を向ける。


「魔石の谷を叩き壊せ。さすれば、増幅された力は分散し、狂気が収束してゆくだろう……。気をつけろ……アビスの民はいつだって機会をうかがっている……。全てに復讐するその時を……いつまでも……」



 ・



 白昼夢ということにしておこう。

 我に返ればあの黒い翼と宝珠が消えていた。

 だが強烈な狂気の波動めいたものはそのままだ。翼と珠は原因でなかったのかもしれない。


「谷を破壊しろか。無茶なオーダーをしてくれる」


 フレアマテリアルを装着した。

 そして1度に発揮し得る可能な限りの魔力を込めて、円状にスコップを力強く振るう。

 それからありったけで、めいっぱいに宝石の大地へと切っ先を突き刺した。


 激しい地鳴りが起こり、やがて谷そのものがじわじわと燃えだし始めた。

 炎は魔石を黒い煙と共に飲み込み、隣へ、隣へと延焼してゆく。燃えやすい組成で助かった。フレアマテリアル1つを犠牲にしただけはある。


「結局、原因の本質は見極められなかったか。……まあいい」


 火の手が強くなる前に去るべきだ。

 トンネルを経由して、俺はアザトの待つ入り口へと駆け戻った。

 サマエルはアザトの運命をもてあそんだ。アビスの怪物どもに呪われて当然の存在だ。

 ユランの裏切りはやはり正しかったのだ。


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