18-01 蜥蜴の国カスケードケイブ
前章のあらすじ
救援に散じてくれたライトエルフと獣人の歓迎の宴が開かれた。
人々は大いに羽目を外して酒宴を楽しむ。
ヤシュとダレス、ジョッシュ、ラーズ少年が引き合わされ、男同士の信頼が結ばれた。
続いてアウサルがグフェンに会いに行くと、彼から先代アウサルの昔話が語られる。
先代は己と種族の存在意義を求めていた。何のために呪われた地を掘るのか、グフェンにだけ本音を漏らしていた。
その昔話からグフェンの仮説が導き出される。
アウサルの役目、それは邪神ユランを掘り当てることだったのではないか。
それを現アウサルが掘り当てた瞬間、呪われた地に生きるという呪縛が解けたのだと。しかし仮説は仮説、真実は闇の中。
それから日をまたぎ、アウサルは開拓支援のために石材調達に奔走した。
天使フィンは肉体的に同年代のラーズを意識せずにはいられない。反発が続く。
またアウサルの自宅にパルフェヴィア姫の妹君バロルバロアが現れ、フィンとの絆を結んだ。
ダークエルフ市民救出より20日後、西へと続く4本目の地下隧道作りが始まった。
それは呪われた地の地下深くを進み、有角種の隠れ住む最果ての地を目指す道。
神の呪いという懸念こそあったが工事は順調、だがア・ジール地下帝国にあのルイゼの兄サンダーバードが来訪する。
トンネルから帰国したアウサルはサンダーバードあらため、エルザスと盟友となり、彼と半年後の同時決起を誓うのだった。
タイムリミットは半年後、それまでに味方を増やし力を蓄えなければならない。
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予定外の種 選ばれることのなかった民の物語
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18-01 蜥蜴の国カスケードケイブ
その男の名をアザトという。
運命を弄ばれた者の名だ。
これなるは予定外の章、選ばれることのなかった民の物語。
巨人、獣人、有角種、エルフ、ヒューマン、それらサマエルの5種族と同一にして異質の――鱗を持ちし者たちによる薄闇の伝説だ。
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物語の世界では順風満帆で割愛されがちな旅路も、この現実世界では大小の予定外もそう珍しくない。
それがアウサルの掘り進める灰の地下隧道であってもだ。
これは当初の段取りには無い出来事だ、順を追って話そう。
アウサルの所領、白き死の荒野は果てしなく広い。
だが俺たちアウサルが西に向かうことはそうそうない。
まともに人が住める環境ではないのだ、死の荒野の西側、別称・最果ての地は。
食料が無ければ俺たちは生きられない。だから代々のアウサルはサウスとの境界に拠点を構えた。
これより目指すは有角種の国、まずは争いを放棄した彼らの結界付近まで近づく……そのはずだった。
とはいえしくじったわけではない。
俺は白き死の荒野の地底を掘り抜き、ついに最果ての地にたどり着いた。
死をもたらす土地を横断する、夢のトンネルが実現したのだ。
通常ならばエルキアを代表とするヒューマンの支配する北側の国々を抜けて、数々の妖しい辺境を越えなければたどり着けない厄介な場所だ。
だが、段取りにはない予定外が起きた。
俺は確かにたどり着いた、最果ての地に。
しかし俺が掘り抜いたその土地は、まるでア・ジールのように存在するはずのない別世界だったのだ。
「長、心配。オマエ、見テ、来ル」
「……ワカル。ダケド、オマエイケ、長、雌ハ嫌イ」
「ソレ、違ウ、何度言ウ、ワカル。長、雌、アソコデ、自分、近ヅカセ、ナイ」
といってもだ、ア・ジールみたいな奇跡がいくつも存在してくれても困る。
俺が掘り当てたその場所は洞窟、いや大空洞とでも呼べるような穴底の世界だった。
だが暗くはない、高い天井には到底届かないがぼんやりと地底を照らすものがあった。
緑色に光る不思議なものがカガリ火のように高く掲げられ、幻想的な情景を生み出していたのだ。
岩肌の地面は踏みならされてか滑らかで、その主――住民というのが今かすれ声で言葉を交わしている彼らだった。
「長、大事ニ、シテル。ハハ、大事。浮気、嫌ウ」
「ナラ、オマエ、見テ、コイ」
幸いまだ気づかれていない。
それはトカゲの肉体を持った人型の怪物だ。
背丈はヒューマンである俺の5割増しほどもある。鱗に包まれた艶やかな肉体が明かりにテカり、俺の好奇心をわくわくと刺激した。
俺は本の世界の中でこれを知っている。これはリザードマンだ。
冷血で凶暴、人と敵対しているというのが異界の書物での決まった相場だった。
「アソコ、穴、アル」
気づかれたようだ、ついつい観察に夢中になっていた。
さてどうする、穴を埋めて逃げるだけならまあ容易だ。
しかしな……ここは退路を守りながら、少しだけコンタクトを取ってみるか。
「穴、アルナ」
「アル。――?!」
3匹のリザードマンの前に姿をさらした。
緊迫の瞬間というやつだ。
彼らは俺の姿に硬直し、ギョロギョロとハ虫類の目をしきりに動かした。
腰の鉄剣に手を伸ばして俺を警戒していた。
「俺の言葉がわかるか? 俺の名はアウサル、落ち着いてくれ、こちらに敵意は無い」
「ハハ……」
「ハハ? ……母、それは俺がか? いやそんなはずはないな、俺はヒューマンだ、遠い国ア・ジールから旅をしてやって来た」
「ヒュー、マン……」
リザードマンがそのヒューマンという単語に強く反応した。
こんな最果てにまで来て彼らを迫害する者がいるとは思えないが、状況によっては少しまずい単語を使ったことになる。
「オマエ、ホントウ、ニ、ヒューマン、カ?」
「……ああ、だが敵意は無い。俺の所属する国ア・ジールは悪いヒューマンと戦っているからな。……アンタたちは、リザードマンで合っているか?」
3匹は剣から手を離さない。
まだ油断できない状況だ、彼らはしきりに俺の顔を見つめていた。
何せトカゲだ、表情が読めん。
「ソウダ。……ケド、オマエ、ヒューマン、違ウ」
「ヒューマン、目、違ウ」
「ハハ、似テル。長、似テル」
長という言葉に彼らが剣から手を離して向かい合った。
もしかしてこれは、あまり考えたくはないのだが、彼らがある見解に至った可能性がある。
「何を言う、俺はヒューマンだ、誰が何と言おうとヒューマン以外の何者でもない。……ところで長、とやらに会わせてもらえないか? その長に俺の話を聞いてもらいたい」
「カカカカ! オマエ、冗談、上手イ」
「ケケケ、カカカカカ! オマエ、ヒューマン、違ウ。長、近イ」
どうやら予想は正解だったようだ。不名誉だ……。
アウサルの蛇眼が俺をリザードマンの同類にしてくれた、といったところだろう。
彼らが何を言っているのか、細かな情緒がよくわからんがきっとそういうことだ。
「わからんやつらだな、ヒューマンだと言っているではないか! 俺をヒューマンと認めた上で、アンタたちの長に会わせてくれ。さて、俺は、ヒューマンだな……?」
俺よりずっとでかいやつらがしげしげと寄り集まってこちらを観察する。
ヒューマンと言え、認めて長に俺を会わせろ。
彼らは首を傾げたり、頭をかいたり、尻尾をくねらせて、困ったように顔を見合わせた。
「変ナ、ヤツ……」
「長、会イタイ、ワカッタ」
「付イテ、コイ。客ハ、長、喜ブ」
「アンタたちは強情だな。とにかく俺はヒューマンだな? とにかくヒューマンと言え」
重要な部分だ、しっかりと念を押した。
長とやらに話を付ければ、ア・ジールに思わぬ味方が増えるかもしれない。
彼らは外見こそ人という枠から外れるが、とんでもなく強そうだ。
その1体に目線を絞って見つめ合った。威圧したともいう。
「……ヒューマン、ダ」
そうだ、俺はヒューマンだ。
ヒューマンである俺が、リザードマンの長との交渉を行おう。ア・ジールにとってこれは思いもしないチャンスだ。