17-06 雷鳥来たりて、黙示録の始まりをさえずる 2/2
高台の傾斜面、開拓が面倒なせいで手つかずになった林に入った。
木漏れ日の中にサンダーバードと俺はたたずみ、ぼんやりと麓に広がる町と街道、青い小麦そよぐ開拓地を眺めた。俺はヤツが口を開くまで待つことにした。
「……昨日の夜から滞在してるけど、ここは素晴らしい国だな。あの異界の言葉を借りるなら、百聞は一見にしかず、といったところだ、実物に感動したよア・ジール」
「それは良かった、アンタにぜひ見せたいと常日頃思っていたからな、ここはまだまだ育つ、次に来る時を楽しみにしているといい」
漆黒の男サンダーバードは町を眺めるのに夢中で振り向かない。
その背中を俺は木陰に背をあずけて眺めた。彼は何か重大な目的があって来たに決まっている。
「で、内密の話というのは何だ」
「……ああ。だけどその前に謝るよ、シルバが俺の命令を無視して勝手をやったみたいだね。……だがどうにかなったようでホッとしている。この光景は、俺があの判断をしなければ見れなかったのかもしれんな」
ああそうだった、この男は本題をもったいぶる回りくどいタイプだったのだ。
……あるいはそれだけ、簡単には言い出せない話なのかもしれないが。
「まさかあのスコルピオ侯爵家がエルキア本国に反発する結果になるだなんて、予想もしてなかったけどね。ま、彼からすればダークエルフという労働奴隷の処刑、コイツは絶対受け入れられない話だったろう」
「元から滅茶苦茶な要求なのだ。本国さえ妙なことを始めなければ、奴隷経済の上にやつらはあぐらをかいていられた」
それがエルキア本国の不可解で不気味なところだ。
全くと言って計画性を感じない。
兵士を矢玉としか考えない戦略を選び、結果的にダレスとジョッシュの反逆をも招いた。
腐りきった結果の無計画なのか。あるいは勝算が他にあるというのか。ただただ不気味だった。
「そうだよアウサル、エルキアは、もう本格的にダメだ。俺もまさか自国の、しかも辺境とはいえ侯爵家の領地で、治外法権無視の虐殺を始めるほど狂ってるとは思わなかった」
「そうだな。こっちはやつらの狂気に慣れてきてしまって実感しづらいが、アレではあらゆる帳尻が合わん……考えが読めん、まさに狂気の行いだ」
今のエルキアは何をしでかすかわからない。
あらゆる道理を無視して、亜種族浄化という目的に突き進んでいる。
「この一件でエルキアは国内外に多くの敵を作っただろう。だがね、それでも現王らは止まろうとはしていない。どうも君たちを、絶対に根絶やしにするつもりらしい……」
エルキア上層部の情報を知るサンダーバード、恐らくはそれなりの位にある人間だ。
それがエルキアの狂気を肯定するということは重大な意味がある。狂気という推測は真実だったのだ。
「なぜだ……一体彼らが何をしたというのだ」
「さてね、そんなことはさして重要じゃないのかもね。絶やせと求める者いて、それに従う者がいるだけさ」
言葉そのものは軽かった。
けれどヤツが振り返ると意味がそっくり変わった。
漆黒の男サンダーバードは笑ってなどいない。深刻極まりなく顔を青ざめさせて、覚悟を決めたのかその目が大きく開かれた。
「これを言葉にしたら、俺も君ももう引き返せないだろう。だけど言うよ、今日までの君の勇気と覚悟に敬意を示して、言おう」
彼は己の手のひらを見つめ、また俺に視線を向けた。
そこに情熱と決意が見えた。それと親愛と熱い希望も。
「俺はエルキアに反乱を起こす。決起は半年後、国と諸侯を東西に分けた大戦になるだろう。……アウサル、君はその混乱に乗じてサウスを取り戻せ。存在するはずのない地下帝国――君の発想は実に良かったがもう限界だ。さすがのやつらも気づく。だから、半年後に、俺と共に決起してくれ」
軍事決起を起こすそうだ。
追いつめれた俺たちからすれば朗報だ、加わらぬ手などない。
だがヒューマンである彼からすれば事情が異なる。国を正したいという願いから動いていると見えた。
「……この話をグフェンは了承しているのか?」
「まだだよ。1番最初は君に話そうと決めていた、なぜだか自分でもわからん。俺はグフェン殿より、アウサルに希望を見いだしているのかもな。現にこの国は君の起こした奇跡の上に成り立っている」
後半の部分には賛同できないと視線を外した。
決起は半年後、タイムリミットがついに示されてしまった。
「それと悪いがジョッシュを貸してくれ。ダレスは要らん、ジョッシュが欲しい。貸してくれたら結果的に君らの得になる」
「……ジョッシュはうちに必要な人材だ、おいそれと貸せるような器ではない。だが本人に今と同じ話をしてみるといい、彼がアンタについていくと言うなら俺は止めやしない。こちらもアンタらの動きに期待しているからな、今のままじゃエルキア全軍を相手にするはめになる、それは無理だ」
言いたいものを吐き出し終えたせいか、サンダーバードはひょうひょうとした普段のヤツに戻った。
ジョッシュの説得成功を早くも確信している顔だ。
「そうか、ならそうさせてもらおう。急げよア・ジール、半年以内にエルキアと戦えるだけの力を蓄えろ。このチャンスを逃したらやつらの狂気を止める方法は無いと思え。ジワジワと亜種族たちは削り殺され、ヒューマンの総意とはほど遠い悪意だけがそこに残ることになるぞ」
「それは言われなくともわかっている。半年後というのはいささか唐突だが……どちらにしろこの場所も露呈する、アンタの誘い、その同時決起に乗る他にない。こっちはもうやるしかないんだ」
露呈という犠牲を払ってダークエルフを救ったのは正解だった。
サウスを取り戻せば秘密はもう必要ない。
「そう言ってくれると信じていたよ、アウサル。では明日早朝にでもグフェン殿に同じ話をして帰るとしよう。……それと、それとだな、おほんっ」
「……何だ?」
何か迷いながらも彼が言葉を付け足そうとした。
言いにくいことらしい。長い黒髪の男が端正なその顔を困らせる。
「どうか、ルイゼをよろしく頼む……。俺は、君がルイゼを保護してくれているから戦える。だから絶対に負けるなよ。俺は君を信じている、どうかルイゼを守ってくれ……」
俺は返事の代わりに握手を差し出した。
すがるように彼はそれを握り返し、俺の竜眼を熱い信頼で見つめ続けていた。
「これで俺たちは盟友だ。さて、少し順序がおかしい気もするが、最後にアンタの名前を聞いておこうか」
「ああ俺はサンダーバードでも、ミッド・イエローゲートでも、ましてやア・ジールでもない。俺はルインスリーゼの兄、エルザスだ。我が盟友アウサルよ、以後このエルザスの反逆にお付き合い願おう、あの世の岸辺までな」
さらにエルザスはとある印章を俺にかざした。
するとなるほど、ルイゼがサンダーバードという名に反応したのも納得だ。
そこにはずんぐりむっくりとした鳥を模した、実に不思議な家紋が刻まれていた。
「どうだい、いけてるだろア・ジール?」
「……返答しがたいな。確かにアンタはサンダーバードだ」
ミッド・イエローゲート。
直接読んだことはないが、異界の有名な物語にそんなものがあるらしい。
お忍びの副将軍が旅をしながら世の中を正す物語だ。
「アンタ、異界の本に興味はあるか……?」
俺はこの日、生まれて初めて人に大切なコレクションを寄贈した。とっておきの物語を、盟友にして同好の士へ。