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17-06 雷鳥来たりて、黙示録の始まりをさえずる 1/2

 暗闇に包まれた安寧の世界に朝鳥が夜明けを告げるように、それは黙示録の始まりの予言だった。


 ・


 あの大脱走劇よりおよそ20日ほどが経っていた。

 たかが20日されど20日だ。まだ何もかもが解決には遠かったが状況は少しずつ好転している。


 まずア・ジールの開拓が当初の予定を超える爆発な速度で進んだ。

 トンネルより帰国するたびに耕作地が目に見えて広がり、荒れた大地に命が芽吹いていった。

 まだまだ不便ばかりだったが、それでも開拓民たちの瞳からは輝きが絶えない。誰もがこの夢の新天地に夢中だった。


 なぜならそこは誰にも奪われない自分の土地だからだ。

 夢にまで恋い焦がれた理想の世界を少しでも良くしようと、地上を捨てた移民者は日々を精一杯に生きていた。


 さて毎度のことながら少しだけ脱線する。地上の話もしておこうと思うのだ。

 スコルピオ侯爵が支配する地上サウスでは今、不景気と労働者不足にあえいでいる。

 奴隷農園を中心とした各産業が立ちゆかなくなり、わざわざ外国からヒューマンの奴隷を買い入れる動きが加速していた。


 結果物価がかなり上がることになった。当然ながらそれに領民は不満を呈した。

 奴隷に逃げられたのだ、奴隷たちを利用して利益を得てきた者全てが、己の積み重ねたツケを支払うことになっていた。


 そんな20日目のあくる日のことだ。

 西への地下隧道、その名も灰の地下隧道の開発工事を俺が続けていると、突然帰国を急かされる想定外の事態となった。


「はぁっはぁっはぁっ……あ、アウサル様ッ、グフェン様からの伝令です! ……雷鳥が現れた、急ぎ戻れ! はぁはぁ……意味はわかりませんが、それで通じると、お急ぎ下さい!」


 思わぬ人物が接触を試みてきた。

 ユランを頼ればダークエルフの伝令を疲労困憊にさせることもなかっただろうに、彼らにはなかなかそうもゆかぬ事情があるようだ。


「わかった。だがアンタの息が戻ってからだな。真上は呪われた地、1人取り残されるにはいささか恐ろしかろう」

「で、ですが……はぁっはぁっ、すみませんアウサル様……」


 雷鳥。またの名をサンダーバード、あるいはミッド・イエローゲート。

 俺を絶望の地下牢獄から救い出し、今日までの奇跡を成立させた大恩人、ルイゼの兄その人が、ア・ジール地下帝国に姿を現したという意味だろう。


 いずれ接触してくること自体はわかっていた。

 だが予定よりも早い、俺の想定ではヤツの決起はまだ先のはずだった。

 どちらにしろ危険を冒してわざわざこの地に現れたのだ、これは極めて重要な用件が待っているに違いなかった。


「ヤツは政務所だな?」

「い、いえ……それがどうも、アウサル様のお宅で待っていると……」


 忘れていた。あの男は妹を溺愛する兄バカでもあったのだ。



 ・



「そうなんだよぉ、小さい頃のルイゼはもう素直でかわいくてね、身長もこのくらいしかなくってさ! ああしかしねぇ、1つだけ困った悪癖があってだねぇ……」


 ドアノブに手をかけると聞き覚えのあるうざったらしい男の声がした。

 このしつこい語り口、間違いない、ルイゼの兄サンダーバードだ。しかし人の家で何をやってるんだこの男は……?


「お兄ちゃんのベッドで、粗相をするところだけはどうしてもいただけなくてね、おかげでベッドがもう……ま、それはいいのだがね、朝方に冷たい感触と共に起きるのはさすがに――」

「確かにボクはルイゼですけど誰ですか貴方、ボクこんな兄持った覚えありません、人違いじゃないでしょうか」


 何となく状況は察した。

 ルイゼには同情する、人前で妹の夜尿症を語る兄など、さぞやこんなもの持ちたくなかっただろう。


「まあまあルイゼちゃん。子供の頃はしょうがないわ」

「うん、フィンも少し前まではそうだったし。ええっと、ルイゼママにしたしみ、とか覚えるよ」

「というよりもだ、妹の前でこんな話をする兄など、私は一生持ちたいなどと思わんな。貴様が要人でなければ今すぐ殴り飛ばしているぞ、この、変態め」


 それは止めとけエッダ、サンダーバードは一応恩人、予想が正しければ超絶VIPだ。

 兄と妹双方への救いもかねてドアを大きく鳴らし俺は我が家に帰宅した。


「やっと現れたかアウサル、まったく……この男の相手は大変だったぞ……。グフェンの客でお前の恩人でなければ、とてもではないが、堪えがたい時間だった……」

「だけど悪い人じゃないと思うわ。お帰りなさい、アウサルくんっ」

「パパお帰り、このおじちゃんウザ面白いんだよー」

「みんなごめんね、こんな人でホントにごめんね……。はぁぁぁ、何で現れたの……来なくて良かったのに……」


 まあ何というか言葉もない。

 フィンにおじちゃんと言われて少しばかり悲しそうだったが、サンダーバードは俺の姿に明るく人懐っこいほほえみを浮かべていた。

 ルイゼと同じ黒髪の美形だ。妹と大きく異なる点があればどこか憂いや陰があるところか。


「いやぁ楽しい一泊だったよ。それじゃルイン、お兄ちゃんはそこのア・ジールと積もる話があるから、しばしの別れだ」

「……誰ですかそのルインって。貴方のような兄を持った覚えはありません、ボクはただの、アウサル様のお供ですから人違いです。夜尿症なんて……ずっとずっと前の話じゃないですか……もぅっ」


 ヤツはテーブルから席を立ち、玄関側の俺の前に立った。

 どうやら外へと俺を誘うつもりのようだ。


「ここじゃ話しにくい。君と2人だけで、内密の話が出来る場所に案内してくれ。帰ってきたところで悪いけどね」

「わかった、ついてこいイエローゲート」


 内密の話となると町外れの林あたりが良いだろう。

 よく目立つ黒髪の兄君を連れて人で賑わう町を横切る。

 やはり何かあって来たらしい、ヤツは口を閉ざして道中一言も喋らなかった。



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