3-1 インターミッション:大泥棒の成果
前章のあらすじ
アウサルは女豪傑ラジールと出会う。
ラジールはニブルヘルの客将、そのライトエルフの彼女と共に悪徳商人ポコイコーナンの屋敷地下を掘った。
無事に悪党の宝物庫へと地下道が繋がると、アウサルら義賊たちによる強奪が始まる。
ところがその宝物庫にヒューマンの少女ルイゼが監禁されていた。
やむなくその謎の少女ルイゼをニブルヘルの隠し砦に連れ帰り、その処遇に悩むことになる。
結果グフェンの強引な取り決めにより、ルイゼはアウサルの召使いとして彼を支援することになるのだった。
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3-1 インターミッション:大泥棒の成果
架空の怪盗ア・ジールの名はサウスの町を震撼させた。
あの晩よりもう5日が過ぎていたが、いまだ町ではこの事件の噂で持ち切りだった。
悪徳商人ポコイコーナンはショックのあまり熱出してうなってるそうだ。
そのまま死んでくれれば良いのにと、誰もがひそかな陰口を口々にしている。
奪われた莫大な富、被害者の悪名、それから邸宅外壁に刻まれた朱色の犯行声明。
癒着と恐怖政治に苦しむ人々にとって、今やそれは心を慰めてくれる痛快な語りぐさとなったのだ。
何より、かの声明が強烈で豪快だったのもある。
[屋敷の穴底を見ろ それがお前の墓穴だ
大怪盗ア・ジールここに見参]
もうお察しの方もいるだろう、実行犯はラジールだ。
あのはた迷惑な女は現場の判断とやらで鈍い荷馬車から一時離脱して、勝手なアドリブで声明と名乗りを上げてくれていたのだ。
怪盗の名は一応ラジールとアウサルを組み合わせたそうだが、俺要素1文字だけというのはどういうことだろうか。
手柄をこだわるつもりはないが、歌いまくって邪魔ばっかしてたアンタがちゃっかり3文字分……いや、いやもういいか……。
あのトンネルでのことはあまり積極的に思い出したくはない……。本当に何なのだあの女は……。
……まあ、ともかくだ、報告を続けよう。
奪った黄金は潰してしまえばそのまま取引に使えた。
だが問題はその他もろもろだ、盗品であることもあって少々扱いが難しい。
今頃ヤツらは必死で市場に盗品が出回るのを監視していることだろう。
よってそこから出所をたどられてはたまらない。
なので後日外国からソレ専門の商人を招くことになった。
つまり何が言いたいのかといえば、ニブルヘルの財政面が大きく好転していってるということだ。
そこにはもちろんアウサルの財宝も一役買っている。個人的にはその点も忘れてはならない。
まあともかく資金面に大きく余裕が出来た。
前々からどうにかしたかったが、金が無いので先延ばしにしていた部分。そこに人々の手が回っていった。
ニブルヘルの生活が目に見えて改善してゆく。
その様に俺も構成員の1人として喜ばないわけがない。
山と森に囲まれた隠し砦は、今や生き生きとした活気に包まれていた。
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「とまあそういうことだ! 我が軍の勢いは今やグングン成長期! 近いうちに兵の増員も予定しているっ、おおアレを見たまえアウサールッ、ボロだったそこの井戸も修繕によりピカピカリンリンであるぞっ!!」
それでさっきからラジールの長話に捕まっていた。
兵舎付近の散歩は控えた方が賢いようだ……今後は気をつけよう。
「大げさだなアンタ。……確かにあそこの井戸、桶に小さな穴開いてて不便だったけどさ」
金の力というのは恐ろしい。そして素晴らしい。
水くみ当番も不便が無いというその幸せを、毎朝噛み締めていることだろう。
「それだけではない! 我々のもたらした財宝は朝昼晩のご飯を豪ッ華ッにしてくれたっ! レジスタンスとはいえ食事が貧しくては戦い続けることなど出来ないっ、士気や健康面にも影響する憂慮するべき事態であったのだっ! ……おい聞いているかアウサルッ!!?」
「アンタここで聞いてないって答えても、勝手に喋るたまだろ……聞いてるよ。一応な」
食糧事情も改善した。
ここの食事といったら山菜入りのかゆに、お情け程度の魔獣肉が付くだけだった。
「ククク、何だわかったぞ、そういうことか。……貴様、かわいい女の子と話すのが苦手で、照れているのだな?」
「……ああ、もうそれでいい」
それに焼いたパンと追加の肉が増えた。
町より小麦を買い入れ、狩りの人員を増やした結果がコレだそうだ。
「そうだ、あちらを見ろアウサル!」
「……今度は何だよ」
「貴様のもたらした財宝を使って、実は農具を追加購入させたのだ! ……グフェンが」
練兵所からは遠かったがかろうじて農地が見えた。
新品の農具によりあちらの方も絶好調、効率が上がったので人員を他に回すことが出来たそうだ。
「何を隠そうっ、我々は農具を買う金にも困り果てていたのだ! どれもこれもガタガタだったが騙し騙しに使い続けていたわけだなっ!」
「剣買う金はあったくせにな」
「当然だっ、我らはレジスタンスが本業だからな!」
金が無いとこうなるという例だろう。
確かに農具を優先すれば畑仕事は楽になるが、余剰食糧は穀物庫と腹に消える。金には変わらない。
「さらに!」
「って、この話まだ続くのか?」
「当然だ! 同志アウサルは今や幹部にも等しい金づるだっ、知る権利と義務がある! 何より意中の我とお話できて、同志アウサルも幸せいっぱいに決まっているからな、ガハハーッ♪」
まだまだ続くらしい……。
意外にもこのライトエルフのラジール、ただの猛将というわけでもなくこういった軍略面の話が大好きらしい。
なにが楽しいのか瞳を輝かせ、生き生きとツバをとばしながら語りまくる。
……つか金づる言うなよアンタ。
「グフェンは諜報面を重視していてな、そういった人材をこれまで育ててきたそうなのだよ」
「ああ、それはわかる。おかげでポコイコーナンの財宝を根こそぎ奪い取れたのだからな、俺たちだけではああもいかなかった」
桃毛のラジールが満面の笑みを浮かべる。
よっぽどあの宝物庫破りがお気に召したらしい、道を踏み外さないかちょっと心配だ……。
もしまた似たようなことをすると教えてやったら、喜んでコイツはまた衝撃的な犯行声明に一躍買ってくれるだろう。
「だが金が無いということはそういうことだ、せっかく育てた連中を他に回すはめになっていたのだ。これからは期待してくれていいそうだぞ」
「……そうか。ではそろそろ俺は行く」
しかしもう話し飽きた。
いい加減うっとうしいので彼女に背を向ける。
「待てまだある」
「……勘弁してくれ」
だが回り込まれた。
話の長い女の子からは逃げられないのだ。訂正、コイツは女の子じゃなくて、女・豪傑。
「待て待て同志アウサル♪ そうモジモジしながら逃げなくともよいではないか、フッフッフッ~♪」
「アンタな、話長いんだよっ! せめてもう少し穏やかな話題はないのかっ!?」
「サウスの町では武器防具の流通が制限されているのだ。レジスタンスの手に渡るのを警戒しているのだな。……ん? 同志は我の武勇伝の方が聞きたいのか?」
つくづく人の話を聞かないやつだ……。
首を横に振って否定する。武勇伝なんて始まったらますます終わらない。
練兵所の中途半端なところで、なんでこんなとっちらかった話を続けなければならないのだ……。
「そうか。ああ、それでだな。そのせいで我らは西方の国々より装備を取り寄せるはめになっている。……これが高い。金さえ払えば確実に良い物が手に入るが、足下を見られているのだよ」
「それは……。自作出来ないのか……?」
ダークエルフの技術力は金属加工に疎いとは聞いている。
その代わり魔法具に関する部分はかなりのものだ。
「無理だ、装備の性能は戦局を左右させる。粗末な武具では侯爵の軍には勝てん。……だが安心しろ同志アウサル、金ならまだある! 月齢が2周する頃には、精強にして最強のニブルヘルの部隊がさらに最強に強まっているだろうっ!! ……出来ればもっと金が欲しいところだが」
「ニブルヘルはとんだ金食い虫だな。……まあ無理もないが」
最終目標はダークエルフの国を取り戻すこと。
今の植民地政府そのものを倒そうというのだ、いくらあっても足りないに決まっていた。
「金だけじゃない。ここにもっと作物の育つ土地と、せめて水があれば町のエルフを農夫として呼び込めた。ままならないものなのだ、ここでは全てが足りない、いくら稼いで収穫しようとも、何もかもが足りなくなるのだ!」
ラジールは水と土地を所望した。
客将だというのに、彼女はここニブルヘルの隠し砦を本当に大切に思っている。
その姿は、目の前にいる都合の良い奇跡の男に、プライドを捨てて苦しげにすがるようにも見えた。
「水については考えがある」
「本当かアウサルっ?!」
ラジールという見た目だけ可憐な少女が、興奮と共にこちらに詰め寄った。
直情的なその瞳が彼女お気に入りの竜眼とやらを見つめてくる。
俺は、彼女同様に自分がここニブルヘルにのめり込んでゆくのを感じた。
精一杯現実にあらがおうとする彼らの姿、それはお気に入りの財宝のように輝いて見える。
「……簡単だ。水も盗んでしまえばいい」




