16-08 スコップ1つで暴く、腐り切った偽りの教え 1/2
「誰です? 拙僧を俗物扱いする痴れ者は……。なっ、その、その姿は……神に呪われし怪物ッ、アウサルッッ?!!」
「ああそれは俺だ。……さすがの俺も神父に怪物扱いされたのは久々だな。俺を哀れむふりをして、徳を演じるやつの方が多いからな」
エッダをそっとのぞき見ると視線を外された。
彼らの心を動かせなかったことを恥じているのか、それとも俺の介入が気に入らなかったのか、そこはわからん。
だがペテン師の方はよくわかった。ニタリと痩せ顔が歪む。どうやら悪い考えでも浮かんだらしい。
「ああっ気をつけて下さい皆さん! その男に近付くと呪われますよっ、毒に冒されてしまいます! その男はあの白き死の荒野に住まう怪物、アウサル! 死の世界で生きられる、正真正銘の、悪魔ですよッ!!」
ダークエルフの奴隷民たちがざわつき始めた。
これはまた小ずる賢い手だ、異形もあって俺はわかりやすくも悪魔に塗り変えられていた。
「あ、悪魔……?」
「なんだあの目は……気持ち悪い……」
「ならニブルヘルは……悪魔の軍勢……?」
宗教家のペテン師とはたちが悪いものだな。
けれど俺は理解している、こういった状況で臆したり流されてはならない、あえて胸を張る。
「いいや、俺はヒューマンだ。呪われた地の環境に順応しただけの、純然たるヒューマンだ」
「ふふふっ……頑固だなお前も……。だが来てくれて助かったぞアウサル」
エッダが俺との距離を縮めて肩と肩を触れさせてきた。
気づかい半分、もう半分はこの化かし合いに対抗するためだろう。
「お前のようなヒューマンがいるかっ! この汚らわしい怪物め、サマエル様が貴様のような存在を生み出すはずがないッ!!」
「クククッ……仮にそうだとして俺は悪魔でも怪物でもない。その証拠に、今から奇跡を見せてやろう」
口論はエッダがやってくれた。
ならば俺は、安いペテンに対して奇跡と演技で対抗する。
「俺は、救世の竜神ユランの使徒アウサル! そこにいる権力をかさに着るだけの嘘つきとは違うぞ、正真正銘の、神の使徒だ!」
「奇跡だと? おい、いったいどうするつもりなのだアウサル……っ。お前の能といったら穴掘りくらいなものだろうっ」
「ヒハハハハッ、大きく出たな悪魔! ならばやってみせろ、どんな手品かは知らんが見ていてあげましょうとも! ええ、そうしましょう皆さん!」
あらゆる注目は俺へと集中した。
そこでチラリと足下を見下ろす。そこが広場であることもあってか、人々によって土は踏み固められ草すらほとんど生えていない。だからこそ都合がいい。
さてこういったことは前口上が大切だ。大げさな文句を頭の中で反すうしてから実際に口にした。
「荒廃したこの世界を救う力を見せよう、サウス南部の荒野すらも救える、神の奇跡の力を」
「大見得を切ったな悪魔め! 救えるというなら救って見せろ、このペテン師め!」
神父よ、その言葉は奇跡の演出にしかならんぞ。
俺はスコップを布から取り出し、逆手に握って天へと掲げて見せた。ルイゼの白銀のスコップに月光が反射し、青白い光を放つ。
「これがやさしき反逆者ユラン、その使徒の力だ! 竜神ユランは復活した! 虐げられし種族を救う、その一心の為だけに、やさしき本当の神はこの地上に復活したのだ!!」
それをザクリと大地へと突き刺した。
沈黙がまだ夜明けには遠い世界を静まらせる。誰も言葉を発する者はいなかった。
「何を言っているのかわからんな。奇跡など起こらぬではないか。邪神ユラン、サマエル様を裏切った愚かな敗北者、それが復活したからどうだというのだ! 再び大いなる力に討たれるまでよ、ワハハハハハッ!」
無粋なやつが最初に沈黙を破る。
哀れ、奴隷荘園の管理者、奇跡を望まぬその男にはどうやら見えないらしい。
だが奴隷階級のダークエルフたちはうろたえ始めていた。
「う、嘘、だろ……あんなに固い広場の、土が……」
「き、奇跡よ……本当の奇跡の力だわ……」
「ユラン……俺、爺さんから聞いたことがあるぞ! 俺たちダークエルフを守って姿を消した神様がいたって!」
こうなればもう俺たちのものだ。
安っぽい教義よりも奇跡1つが勝る、奇跡という現実は偽ることがないからだ。
「な、何を流されているのだ敬虔な神の信徒たちよ! もうじきだぞ、もうじきヒューマンに生まれ変われるのだぞ! バカな考えはよせっ!!」
「……アウサルの足下を見ろ。天に夢中になるあまり、足下への注意すら向けられないのか貴様は? ふんっ……いかにもエルキアの狂信者らしい姿だな」
エッダすらも勝利を確信していた。
彼女のその一言が神父に地面という奇跡そのものに気づかさせた。
「足下ぉ? 何を言って……なっ、なっっ、なんだこれは?!!」
「どうだペテン師、これがユランの使徒の力だっ、我らの英雄アウサルの力だ!」
マテリアルスコップという、グフェンがもたらした新機能。その中に使い道のよくわからんものがあった。
そのまだら色に輝くマテリアルの力は、大地を回復させ、植物を芽吹かせる。
俺はあれを使って奴隷農園の広場に草を芽吹かせてみせたのだ。
足首ほどの高さの草が、スコップに突き刺された大地を取り囲んでいた。
「おおおお……ユランの使徒、ほ、本物の神の使徒だ……神のつかわした、救世主さまだッ!」
「な、なら本当にあるの……? ニブルヘルの楽園、本当にあるの……?!」
「も……もうこんな生活しなくても、いいのか……?」
生気の無かった奴隷たちの顔にうっすらと希望の笑みが浮かんでいった。
裏切られるのになれているがゆえに、彼らは素直に喜べないのだろう。
「ある!! 来たらわかるぞ、ニブルヘル砦の奥にはこの世の楽園がある!! そこでは誰にも奪われない、自分たちの自由で暮らせる土地がある!! ヒューマンになんかならなくても、幸せに暮らせる世界がそこにあるんだっ!!」
最高のタイミングだ。
フェンリエッダの激情家な部分が良い方向に出た。彼女の強い肯定に奴隷たちに熱い希望が生まれた。
当然だ、俺が大地を芽吹かせた後だ、信じたくもなるだろう。
「お、お前たちっっ……貴様らっ、そんなっ、そんなちんけな手品で我が信徒を……許さんぞ、騙されるな民よ! そいつらは悪魔の軍勢だ!!」
「ならば教えてやる。アンタの信じるサマエル様は、今も天の獄に封じられている。己が邪悪ゆえに仲間に裏切られたのだ。そして頭を働かせて考えてもみろ、本当にアンタの信じる絶対の神が天におわすなら、とっくの昔に俺たちニブルヘルは滅ぼされている。サマエルの軍勢、天使が俺たちを狩っているはずだろう。しかし現実がそうはなっていないということはだ……」
これは消去法だ。
奴隷にされたエルフたちの背中を押すための、ちょっした無責任な詭弁だ。
「アンタの信じるサマエルは、死したダークエルフをヒューマンへと変える力すら失っているということだ。サマエルは救世主ユランによって封じられた、これが神話の真実だ。……さあついてこい勇敢なるダークエルフの民たちよ、俺がこの世界の真実を見せてやろう! 我が名はアウサル、ユランの選んだたった1人の使徒だ!!」