16-10 それは隔たれた種族と種族を結ぶ、奇跡の地
「ありゃ肌を隠しちゃいるが、この俺が見間違えるわけねぇっ、あれは、ライトエルフだぜ旦那ッ! それにあっちの仮面と厚着の連中は……まさかの獣人どもじゃねぇか……!?」
「来てくれたのか……。おお圧倒的だ、これで流れが変わるな……。はぁ、はぁぁ……やっと休ませてもらえそうだな……」
恐らくそれは争いを望む獣人ヤシュの一派だ。
非人間的な身のこなしで騎馬兵すらも蹂躙し、逃げる騎馬をその足で追撃して回っていた。
一方のライトエルフの方は、ああ間違いなくあの女が率いている……。
遊撃部隊の迎撃もほどほどにして、それをグフェンらに押し付け、そいつらは一直線に、こちらへと突撃をしかけてくるのだから……。
見れば、獣人の部隊からも単騎で抜け出してこちらに駆けて来るバカがいる……。
「来たぞアウサールッ、我ら夜も朝も暗き穴底を走り抜きっ、ついにサウスの戦場へと戻って来たッッ! いくぞ貴様ら突撃だぁっ、敵本陣に突貫しかけるぞアウサールッッ!」
「おいらも来たぜアウサル様っ、おいらだよおいらっ、アンタの家臣にしてもらった、ヤシュ様が来たぜぇぇ!!」
おいおいおいおいおいおいおい……待て、アンタらな、この防戦で、突撃だと……。
だがその勢い、その勢いで本陣に突っ込めばもしかしらたら……さらに被害を最小限に……。
「旦那、休むにはちと早えみたいだぜ。ま、俺もやられっぱなしは気に入らん、最後の反撃といこうぜ」
「ラジールの隣にいるのはラーズか……。怪我が直っていないというのに、どいつもこいつも無茶なやつらだ……」
「はははっ、それはよ、旦那にだけは言われたかねぇだろ。さあ行こうぜアウサルの旦那!」
「アウサールッ、会いたかったぞぉーっ、よーし出会い祝いのっ、突撃だぁぁーっっ!!」
「ヒハハハハッ、これだっ、俺らヤシュの一派の悲願がついに……叶ったッッ、ウォォォォォンッッ滾るぜぇっっ!!」
メチャクチャだ……。
俺たちはヤシュとラジールに先陣を任せて王軍本陣に突っ込んだ。
やりたい放題にひっかき回して、落とし穴を掘り、土塊を投げつけ、撤退時には散らして目潰しと目眩ましにした。
「ひっ、ひぃぃっ、な、なんだこいつらっっ、なんであっちからこっちに攻めてっ、グハッッ?!!」
「敵将討ち取ったりぃぃっっ!! わははははっ、殺戮に夢中になって守りをないがしろにするからだっ馬鹿者めっ!!」
さらにはラジールが王軍臨時指令まで討ち取ってしまったので、向こうもこうなればもう退くしかない。
俺たちが敵陣からの脱出を果たすとやつらも追撃を止め、ついに標的を前にすごすごと撤退していった。
そこにはいつまで経っても援軍要請に応じないスコルピオ侯爵に、疑念を抱いていた部分もあるのだろう。
またスコルピオからすれば、もうこうなったら全ての責任を王軍とニブルヘルに押し付けるしかない。
これは後で知ったことだが、王軍がようやく追撃を止めたのを見届けると町へと撤退していったそうだ。
民にわずかばかりの被害が出たが、こうして俺たちはサウスのダークエルフのほぼ大半を、自慢のア・ジール地下帝国へと導くことに成功した。
彼らは果てしない下り道の地下道に不安を抱き、そして目前に現れた輝かしき楽園の姿に一人残らず驚愕していた。
今やア・ジールは亜種族陣営の発展の中心となりつつある。見事なその町並みと賑わいがダークエルフたちに希望を灯していった。
ヒューマンに支配されない、地底の楽園。己の自由に生きられる世界。
奴隷として、2等市民として今日まで堪え続けてきたその恨みと憎しみを、晴れてエルキアに向けられる日がやって来たのだ。
この日、サウスに概算5000人のダークエルフが移り住むことになった。
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翌日、政務所でグフェンと打ち合わせをした。
それもようやく落ち着き、話すこともなくなったので何となしに高台より広がる町並みを窓から見下ろした。
ふと隣を見れば、青肌長身のグフェンがそこにいる。
「どうしたアウサル殿」
「いや……人が一気に増えたものだなとな」
人が増えたとなると、それだけやること、必要な物事が増える。
さらには獣人とライトエルフの増援も歓迎し、休む場所を用意しなければならなかった。
よってそれは街の情景にも現れる。ア・ジールの町中がせわしなく賑わっていた。
「貴殿のおかげだ。また我々はアウサル殿に救われたな……」
「グフェン、そういう受け止め方はどうかと思うぞ。俺は1人の同胞として、ただ仲間を救っただけだ。ア・ジールの民全てが俺の同胞だ」
だがついにこの楽園を目にすることなく、処刑されてしまう者たちが出る。
虐殺の人数は千はいかないが3桁を超えるだろう……。彼らは死ねばヒューマンになれると信じてその首を落とされるのだ……。
ならば彼らの願いが本当に実現することをただ祈るしかない……。
「ふふ……その言葉はユラン様に聞かせてやるといい。アウサル殿、しかしつい先ほど非常に不可解で気になる情報が入った。どうも判断がつかんので、他でもない貴殿の意見を聞きたい」
「地上で何かあったのか……?」
ついさっきグフェンの配下が戻り、書状を置いてすぐに去っていった。
恐らくそこに記されていた内容がそれだけのことだったのだろう。
グフェンの顔は複雑そのものだったが、どうしてか少しだけ嬉しそうにも見えた。
「処刑台。あの処刑台をスコルピオ侯爵の軍が破壊したそうだ」
「何だと……。ヤツは、ついに気が狂ったのか、あの男は……?」
どちらにしろこれで処刑は中止確実だ。
グフェンがこの思わぬ展開に喜ぶのも納得だった。
「実行部隊は報復だと宣言したそうだ。……アウサル殿、どうやら我々のしかけた策略が、思いの外、過激にはじけたのかもしれんな。スコルピオは、エルキア本国から独立するかもしれんぞ」
「独立か……。まさかあのオカマ男、ベルを盗んだのはエルキア王軍だと本気で信じるつもりなのか? まさかそこまで愚かだったとはな……」
俺が下手な罠を仕込み、ニブルヘルの暗部がそれを演出した。
その結果がスコルピオの本国からの独立まがいの動き、どうもおかしな方向に話が進もうとしている。
「焦っているのだろう。それに本国の異常な行動を目前で見せられたのだからな。殺戮を行う狂った主君に、従いたいとは誰も思わん。……もはやこの先、何が正義かなど存在しないのかもしれん。アウサル殿、我々の策略はただのきっかけに過ぎない。今や世界中が、エルキアの狂気に震え始めているのだ」
超大国が不可解な殺戮を始めた。
この事実は、本当のところとてつもなく大きい。
狂ったエルキアが自らの墓穴を掘ってくれたのだ。
これは我らにとって千載一遇のチャンスのはずだ。だが、どうしてか俺は一抹の不安を拭えそうもない。
敵をいたずらに増やすリスクを犯してでも、やつらは敵対する全てに勝利する自信があるということなのか。
それがただの行き過ぎた、狂信ならばまだいいが……。エルキアはこれまで、何度も何度も有り得ない奥の手を出し続けてきた実績がある……。
「これで流れが変わるぞアウサル殿」
「だがスコルピオとの同盟などありえん、三つどもえは確実だ」
「もちろんだ、俺はもう2度とかわいい子らを奴隷になどさせはしない。ア・ジールという楽園に、農場生まれのエルフは希望の涙を流していたよ。俺は、落城したあの日、エッダの祖父王とフィンブル王国を復興させると誓ったのだ」
「……。それでも、ヤツが俺たちと歩み寄りたいと言い出したら……グフェン、アンタはどうする。こうなってはそうなる可能性もあるのだぞ」
怒りは消せても憎しみは消えない。
グフェンは俺の質問に譲歩することのない無表情を浮かべた。
「それは絶対にあり得んよ、ヤツの望みと我らの望みは一致しない。共通の敵がエルキア本国になろうとも、サウスは1つしかないのだ。いずれ我らは雌雄を決さなければならない」
殺戮の代価はあまりに重過ぎた。
エルキアは我が身よりあふれる悪意により、急激な孤立を始めていた。
ダークエルフにとってスコルピオ侯爵家は絶対に許すことの出来ない敵だ。
取り戻さなければならない地上で、三つどもえの情勢が出来上がろうとしていた。