18-06 呪詛の果てぬ谷底 汚れた灰にまみれたもう1つの意志 1/2
モグラはモグラらしく地中に潜伏し、小さな空気口を各所に用意した。
少し予定と異なることになったが段取りに変更はない。空気口の必要数がそれ相応に増えただけだ。
「どちらにしろアンタ、あの陥没の中心地には来れないんだろ。なのになぜついてきた?」
神に運命を弄ばれた男、黒い竜人アザトだ。
願いを歪められ不老になったという部分では、インテリジェンス・ハンマーのブロンゾとの共通点も見える。
鍛冶師ブロンゾをハンマーへと変えた異界の神も、サマエルのような傲慢な悪意を持った存在だったのかもしれない。
「せめて帰り道くらいは責任を取りたい。アウサル、会って短いが、自分はお前を信頼することに決めた。だからどうか頼む、これ以上我が子らが正気を失い、殺し合いを繰り返す前に……。谷に襲いかかったこの狂気の原因を突き止めてきてくれ。自分はお前に賭ける」
「わかった。けどアンタにまで狂われては困る、その武勇が敵に回ったら俺はまず勝てない。よってヤバそうならすぐに帰ってくれ。……そこの壁はアンタでも崩せるはずだ、内側からならな」
とにかく話はついた。
俺はアザトを閉じた入り口に残してスコップを振るった。
サクサクと壁を切り取っては圧縮して下り道を造ってゆく。
赤色の乾いた土だ、何も問題ない。
「む……これは……」
ほどなくして妙な鉱物が混じりだした。
紫色に光る怪しい原石の塊だ。
カンテラを当てると内封物も少なくよく澄んでいる。
「魔石、しかも高純度のものか。こんなものを食って生きるとは、面白いが理解しがたいな……。もしかして美味いのか? ……なるほど、硬い、泥の味しかせん」
小さいものを原石から切り離して回収した。
スコップがあれば麦のかゆをスプーンでより分けるようなものだ。
「ふぅ……。だがまいったな」
進むほどにその魔石の数が増えていった。
いや、深部までやってくるとトンネル全ての壁が魔石の塊となっていた。
赤いカンテラの明かりが宝石の向こう側に飲み込まれ戻ってこない。
まるで自分が暗い海の中にいるかのようだ。不可思議な情景は現実感を俺から奪った。
「害がなければ神秘的、の一言で片付くのだがな……」
手を止めて少し考えることにした。
アビスの狂気の発生源に巨大な魔石の鉱床があった。
元々は平地で、それがある日を境に大陥没へと変わったという。
やはりこの魔石そのものが狂気の発生源だろうか。
魔法の素養のない俺であっても、この鉱床が異常な何かを放っているのがわかる。居るだけでゾワゾワと胸が騒ぐのだ。
「……わからん」
だが結論が出ない。
俺はその鉱床をスコップで貫き、砕いて圧縮し切れないものを床にしきながらくだんの中心核を目指した。ジャリジャリと崩れた魔石を踏み鳴らしながら。
宝石を壊して進むこの行為、なんてもったいないことだ、罰が当たりそうだ。しかし原因がこの鉱床そのものだというならこの破壊に意味がある。
トンネルはやがて地上部に繋がった。
再び俺を濃霧の空の下へと戻し、狂気の中心核とアウサルは出会った。
「驚いたな……」
そこは一面が宝石の山――いや谷だった。
大地の全てが紫の魔石へと結晶化していた。
一般的に鉱物由来の宝石は超高密度に圧縮された物質だ。やはり大地の陥落はこの地の結晶化が原因と憶測できる。
夜の水面に立つがごとく足下は深く透き通り、底知れぬ深さまでそれが続いていた。果てが見えない。
「あの辺りが中心か」
谷の中心核はすぐに判別できた。
最も深い場所を中心にすり鉢状の地形が出来ていたからだ。
何かあるとすればそこだろうか、俺は警戒をしながら最中心核へと歩みだす。
アビスの力が強すぎるのか、その地には生物どころか死骸1つない。雨水1滴すら溜まっていなかった。
「これは、翼……? なぜ……」
中心核の底にて奇妙なものを見つけた。
1本の黒い羽根と、瞳のある赤い宝珠が結晶の中に眠っていたのだ。
そこでしゃがみ込んでよく観察してみると……どこからともなく声が耳元で響きだす。
それがアビスからの声であることは簡単に判別できた。
「サマエル……裏切り者め……」
「サマエル……許されざる反逆者……」
「サマエル……殺してやる……」
「我らのいと高き玉座を……」
「サマエル……愚かなるさんだつ者め……」
「なぜこんなことに……」
「殺してやる……殺してやる……」
「サマエルに味方するもの全て……全て殺してやる……ッ」
アビスの黒伯爵も似たようなことを言っていた。
目の錯覚か、足下に広がる宝石の海の向こう側に怨霊の顔めいたものが浮かんでいる、ように見えてくる。
ここは狂気の発生源、狂気の中心核、アビスに限りなく近い場所、何が起きても不思議ではない。
「もしや原因は……この翼と宝珠か……? ならばこれ以上妙なことが起きる前に片付けてしまうか」
そう決めつけて俺はスコップを大地へと突き刺した。
バキリ……切っ先が結晶を切り砕き、珠と羽根に触れかけた。その途端、俺は急なおぞけを覚えた。
いや違う、それだけじゃない。
「ぅ……っ、ぅ、ぅぅ……なん――」
こんな場所であるというのに俺は倒れ、情けなくも気を失ってしまっていた……。