18-02 予定外の種、最果ての世界に住まう者 1/2
リザードマンは鱗に全身を守られた強い種だ。
そのせいもあるのか、彼らの街は文化的とは言えない。いささか聞こえが悪くなるが、作り出された種たちが最初に迎えるという時代、原始時代とさしてかわらない有様だった。
ところが長とやらの住居にやって来るとその印象が変わった。
穴ぐら住まいながらもそこに人の生活があったのだ。
岩肌の地面に敷物がひかれ、白き死の荒野のアウサルに近しい住宅環境を持っていた。
驚いたのはそれだけじゃない。
リザードマンの長と俺は対面した。そしてその容姿がこちらの予想とはまるで異なるとくる。
ソイツはトカゲなんかじゃなかった。
竜だ。竜に似た姿をした人型の存在、黒い鱗に紫の竜眼を持った見たこともない種族だった。
だが同時に納得も出来た。
リザードマンが過剰な敵意を見せなかったのは、俺の瞳が長の瞳に似ているからだと。
「ヘッグ、いつものように母を頼む」
「ワカッタ。ハハ、コッチ、ゴハン、ゴハン食ベヨウ」
それと長の背中に場違いな姿を見つけた。
その子はどう見たってヒューマンとしか思えない赤毛の女の子だ。
表情はあどけなく無垢そのもので、目と目だけで長と別れを告げて退室していった。
「よく来た。自分の名はアザト、ここの長をしている」
「こちらこそ急に押し掛けてすまない、俺はヒューマンのアウサルだ」
初対面にしてさらに状況が状況だ、アザトは俺を警戒していた。
だがヒューマンという単語に彼は笑う。いやその笑いがすぐに消えていた。
「ヒューマンか、ならばお前とは最初からあい入れないな」
「まあそう言わず話を聞いてくれ。俺はヒューマンだが、亜種族たちの味方をしている。いきなりだがアザトよ、こうして出会ったのも縁だ、俺たちの国、ア・ジール地下帝国に加わらないか?」
俺たちとリザードマンはきっと同じ立場だ。
彼のあい入れないとの言葉が気になったが、仲間になれると信じて誘うことにした。
「ア・ジール……聞いたことがないな」
「つい最近出来たばかりだからな。アザト、そこは多くの種族が争わず平和に暮らす理想郷だ、俺はそこから来た」
ア・ジールの存在はその目で見なければ信じられるものではない。
何もかもが絵空事じみているのだ。だから俺は真摯に、嘘は吐いていないと誠実に彼に言葉を投げかけた。
「半年後に勃発するある決戦に勝利すれば、今よりずっとマシな時代がやって来る。ヒューマンに脅かされることのない時代がな。ア・ジールはアンタたちを歓迎したい、どうかその頼もしい力を貸してくれ」
到底これを信じるとは思えない。
けれど真実だ、ア・ジールの実在も、半年後に亜種族の未来がかかった決戦が起こるということも。
「……そんな理想郷があるはずがない。種族が争わず平和に暮らすなど……そもそもな、アウサル。リザードマンたちが必ずしも他種族との交流を望むとも限らないだろう。容姿にしても性質にしても、あまりに自分たちは違い過ぎる」
そんなものは覚悟の上だ。
とにかくこちらは勝たなければどうにもならない。
予定に無かったが俺は確信した、彼らは大きな戦力になる、仲間になってもらいたい。
「この最果ての渓谷、そこにある穴底で静かに暮らす限りでは、自分たちはもう数百年は安穏に暮らせるだろう。……その戦いに、我々が今加わる理由が無い」
アザトは聡明な長だった。
間違っていない。同族の命を賭け金に、利益の薄い戦いに加わるのは無計画だ。
「確かにそれも1つの事実だろう。だが、今エルキアを止めなければ、いずれその悪しき思想は世界中に広がり、亜種という亜種は滅ぼされる。その数百年後に、ヒューマンの国がこの最果てにやって来た頃にはもう遅いのだ、いずれ根絶やしにされるぞ」
だがどうしたことだろう。
俺に失言があったのだろうか、黒い竜人が不機嫌に背中を向けた。
ここは最果て、事情も何もかもがこちら側とは違うというわけか。
「滅ぼされる……。だから、それが、何だというのだ。人の姿をした竜人よ……」
アザトから暗い情念が燃え上がった。
それは推し量ることが出来ないものだ。何か強い思いが彼から放たれ、けしてこちらを振り返らなかった。
「お前らにはわかるまい、彼らリザードマンの無念が……」
「……それは、どういうことだ?」
「巨人、獣人、有角種、エルフたちにヒューマン。この連中と我々には、決定的に異なる部分がある。それがお前にわかるか……?」
「さてな」
唇に手を当てて考えるそぶりを見せた。
……すぐにある回答が頭の中に浮かんだ。しかしそれを言葉に出しかねる。
リザードマンの無念、それは――歴史の表舞台に立てなかったこと。
これを口にするのはアザトの気位を配慮すればまずかったのだ。
「言ってくれ……お前の答えが聞きたい」
「……そうか、ならば遠慮なく言おう」
その黒い竜人がこちらに振り返った。
鱗におおわれた、リザードマンより少し小さいが十分過ぎるほど大きな身体だ。
「リザードマンは歴史の表舞台に立てなかった。俺の知る限り、歴史の中にアンタたちの姿はない。だからこそ俺はアンタたちという予想外の存在に驚いた。……最初の交流に成功したからいいものの、出会い方が悪ければ俺たちはアンタたちを怪物と見なしただろう。……アンタたちは、地上から忘れられている」
その巨体がうなづいた。
閉じられていた竜眼を開き、俺と強い視線を向け合う。
「そうだ。だが不正解だ、惜しいがそうではない」
「ならば教えてくれ、何が不満だ。俺たちとアンタたちは何が違う」
彼はすぐに返事を返さなかった。
何かを考え込んでか目線をそらし、思考がまとまるまで戻さなかった。
「……その身体だ。その姿が自分の心を動かしたと思え。アウサル、お前からは同じ匂いがする……。ヒューマンだとお前は言い張るが、俺からすればとてもそうは見えない。アウサル、お前は、どちからかというと我々の側の生命だ……」
アザトの言葉が俺の手足を固く硬直させた。
アウサルは、リザードマンたちと変わらないと彼は言うのだ。俺はそれを否定しきれない。
「人に追われ、恐れられ、ありもしない決め付けで忌み嫌われる……。わかるぞ、だからこそ聞いてくれ、アウサル、我らの無念、それはな――」
アザトの心が理解できてしまった。
同じ異形を持つ者として交渉ごとだというのに俺は共感してしまっている。
そんな俺へと、悔しげに黒い竜人アザトは言った。
「選ばれなかったことだ、ただの1度も……」