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17-05 白き死の荒野横断計画、スコップ1つで呪いを断つ

「どうだ?」


 呪われた地に生きて入れる者はそうそういない。

 アウサルと、インテリジェンス・ハンマーのブロンゾ、それから神族であるユランに限られた。

 神の呪いと呼ばれる超高度の汚染が、生ける者全てに無慈悲なる死を与えるからだ。


 この呪いは元々ヒューマン以外の亜種族を苦しめるために撒かれた。

 されど毒は毒、限度を超した汚染はヒューマンすらあの地から遠ざけ、そこに住めるアウサルだけの領地となったというわけだ。


「ふむ……。集中するのでちと待て」

「頼む」


 ユランはその神の呪いを細かく感知出来るそうだ。

 そこで実験(・・)の検証に付き合ってもらうことにした。

 地図上の現在座標は呪われた地、その地底奥底だ。


 何度も掘り直すのも面倒なのでトンネルは下へ下へと緩やかに掘った。

 そうだ、俺たちは考えたのだ。通れぬなら、地下と地上を隔てる岩盤を分厚くしてしまえばいい。

 まあ悪く言ってしまえば、深く掘ればどうにかなるかもしれないという浅知恵でしかない。だがその浅知恵を実現する力が、俺の手元にあったのだから仕方がなかった。


「……ところでまだか?」

「落ち着きのないやつじゃな、まだだ。……と言いたいところだが今わかったぞ」


 待ち疲れて壁を背に座り込んでいると、ユランが突き立てたスコップの握り手に止まった。

 つまり俺の頭より高い位置から、赤き龍が俺を凛々しく澄まし顔で見下ろしていた。


「神の汚染度LV2、許容範囲内じゃ。住み着くならばともかく、通行だけならば全く問題無いと我が輩が保証しよう。我が輩の使徒よ、良くやってくれた、素直に言えば嬉しい」

「そうか、アンタにそう言われると俺も良い気分だ。こんなことならもっと早くに工事を進めておけばよかったな」


 結果に一安心だ、先が見えてきた。

 場合によっては今日までの汗水が徒労に変わる可能性もあったのだ。これで西に道が繋がる。

 完成すれば3方の中心にア・ジールが位置することになる。地下帝国のさらなる繁栄が早くも見えた。


「ところでアウサルよ。貴殿は以前言っていたな、エルキア王の背後に、顔のパーツの多い異形と、天使がいたとな」

「ああそのことか。荘園の管理を任されていた神父の証言だが、嘘をついて意味のある状況ではなかった、事実だろう」


 天使はともかく顔のパーツが多いというのがよくわからない。

 奇形を差別する気はないが、王が身の回りに置くには問題のある容姿だ。そもそもソイツは何者だというのだ。


「その神父は他に何か言っていたか? 例えば詳しい容姿などだ」

「容姿か……」


 天使は創造神サマエルの軍勢だ。

 それがエルキアの背後にいた時点で、かなり厄介な連中がからんでいることがわかる。


「天使には種類がある、格と役割がな」

「……。すまん、時間に迫られた状況だったからな、それは聞き逃していた。だがそうだな、きっと神秘性を感じる外見だったのだろう。だから来世でヒューマンになれるという、歪められた教義を広める気になったのだろうからな」


 容姿である程度の判別が出来るのだろう。

 ユランが俺の仮説にコクリコクリと竜の頭を小さく振る。

 考えに夢中なのか俺の顔を見てくれない。


「そうか。むぅ……やはりどうにも気になる……」

「ならばグフェンに命じたらどうだ。片腕の無い神父を捕まえて来いと」


「うむ……。だが貴重な諜報員をかようなことに使うのもなかなかな……。国内にはもうおるまい」


 ところでふと好奇心がわいた。

 ユランの思考を妨害してしまうことにもなるが、しかし現状結論など出しようがないだろう。


「質問だユラン、アンタにサマエルが封じられた後、それに使役されていた天使たちはどこに消えたのだ?」

「ん、そんなことか。天使の大半はサマエルの命令なくして動けぬ。よって天にて休眠しているはずだ」


 それはまたイメージと大きく異なるものだ。

 主なくして動けないだなんてまるで操り人形ではないか。

 自由奔放に動き回るフィンからは想像もつかない。


「ならばエルキアに味方しているのは、大半(・・)から外れる残りの連中ということか」

「恐らくな。……だが具体的な意思や自我を持った個体は珍しい。サマエルにとって天使は道具、道具に心などいらぬ。なのに命令無しで、どうあってそのエルキアの天使が動いているのか……。我が輩にはわからぬよ」


 そうなると別の疑問が浮かぶに決まっている。

 俺の知る天使はそこいらの人間より意思と自我を持っているからだ。


「フィンは特別なのか? あの子はアンタの話とはまるで符合しない」

「ああ、特別というより例外(イレギュラー)だ。クククッ……まさかあそこまで多彩な感情を抱くようになるとは思わなんだ。我が輩に抱かれ、貴殿らに育てられた影響かもしれんな。……通常の天使は、ただのサマエルの操り人形だよ。哀れという感情すらも我が輩が忘れるほどにな」


 そこで会話に満足したのかユランがまた深く考え込みだした。

 いくら待っても内面に浸り込むばかりで赤き竜は動かない。

 そこでユランからスコップを取り返し、やることもないので穴を掘り進めることにした。

 ここが通行可能という報告はユランに任せれば良いだろう。

 俺は黙々と進路の壁を崩し、圧縮してトンネルを固めて進み続けた。


「心当たりがないこともない」

「……天使の話か?」


 工事は順調だ、俺の穴掘り能力はかつてよりさらに成長している。あっという間にユランを置き去りに距離を引き離した。

 そこにユランが翼を羽ばたかせて俺に追いついた。


「うむ、有り得ぬ話じゃが……他に無い。悪の創造神サマエルが、サマエル自身を慰める為に生み出した、特殊な個体がある」

「それは……」


 それはまた身勝手な理由で命を生み出したものだ。


「歌と楽器を奏でる芸術と快楽の天使だ。その類には意思と呼べるものが感じられた」

「まるで奴隷だな」


 己を慰める者を己で生み出す。

 何とむなしい行いだろうか。自我無き軍勢を操り、理想の他者すらも自分で作り出せる存在。それは完璧どころか極めて危ういものに見えてくる。



「奴隷ですらないよ、あれはサマエルの愛玩動物のようなものだった。それも封印と同時に眠らせたはずじゃが……。中には逃げおおせた者もいたかもしれん」

「……具体的にはわからんが、ならばそいつらが今のエルキアを操っているとでも言うのか?」


 ある面で見れば、その愛玩用の天使たちはサマエルに生み出された種族たちと変わらない。

 どちらかというと立場で言えば今のヒューマンに近いかもしれない。


「うむ、どうもそこがわからんのだ……」

「わからんというのは、具体的にどうわからんのだ」


「哀れむがよいアウサルよ。やつらはな、ヒューマンよりなお脆弱な存在だ。不老だが争う力も意思も無く、知能も幼子同然のものしか持たない。……サマエルの愛玩動物に、そんなもの必要ないのだからな」


 そんな身勝手な存在を、わざわざ己の為に生み出すだなんて、つくづくサマエルというのは悪趣味だ。

 永久に生きる神々にとって弱き愛玩動物が必要だったのだろうか。

 隣にいたというユランたちよりも、けして拒まぬ都合の良い存在が欲しくなったというのか……。


「ならば、現エルキア王に取り入っている妙な天使様は、一体どこの何者だというのだ」

「フンッ、それは我が輩の方が知りたいぞ。……クククッ、どうもイヤな予感がする、暴走の原因に、墜ちた天使が噛んでいるとなれば……。いずれ人の戦争の枠には収まらなくなるぞ」


 それはもう予感としてあった。

 亜種族をただ滅ぼすために、人間を材料に生み出された鎧、ケルヴィムアーマー。

 獣人の国ダ・カーハを滅ぼしかけた生物兵器、アビスアント。

 それ以上のキチガイ兵器がやつらの手から出てきても何らおかしくない。


「ならば今からあの神父を捜させよう。ユランは帰って今のことをグフェンに伝えるといい、俺は工事を続けよう。しばらく帰らんと家の連中に伝言もよろしく頼む」

「わかった、貴殿の主たる我が輩に任せよ。クククッ……たまにこの翼で弁当くらいならば運んでやる。光栄だろう、だからせいぜいがんばるといいぞ」


 ユランはいつだって口振りだけは高慢だ。

 けれど誤解無きよう使徒である俺が訂正しよう、邪神様の声色はことの他やさしく人情味にあふれていた。

 サマエルとその操り人形たちとは対局だ。


「ああ、西へと続くこの地下道が完成すればゼファーの願いが現実に近付く。戦いを放棄して、ただ1種族だけ結界の中に閉じこもった有角種、彼らを日和見の立場から現実の世界へと連れ出そう」

「……そうじゃな。それはアウサル貴殿にしか出来ないことだ。我は間違っていなかった……貴殿で良かった。貴殿は、いつだって我の反逆を肯定してくれる……」


 トンネルの中だ、ユランの小さなつぶやきもよく耳に届いた。

 けれど俺は聞こえなかったふりをして、ただただ己の役目を無心に全うするとこにした。

 西へ、西の最果ての地へ。そこにゼファーの願いと、世界を捨てた種族がいる。


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