17-03 人口爆増、躍進の地下帝国 1/2
人が大幅に増えることになった。それも元々の予定になかった突発的な事態だ。
そうなると当面の問題から解決しなくてはならない。
つまりは移民のための住居の建設と、食料供給の安定化およびそのための開拓を急ぐ必要があった。
作物の中では小麦が最も収穫率が高い。
だが半年も収穫を待ってはいずれひもじい思いをすることになる。
よって栽培スパンの短い芋やカブ、ある程度放置しても勝手に育つ粟が積極的に植えられた。
しかしそれも一時しのぎだ。
俺たちはこれから出来るだけ急いで、増えた人口の帳尻合わせをしなくてはならない。
人が生きるには畑が要る、開拓がそれだけ加速することになった。
とはいえ正反対のことを言うがア・ジール地下帝国は豊かだ。
食料の備蓄もまだ焦らずに済むくらいには余裕がある。
増えた人口がその備蓄を食い尽くすことが決まっていたとはいえ、もう2、3ヶ月はこれまで通りの食生活が約束されていた。
そこで俺は俺が選んだ、俺に一番向いた開拓支援を行うことにした。
それはスコップを用いた農地の開拓ではなく――地下帝国の壁を削り落とすという、ユランの使徒アウサルにしか出来ない事業だった。
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「よいしょ、よいしょ……。ねぇパパ、フィン偉い? ねぇねぇ偉い偉いー?」
「ああ偉いぞ、おかげでみんな大助かりだ。さすがの俺も、高いところにはまるで手が出せんからな」
最初は移民たちのために突貫工事の土蔵住居を造って回った。
だが土蔵は土蔵だ、味こそあるが石材の住居にはやはり劣る。
「ラーズより?」
「ああ、ラーズより助けになっている。なにせヤツは飛べんからな」
「やった! フィン、ラーズには絶対負けないよ。手柄はママたちに譲れるけど、ラーズにはあげない」
「……そうか」
そこで俺は地底に位置するここア・ジールの岩盤を削り、ささやかなる領土拡大ついでに建築石材を用意して回った。
こうしてフィンに背中を抱かれながら絶壁をスコップで刻み、それをそのまま石材として削り抜くのだ。
ああそのスコップだがいつものやつじゃない。以前ルイゼが作った3振りうち1つ、槍のように刃先の長いやつに今出番が来ている。
「フィン、あれは悪いやつではないぞ」
「知ってる。でもラーズは気に入らない、ジョッシュの方がカッコイイ、ダレスのがやさしい、ブロたんの方がずっと面白いもん」
なるほど、鍛冶ハンマーのブロンゾは面白おじさんポジションだそうだ。
ダレスはやさしい、そこには俺も同意だ。
彼が善良な人間でなければ、当時のフレイニア侵攻軍はよりえげつなく非人道的な方法で俺たちを苦しめただろう。
「ラーズも若いなりにやさしく、それにがんばってると思うが……まあいい、そろそろ休憩しよう」
「うんっわかった! ……ラーズはやさしいんじゃなくて気が弱いだけだよ、確かにがんばってるけど、フィンだってがんばってるもん」
脱線したが、出来上がった石材は各地に運ばれ建材として組み合わされる。
最後のひと突きで石材を一気に抜き取ると、フィンが俺を地上へと下ろしてくれた。
崩落の危険のある絶壁を離れて、未運搬の石の上に俺たちは腰を落とす。
「ねぇパパ、フィンのお手伝い助かってる?」
「ああもちろんだ。フィンがいなければ、いちいち足場を確保しなければならなかった。……その分の手間と人員を他の事業に回せるのだ、お前は1人で何十人分もの働きをしてくれている」
「ラーズよりも?」
「ふっ……またラーズか、アイツがそんなに気になるか?」
外見上の年頃が近いのだ、意識してもおかしくない。
好意の裏返しではないかとルイゼが言っていたが、あながちそれも否定し切れない。
「だって……だってフィンもみんなを助ける戦いに参加したかった……。なのにラーズばっかりずるいよ!」
「それは絶対ダメだ。お前はまだ生まれたばかり、エッダも俺も、ここに住む誰1人としてお前を戦争に加えるつもりはない」
「でもパパが……あのダサいラーズまでがんばってたのに……フィンはずっとお留守番だった……。ホントは、パパともっとお喋りしたかったのに……」
「それは違う、ラーズはあの若さで戦いを義務付けられているのだ。戦わずに済むお前は幸せなんだ。お……」
そこによく見覚えのある人影がやってきた。
フィンと同じくらい小柄で、だがフィンの影響か一皮大人になったルイゼだ。
黒髪の少女は藤を編んだバスケットを持って俺たちの前に現れた。
「あっルイゼママ! あっお弁当!」
「えへへ、来ちゃいました。フィンちゃん、疲れたらちゃんとアウサル様に言うんだよ。アウサル様って抜けてるし、作業を始めると周りが全然見えなくなるから」
そのルイゼに栗毛の天使が飛びついた。
口には出来ないが身長はもうルイゼを超えている。ママというより義理の姉妹と呼ぶ方が自然な光景だ。
「空の鍛冶場はいいのか?」
「いえ忙しいです。でもアウサル様にフィンを任せるのはちょっとだけ心配だから、せめてご飯だけでもって思って」
「フィンもママのお弁当嬉しいよ。だいじょうぶ、パパはフィンに任せて」
今地上の鍛冶場もまた忙しい。
農具から工具、調理道具まで、増えた人々を迎える上で必要不可欠なものが山ほどあった。
しかし思えば毎日誰かしらがこうして弁当を持ってきてくれている。
どうやらフィンと一緒にいると食べ物には事欠かないようだ。
「あはは、アウサル様をお願いねフィン。それじゃご飯にしましょうか」
「うん、ママのご飯好き。ルイゼママは女子力高いの」
「え、じょしりょく? じょしりょくって何ですか?」
「ああ、それは異界の言葉だ。この前たまたま読んでやった本に載っていてな」
フィンの成長で最も喜ばしいのはそこだ。
本は破くものではなく、俺に読ませて楽しむものだと翼を持った少女は学習してくれた。
「あっそんなのズルいです! 次はボクも混ぜて下さいよっ!」
「うん、いいよ。ママと一緒ならもっと楽しいっ」
俺としては1人でゆっくり読みたいところもある。
だがそれは許して貰えなそうだ。両手に花の読書会が今夜あたりに始まるのだろうか。
「女子力というのはな、言葉通り女の力だ。女性らしいたしなみを心得ていると何かと人の役に立つ。それが男から見ても魅力的に映るそうだ。異界ではこれが1つの美徳になっているらしい」
「えっとつまり……ぼ、ボクが魅力的だってことですか……?!」
「うん、ルイゼママはすっごくかわいいよ。……もぐもぐ」
弁当は薫製肉と葉物野菜のサンドウィッチだ。
それを早速嬉しそうにフィンが無邪気にがっついていた。
すっかり育ったが、やはり見ているだけで愛らしい。
ルイゼを見れば彼女もまた幸せそうに微笑んで、俺たちのフィンをやさしく眺めていた。
「どうですか、お口に合いますでしょうか?」
「ああ、美味い。それに俺とフィンは目立つからな、炊き出しに行くと何かと大変だ。助かる」
「ルイゼママが作っただけで美味しくなるから不思議。あっそうだ、今度フィンにも作り方教えて!」
大きくなったが、かなりませてしまったが、やはり中身はあのフィンだ。
甘え上手なところはそのまま癖となり、さも当然と言わんばかりに天使は俺とルイゼを引っぱって寄りそわせた。
そしてそこに生まれた密着感に満足の笑みを浮かべる。
「……あれ、ブロたんは?」
「ブロンゾさんならうるさいので置いてきました。連れて来た方が良かったなら次は持ってくるけど……どうなのフィン?」
思い出したようにフィンがブロンゾの名を呼んだ。
ブロンゾがいるからこそルイゼはここに来れる。よってそれは無理な注文だ。
だがフィンが望むならば俺もどうにか掛け合おう。
「ううん、全然っ♪ フィンはパパとママとペッタリくっつけて幸せ、ブロたんは、別にいらなーい♪ へへへ、気になっただけ」
「そうなんだ……。でも、ブロンゾさんはフィンちゃんのこと、とっても大好きだと思うよ……?」
だからどうしたとフィンは無言でサンドウィッチをがっつく。
面白いおじさんポジションなのでそこは仕方がないのだろうか。無情だ。