17-02 酒宴の陰で、先代アウサルの昔話 2/2
グフェンはやはり眠そうだ。
俺のマッサージが彼をリラックスさせて、さらにそこへと酒の力が加わったのだから逆らい難いだろう。
「悪いが俺は親父ではない」
「……フ、それはどうだろうな。代々同じ顔を引き継ぐ不可思議な一族。他の生き方もあるだろうに、アウサルの子らは、まるで呪いのように白き荒野に縛られ、けして別の生き方を選ばず発掘を続ける」
その定義で言うなら俺はイレギュラーだ。
発掘家である誇りは捨てんが、実質俺は歴代とは違う生き方を選んでしまっている。しくじれば俺の代で途切れることになるだろう。
「アウサルが白き荒野を離れたことなど、1度もない。だから俺は思うのだ、もしかしたら……君たちは、全ての世代が同じ1つの個なのではないか。初代から53代目の君まで、全て、全てが1つの君という意思だったのではないかとな」
「アンタ……、今日はいつになく饒舌だな。しかしそれは突飛な仮説に過ぎん。根拠こそあるが証拠は歴史の闇の中、どこにもない。それに最後の生き残りである俺は、もう歴代のアウサルとは違う生き方を選んでしまっているぞ」
グフェンは俺の論にやさしい微笑で振り向いた。
彼も気づいていたらしい。俺がどうもイレギュラーな亜種であるということに。
「これは仮説だ。君の代でアウサルの役目は終わった。あるいは変わったのだ」
「……それはまた、老人らしからぬ想像力を働かせたものだな」
――そして言った。信憑性にはまるで乏しいが、あるまことしやかな言葉を。
「邪神ユラン。これを掘り当てるのが君たちの役割だったのではないだろうか」
「それは……そうか。なるほど、面白い説だな。つまり、ユランをあの日、掘り当てた時点で、白き死の荒野のアウサルという呪縛が解けていたと」
呪われた地は元々ユランの先年王国があった場所だ。
俺がたまたまユランを掘り当てたのではなく、最初からアウサルの役割がユランを探し出すことだったとしたら……。困ったことに多くの部分が符合する。
「だが仮説は仮説、結局わからん話だ」
「そうか、惑わしてしまったな。君は君だ、君として生きればそれで良い、すまない」
……だけど、ユランと出会ったあの日から全てが変わった。
スコルピオに反旗を翻すという気まぐれが始まり、今や地下帝国ア・ジールという牙城で反乱のチャンスをうかがっている。
ユランと出会わなければ……。俺は穴を掘り続けて一生を終えただろう、次世代に役目を引き継がせて。
「それはそうとアウサル殿、貴殿の努力がついに実ったな。貴殿の生み出した2つの地下隧道がついに成果を示してくれた。隔たれていた種族が今、ここア・ジールで1つに結ばれている。夢のような光景だ……先ほどユラン様ともお会いしたのだが、あの方も大層お喜びになっていたぞ」
獣人とダークエルフ、ライトエルフ、ヒューマンが今1つの勝利を噛みしめている。
会場のお祭り騒ぎはさすがにやや落ち着いてきたが、まだまだ興奮が収まるにはほど遠い。
ここには居ないが、ダークエルフの移民たちにも希望を与えることになった。誇らしい結末だ。
「だが、もう立ち止まれん……。貴殿はいずれ、この地の秘密が発覚すると言ったが、今回の逃亡劇でその日が劇的に近付いたことだろう」
「ああ、それはもう避けられない。人が集まれば誰かの口から漏れることになる、そこに悪意が無かろうとな。その前に地上を制圧するか、ここでの防戦の準備をしておかなければならん」
感情だけで言えば、後者を選ぶ気などさらさらない。
ここは天使フィンが誇る理想の楽園、この場所に争いを持ち込むなど許されないのだ。
「存在するはずのない地下帝国、貴殿がお膳立てしてくれたこの策略、それを投げ捨ててでも俺は同胞を守りたかった、すまない……」
「気にしないでくれ。どちらにしろ潮時だったんだろう、発覚は最初から決まっていた」
今の戦力でエルキアに立ち向かうのは厳しい。
よって俺たちは今まで以上に立ち振る舞いに気を使わなければならない。
「だからアウサル殿、俺たちは寝てなどいられんのだ。もうじき始まる戦いで、後悔をしない為にも。その日が訪れる前に、俺たちはやるべきこと全てを、果たさなければならない」
バカな男だ。そうやって全てを背負い込んで今日まで戦い続けてきたのだろう。
尊敬出来る漢だ、だからこそこの男はニブルヘルという勢力の父なのだ。だがな……。
「この国を、より強く育てよう。そして近い将来、エルキアと、スコルピオ侯爵家からこの地を取り戻し――あるべき世界の形を取り戻すのだ」
「なら今すぐ寝てくれ。よし、今から政務所に帰ろう。これ以上無理をされたら俺もエッダも楽しく酒を飲めん」
今はわかったから寝ろとしか言いようがない。
グフェンのマッサージを止めて、俺は彼に肩を貸して立ち上がらせることにした。
「ふふ……フィンブル王国復興の暁に、エッダを妻に迎えるというならその誘いに応じよう」
「グフェン……異界にこんな言葉がある。取らぬタヌキの皮算用。実現してもいないのに、先の先の予定まで立てても仕方がないという意味だ。……さあ立ってくれ、帰るぞ」
俺よりずっとでかい中年風の老人を肩に、俺は公園から歩きだした。
グフェンも限界だったようだ、素直に応じた。
「貴殿が来てくれて良かった……俺の肩に、重くのしかかり続けていたダークエルフの未来……その重圧から俺は大きく解放された……。君が我らを救ってくれる、今ならそうはっきりと信じられるよ。アウサル殿、同胞とエッダを、どうかよろしく頼む……」
「わかったからアンタは寝ろ。アンタが楽を出来るくらい、アンタの予想を越える奇跡を起こしてやる。だから今は寝ろ」
とびきり辛気くさいその男を政務所、グフェンのベッドに送り届けて俺は再び宴に戻った。
こういった宴は酒樽が空になったら解散だ。
「アウシャルくんっ!! はぁぁ、うちぃ……なんだかふわふわして、楽しいわぁ♪ えへへへへ、あはははははは、うふふふふふっ、おかひぃぃ……アハハハハハッ♪」
「あっアウサル様! パルフェヴィア姫を止めて下さい! さっきからものすごい勢いでお酒を……おっおぇぇぇっ!」
戻ると青髪の美しき美姫、パフェ姫が完全に出来上がっていた。
何があったのか知らないが、髪の毛をボサボサに乱したアベルハムが俺に泣きつき、吐き気をこらえかねて去っていった。
「ラジールはどこだ?」
「あしょこぉ~~、キャハハハハハッッ♪ 寝てるのーっ、お昼なのにーっ、地面に寝転がって、寝てるのーっ、お酒ってー、楽しいーっ♪」
ラジールは空の大樽を抱いて寝ていた。
何があったのか大体の予想はつく。大樽飲みがなんたらと言っていたからな。凄いことは凄いが呆れの感情しか生まれん。
「そんなことよりアウサルくんっ! もっと飲まなきゃダメよ、男の子なんだから!」
「あ、ああ……こりゃ見ないうちにひどい有様だ。いただこう」
ラジール直属精鋭は半数以上が泥酔していた。
獣人は酒に強いようで比較的落ち着いていたが、中には日当たりの良いところや木の上で獣そのままに丸くなってるやつらもいる。
「アウサルくん!!」
「な、なんだ……いささかおっかないぞ今のアンタ……」
「政略結婚だからって、うちに気を使うのは止めて!! そういうの絶対許さないわっ、男の子でしょ!!」
「……わかった」
パフェ姫が二の腕にしがみつき、姫君にあり得ない積極性を見せた。
じきに体力を使い果たして酔いつぶれるだろうが、今現在の記憶を飛ばしてくれるよう願いたい。
「えへへへへ……この、この感覚幸せ……アハハハッ楽しぃー♪ アウサルくんっアウサルくんっ、もっとっ、もっとっもっともっとっ飲んでもっとーっっ!」
「アウサルさんの天敵がいるとすれば、それはきっと女でしょうね。ご愁傷様です」
「このライトエルフの姫様、酒入った途端俺らに対する壁取り払いやがったぜ旦那……」
ア・ジールはたった1日にして、備蓄のエール全てを飲み干すことになった。
後になってそれを惜しむ者もいたがそれは少数派だ。
それは地下帝国に集った4種族を結び直す、友情の酒宴だった。