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17-01 凱旋と酒宴、戦場に命捧げた戦士たちの祝い事 2/2

「しかしよ、何度思い返しても泣けるべよ……。おいらたちヤシュの一派が、アウサル様の軍列にこうして加わってよ、こうして、共に勝利の美酒に酔っちまってる……。ああああおいらはよぉぉ……! 今この場に参加出来てることが、ただただ誇らしいべよぉぉ!!」


 エールをあおりながらヤシュが足下を見つめる。

 どうやら涙をこらえているらしく、鼻をすすって頭を振る。苦みなのか万感なのかはわからないが、狼は顔をしかめてシワを作っていた。


「わっはっはっはっ、ジメジメとうっとうしいワンコだな! 来たぞアウサール、とぅっ!」

「出たなラジール、ぐっ……?!」


 そこにもっとやかましいやつが現れた。

 豪快にヤシュを笑い、かと思えば酔っぱらいよろしく予測不能に抱きついてきた。


「おらはワンコでねぇ、狼だべラジール! んなっ、大胆だべなおめぇさ?!」

「ら、ラジール……」

「再会の、チッスッをしていないことに気づいてなっ、フハハハハ、このラジールの魅力にメロメロになってしまえっ、このっ、このっ、我の不在中によくやったぞこのっ、また男を上げたではないかっ!」


 唇を何度も何度も頬に押し付けられた。

 プニュッとした唾液と酒気多めムード0の唇だ。

 さらにどうでも良いことを補足するならば、包容はいまだ解かれず、ラジールの胸がただただでかい。


「アンタ……酒臭いぞ。それもとんでもなく、肌という肌から酒気が発散されているようにだ」

「そっちこそ早速酔ってるではないか! ならまあ飲めっ、我の酒を飲まずには帰らせはせんぞっ!」

「シラフの時点で酔っぱらいとあんま変わんねぇってのによぉ……、ああこりゃたち悪いべぇ……。なぁ、こういう女と付き合うのはよ、おいらはちょっとオススメしかねるべよ、アウサル様よぉ……?」


 ラジールの木製ジョッキを受け取り、中に満たされた濃い黄金色の酒を空にした。

 苦い、苦いので肉をかじり、カブの塩付けに手をつける。それでもまだ苦い。


「ああそんなに飲んで……無理しねぇ方がいいべよ。ラジール、おめぇいい加減にするべ、おめぇだけのアウサル様でねぇぞ!」

「貴様のようなもふもふより、我と飲める方がアウサールは幸せに決まっておろうっ! おいっ、酒樽持ってこい、我が大樽飲みの一芸を見せてやろうっ!」

「それはまた、聞くからにこっちが悪酔いしそう大技だな……。今日のアンタはブッチギリの大豪傑だよ」


 だがラジールを止められるやつなどいない。

 言われるがままにエールの積められた大樽が運ばれて、ガシャンと上部がぶち開けられた。

 中には泡にまみれた黄金の酒が充満している。


「見つけましたよラジール! 何で貴女はそうやって人様に迷惑ばかりかけるんですかっ! 貴女も一国の代表なのですからもう少し、シッカリ! とした慎みを持って下さい!」

「おおーっ、パフェ姫ではないか! まあそう言うなっ、今日はグフェン公認の無礼講だぞ無礼講!」


 いや1人だけいた、第1王女のパルフェヴィア姫だ。

 青髪の背筋キッチリした美姫は、国の恥だとラジールの暴走にプリプリと憤慨していた。


「ラジールは普段から無礼でしょ! そうよ昔からそう、どうしたらそこまで無礼になれるのかうちが知りたいくらいだわッ!」

「あぁ~、そこはおいらも同意だわ。ヒハハッ、大樽飲みってぇのは、まっ1度見てみてぇけんどよ!」


 姫とは昔からの付き合いだそうだ。

 ヤシュとラジールは樽に杯を突っ込み、喉を鳴らしてそれは美味そうに大地の恵みをむさぼった。


「アウサール、まあもう1杯飲め!」

「わかった」

「ちょっと無理させちゃダメよ、だってアウサルくんもうこんなに顔赤いじゃない。アウサルくん、ラジールにだけは付き合っちゃダメよ!」


 そこは誰よりも深く理解しているつもりだ。

 ラジールに付き合うと死ぬ、それは避けられぬ摂理だ。


「わかっている。だが今日だけは酒を断らんと決めたのだ。俺たちを助けるために、昼も夜も寝ずに走り続けてくれたのだ、その友情に報いたい。断れるはずがない」

「だけどアウサルくん、そんなの無茶よ。気持ちはわかるけど酔いつぶれたら意味がないわ」


 そのつもりはなかったのだが、そこで俺は、グフェンと全く同じことを自分が言っていることに気づいた。

 だがそうではないか、この酒宴は感謝と勝利の祝いなのだ。


「む、そうだった、そういえばパフェよ、お前に伝えておかなければならないことがあったのだった。……ま、一応公の場だからな、ちょっと耳を貸せ」

「何よ、不意打ちでキスした怒るわよ……? うっ……うぅ、貴女お酒、お酒臭い……」


 つまりされたことがあるのだな。

 姫の耳元でラジールがこそこそと何かをつぶやいた。

 すると不思議だ、パフェ姫の不機嫌が吹き飛んでしまった。


「それッ、本当ッッ!? ホントに本当なのラジールっ!?」

「ああもちろんだとも。どうだっ、これで我に説教出来まい、感謝するのだな!」


「ぅ……でもそれとこれは別だと思うけど……。でも……ふふっ、でも嬉しいっ、ありがとうラジール! うちもずっと心配だったから、本当にありがとう、嬉しいわアハハッ!」

「ワーハッハッハッ、ならば謝礼代わりに我の酒を飲め、お前と我と仲ではないか、ほれほれぇ!」


 いかんせんあの酒樽が不穏だ、ここはラジールから離れておくことにしよう。

 俺は静かに席を立ち、そのやり取りから距離を取った。


「どこいくんべさ」

「ああ、ちょっと知り合いのところにな。ヤシュもついて来てくれ、彼らに再度紹介したい」


 会場の中心を離れて外れに向かった。

 考えてみればこれは彼らがヤシュと打ち解けるチャンスだろう。

 酒宴の最外郭とでも呼べる静かな場所で、その3人は3人なりに酒と言葉を楽しげに交わしていた。


「おお、アレは確か、アウサル様の……」

「熊のように大柄なのがダレス、ニヒルで美形がジョッシュ、やたら若いのがラーズだ」


 グループが偏るのはよくあることだ。

 彼らがヒューマンであることもあって、こういった席とはいえライトエルフや獣人全体と打ち解けるのは難しい。


「そしてこちらが銀狼のヤシュ、まあ戦場で顔は合わせているだろうが、改めてな」

「こ、これが銀狼のヤシュ……つ、強そう……」


 ラーズ少年が畏れと尊敬の眼差しでヤシュを見た。

 ヤシュがあの戦いで見せた武勇は、戦いを義務づけられたラーズの立場からすれば当然ながらまぶしくてたまらないものだろう。


「ずいぶん飲まされちまったみてぇだな旦那。ていうかよ、熊扱いはひでぇだろ、俺ぁこれで毛深いの気にしてんだぜ」

「フフフ……私、そんなにニヒルでしょうか。ダレス様が熊に似ているという点には、全面的に同意したいところですが」


 ダレスとジョッシュは相変わらずだ。

 ヤシュは言葉に困り、俺の顔をのぞいてきた。


「ジョッシュ! てめぇ気にしてるって言ってんのに、何でわざわざ傷口えぐりにくんだよっ?!」

「はて、私は毛深いダレス様が大好きですが」

「ええっと……。あっ、お、お父さんみたいで安心感があるって良いと思います、俺……!」


 ラーズ、それは全くフォローになっていないぞ。

 俺はまだ若いのに……と、ダレスが青少年の言葉に顔の半分を抱えてうつむいてしまった。


「ヤシュはヤシュの一派を束ねる男だ。獣人としての在り方を否定し、生きるための戦いを望んでいる。闘争心が、穏和過ぎる獣人の未来を変えると信じているのだ」

「な~んかそう言われると、ムズムズこそばゆいべなっ……。ああ、だけんど会いたかったぜ、アウサル様の直属のダレスと、ジョッシュ! はぁぁ……正直羨ましいべ……おいらの方はまだまだ色々とあるべなぁ……」


 ダレスの目の前にヤシュが座ったので俺もそれに合わせた。

 ヤシュの本国ダ・カーハはつい最近方向転換したばかりだ。

 アビスアントに荒らされた国土の復興や練兵、獣人に元々無かった闘争心の育成。全てヤシュがいなければままならない。


「ふふ……。確かヤシュさんは、ダ・カーハ国王のお孫さんだそうですね」

「あ、ああ……。そこんところは一応だけんど、一応まあ、そういうことになってるべ」


 ジョッシュの言葉にヤシュは困り顔を浮かべた。それから歯切れ悪そうに目をそらす。

 あのマイペースな老王らとは、まだ完全に打ち解けてはいないようだ。


「フフフ、ならば何を隠そうこのダレス様も、傍流かつ末席、昔はパンツの換えにすら困る涙ぐましい生活を続ける悲惨な境遇でしたが、一応は元エルキアの王族でございますので気が合うかもしれませんね。あ、私はそのダレス様の副官をしていた者です。ダレス様はかつてエルキア侵攻軍の総大将もしておりまして、ですがアウサルさんに完全敗北して、今やこのざまです」

「ジョッシュッ、パンツの話はもう止めろよっ! 俺ぁよ、1月くらい洗濯しなくともよ、別に問題なんかねぇと思ってんぜ、むしろ何が悪い!」


 1月か……。だがダレスよ、俺の知る異界の人間は毎日パンツを洗濯するそうだぞ。

 俺も呪われた地で生活していた頃は横着したものだが、それでもギリギリ半月といったところではないだろうか。


「マジか……なんでエルキアの王族が、アウサル様の右腕してんだよっ!? あっつまりこれ、顔は確かに熊みてぇだけんどよっ、敵国の王子ってことだろっ?! 人事に節操ねぇにもほどがあるべさよ?!」

「フッ……出自や位に何の意味がある。それはアンタが1番知っていることだろう、ヤシュ。……それとこのラーズについてもアンタに話しておこう」


 ラーズには申し訳ないがすっかり忘れていた。

 緑髪の少年は料理を慎ましくつついていたが、話題がいきなり自分に移って喉を詰まらせかけた。


「そのガキもヒューマンだべな、弟子でも取ったべか。そういや戦場でもちと見かけたべな」

「けほっけほっ……ラーズですっ。よ、よろしくお願いしますヤシュさん!」


 ヤシュが威圧的に少年を観察した。

 その少年がどれほどの実力と覚悟を持っているのか、見定めようとしているようだ。


「ラーズはアビスを封じる国、エルフィンシルから来た頼もしい客人だ」

「へぇぇ……そうかい、このガキがねぇ、グルルル……」

「ひ、ひぅ……っ」


 ヤシュの瞳が鋭く獲物を見すえる。

 嫌われ威嚇されているのかと若いラーズは思い込み、ヤシュから逃げるように目を外していた。


「まさかアウサル様よ、こんなガキンチョを戦争に使ってるんだべか? ま、ちょっとは見所ありそうだけんどよぉ……なんだかこりゃ、見てて危なっかしいべよ……」

「ええ全くですね、前線に立つにはいささか早過ぎます」

「ジョッシュおめぇは見てねぇから言えるんだよ。大丈夫だ、こんな小さいなりだが、コイツのしぶとさはバカみてぇに飛び抜けてるんだぜ、なぁラーズの坊主!」


 ヤシュの厳しい評価にジョッシュまでが乗ってしまった。

 それを見かねてかダレスがやさしくまゆを落とし、ラーズの肩を抱いて擁護した。そのラーズに自分のジョッキを押し付けながら。


「えっ、あのっ、俺あんまりお酒は……っ!」

「考えてみろ、酒も交わさず仲間を名乗るってのも変だろ。この酒だって今日を逃したらしばらく飲めねぇんだ、つまりよ? この機会逃すと次のチャンスはそうそうねぇぜ坊主」


 ダレスの親切心に緑髪の少年が小さく声を上げた。

 恐る恐る彼のジョッキを握り、それからひと思いにそれを口の中にあおった。

 苦みのせいかビクリと身を震わせ、グビリグビリとエールが飲み干されてゆく。


「うっ……ぷぁぁぁっ!! にっ、苦ッッ、うっうぁっ、水っ……うぅぅぅぅ……っっ!!」

「おやおややっぱりまだ早かったみたいですね、ふふふ……初々しいですね」


 少年は茶で口をすすぎ、それでも取れない苦みに料理の残りへとかじりついた。

 のぼせたように顔をピンク色に染めて、だ。


「ヒャハハッ、粋なことするでねぇかダレスさんよ。んだばよろしくなラーズ、アウサル様の期待にせいぜい応えてみせるべ! ……んだけどよ、これだけは言っとくぜ。俺たちに付き合うってことはよ、いつ死んでも文句なんて言えねぇってことだ。だからガキはガキなりに、死ぬ気で生き延びてみな」


 ヤシュはこれで高潔で孤高だ。

 己の認めぬ者には従わない、なれ合わない狼だ。


「は、はい! 絶対に生き延びて、成長して、俺、アウサル様の力になってみせます! ヤシュさんには負けません!」

「ヒャハハハハッ、その意気だべさ!!」


 ゴワゴワとした銀狼の手がラーズの繊細な髪を乱暴に撫で回す。

 銀狼は小さな英雄を次第点で認め、闘争を真理とするヤシュにしてはやさし過ぎる微笑みを浮かべていた。


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