3-2 スコップで我田引水
砦の見晴らし台にグフェンがいた。
「首領グフェン、同志アウサルが良い話を持ってきたぞっ!」
「おい、いきなりハードルを上げるな、それは悪手だぞ」
いずれ持ちかけるつもりだったが最近ずっと慌ただしい状態が続いていた。
ラジールに半ば引っ張られる形で、俺はグフェンの前に立つ。
「アウサル殿にラジール殿か。ふふ……気に入られてしまったようだな」
「ワハハッ、そうなのだグフェン! 実はあの大ッ怪盗の晩、このアウサルに、我としたことが言い寄られてしまってなぁ~、グフフフッ!」
グフェンが気の毒そうに俺を見た。
彼の言葉は間違いなく俺に向けられたもので、そこには同情とか憐憫とか年寄りのやさしさが混じっていた。
「……グフェン、こんな慌ただしい時期に悪いのだが提案がある。ラジールの言葉は無視してくれて構わない」
「それはないぞ同志よっ?!」
いちいちなぜ詰め寄って来るのだラジール……。
そのやわらかな胸が軽く二の腕に触れて、俺は半歩横に距離を取らされた。
「それで良い話というのは……?」
見かねてやさしいグフェンが話のレールを元に戻してくれた。
昼間のグフェンはレジスタンスのリーダーらしく落ち着きはらって冴えている。
夜が来るとこれがいい加減になるようだ。
「簡単な話だ。俺のスコップで侯爵の荘園から水を盗もうと思う。その水があればここを豊かに出来る」
「敵を弱らせこちらを富ませるか、素晴らしい考えだ」
「そうだろそうだろっ! 同志アウサールッ、水を盗むとは奇想天外キテレツな発想だが実に良いっ、我は気に入ったぞ! ぜひ手伝いたいっ!」
繰り返す、夜はいい加減だ。
しかし昼のグフェンは思慮深い。
なのでまだうなづかずに考え続け、やがてそのただでさえ真っ青な顔を曇らせた。
「……だが、だが万一でもその流れをたどられたらことだな。いささか危険過ぎるのではないか?」
「そ、それはまぁ……うむ、一理はあるな。なら、どうするのだ同志アウサルよっ?!」
一方のラジールは相変わらず自分で考えない。
いや考える頭はあるのだが、今使う気などさらさらなかったらしい。
「なら奪うのを止めてよそから水を引けばいい」
すると見晴らし台にフェンリエッダがやって来た。
風にその金髪をなびかせて、俺の隣に立ちグフェンに考えをうったえる。
「グフェンは昔話してくれた。かつてあの山の向こうから水を引こうとしたのだと」
「……そんなこともあったな」
それから見晴らし台から西の山を指さした。
連山となって勾配が続くその先に、確かに水が存在するのだと。
「実はな、あの先に湖があるのだ。話したのはまだエッダがここに来てほどない頃だ。こんなことまで覚えていたのだな……」
「そうかっ、ならばそこから水を引いてしまえばいいのだなっ!」
そう焦るなラジール、そう簡単に出来るならもう水路が出来ている。
都合良くいかない事情があるのだ。
「何が問題なんだ?」
「うむ……昔の話だ、当時試みたがいくつかの問題があった。だがそれは……アウサル殿の存在により過去形となる部分もある」
グフェンが算段を考えつつ語ってくれる。
その表情にいくらかの希望が浮かび、銀髪をそよがせこちらに微笑みを浮かべた。
「まず地形だが、水を引こうにも山々が立ちはだかっている。当然だが水は高所に流れん。……我々の手でどうにかできる勾配ではなかったのだ」
「ああ。ニブルヘルは過去に水路作りを試したそうだ。だが山を崩そうにも岩盤があまりに硬く断念したとグフェンが言っていた」
「ワハハッ、そんなもの我が同志アウサルならば造作もないことではないかっ!」
うぬぼれになるがラジールに同意する。
そのくらい邪神ユランのくれた力でどうとでもなる。
「いや、さらにもう1つの問題がある。……あの辺りは桁外れに凶暴な魔物が生息するエリアでな。工事を進めようにも戦いながらとなり……仮に水路を造ったところでそれを維持出来ないのだ……」
何を悩んでいるかと思えばそんなことか。
グフェンはやり手だが老人だな。どうしても常識が先行する。
「……全てを地下に収めてしまえばいい。地上施設は水門部分だけにとどめ、後は崩れない地下道さえあれば何も問題ない」
そんなこと出来るわけない。
そう言い出す者など最初からここにはいなかった。
彼らは現在進行形で理解していたのだ、スコップの素晴らしさというものを。
期待の瞳がアウサルに集まる。
俺が大胆不敵にそれへと笑い返すと、彼らが夢と希望をその胸に抱いてゆくのが見えた。
「本当か? 本当に出来るのか? 私は今の言葉をもう心の中で信じてしまっている……。今さら出来ないなんて言ったら怒るぞ!」
「フフ、エッダよ。この男を何だと思っている、我が闘争を彩る竜眼の男、大怪盗の片割れ同志アウサルであるぞっ!!」
グフェンは落ち着き払っていた。
見晴らし台に流れる風を涼しげに浴びながら、遠く遙かな西空を眺める。
そこには彼が過去に涙を飲んだ、水という名の希望があった。
「俺に任せてくれ。ただ今回ばかりは俺1人では無理だ、人手を貸して欲しい」
叶えてやってもいい。
それがユランとの盟約でもある。
何より俺はこの地がさらに富む姿を見たかった。
認める他にない、俺はここニブルヘルに愛着を覚えてしまっていると。