16-07 知恵の実は、偽りを暴くために蛇より与えられたモノ
さて合流ポイントはサウス南の荒野、そこにある岩山の南側となっている。
いざたどり着いてみるとなかなかに壮観だ。
そこに一面視界が真っ黒になるほどに、逃亡者救出者混ぜこぜにダークエルフたちが集結していた。
4桁単位のものすごい頭数だ、数える暇がないので実数はわからんが俺の想像をゆうに越えている。
「やっと見つけたぞ、アベル!」
「あっ、アウサルさん!」
なにせその数が数だ、グフェンの新たな右手アベルハムを探し出すのも簡単ではなかった。
どうにか見つけだし、彼の前で馬から飛び降りた。
「報告しよう、脱獄、暗殺、全て問題無く成功した。今頃はダレスとジョッシュも伏せていた部隊と合流し、こちらへと向かっているはずだ」
「そうでしたか、わざわざお伝え下さりありがとうございます。処刑推進派のクリムハルト、彼に天誅を下せるのは貴方だけだと信じてました、さすがです」
それから周囲を見回した。
青年アベルハムの姿こそあったが、そこにフェンリエッダの姿が無い。それがやはり気になった。
「フェンリエッダは?」
「ええ、ここにはいません……。アウサルさん、サウス方面と合流するといってもこの人数です、そろそろここも先頭から動き出さなければなりません。ですが……」
アベルハムが言葉を迷わせた。
ジョッシュの杞憂が当たっていたのかもしれない。
「まだ一部の者が……農園のダークエルフが来ていないのです……。全て把握は出来ていませんが1割ほどの農園でもめ事が起きているようです……」
「アベル……アンタは奴隷農園だったな。わかった、俺が行ってくる。それでフェンリエッダはどこで足止めを食らっているのだ」
馬に乗り直した。
どうも騎乗は苦手だ、もう尻が痛くなっている。
「あちら側の1番大きな農園です。……説得が長引けば孤立します、その場合はフェンリエッダさんを連れ帰ってきて下さい。残念ですが……待ってはいられません、大を生かすために小を切り捨てろ、それがグフェン様が出された決断ですから……」
だがフェンリエッダは頑固者だ。
仲間を切り捨てることが出来ず、そのまま足止めを食らっていると読めた。
「わかった、こっちは必ずどうにかする。だから予定通りの退却を頼む、彼らにア・ジールという奇跡の土地を見せてやれ」
「ええもちろんです! 貴方と一緒に侯爵の地下牢からの脱獄を果たしたあの日、ア・ジールを目撃したあの感動、忘れもしません! 奇跡と救いはあるんだって証明してやりたいです!」
・
アベルハムと別れてサウス南西、聖サーナベント大農園へと馬を走らせた。
地下道を掘ったのは俺だ、もちろん場所は把握している。
その地下道入り口にやってくると、フェンリエッダの配下と、農園を脱走した民たちを発見した。いや民たちは50人ほどしかおらず、ほとんどが子供ばかりだった。
「お待ち下さい、地下道を経由するより馬で直接向かった方がよろしいかと!」
「直接だと……?」
馬を降りて地下トンネルを使おうとすると、エッダの部下に止められた。
「地上から行った方が早いです。実は脱走が長引いたこともあって潜入が発覚しまして……そこに我らフェンリエッダ率いる増援が加わり、農場の駐屯兵を倒したところなのです。……ですが、問題が生じています、我々はフェンリエッダ様を待って、ここでずっと待機しているところでして……」
「そうか、ならばさらに急ぐべきだな。感謝する」
彼に礼を言ってその場を離れた。
農園はすぐそこだ。
農園の壊し開かれた門を抜けて、居住地の目立つあたりに駆け込むと広場とダークエルフたちの人だかりを発見した。
馬上の高さから見ればその人だかりの中に誰かがいる。
フェンリエッダとその配下、そしてそれと対立するように向き合う1人の聖職者風の男が見えた。そうか、ここは教会の所有する荘園か……。
「騙されてはなりません。この者は悪魔の王朝へとあなた方をさらおうとしているのです。これは最後の誘惑、最後の試練、さあ祈りなさい、さすればサマエル様は、あなたたちをヒューマンへと浄化して下さるでしょう……」
それは清潔な僧服を来た老人だった。
贅肉の無い細い身なりで、いかにも敬虔な容姿に見えたがその思想は歪んでいる。
恐らくこの男が奴隷荘園の神父、いや管理者だ。
「こんな男の言葉を信じるのは止めろ! みんな現実を見るんだッ! このままでは1人残らず処刑されるぞ! 死ぬんだぞ! 用済みの家畜みたいに、身勝手に殺されるんだッ!」
そいつに向かって怒りの瞳を向け、フェンリエッダが叫んだ。
真実を奴隷農園のダークエルフたちに主張し、悪の神父を糾弾した。
当然ながら人々はうろたえた。しかしそれが思ったより小さな反響だったのが気がかりだ。
「いいえそれは違います。死を恐れる必要などないのです。ようやく待ち望んだ日が来たのですよ。皆さんが、ヒューマンへと生まれ変われる日が……。この悪魔の尖兵の言葉を聞き入れれば、これまでの苦労や奉仕はどうなるのです、全てが無駄に、なるんですよ皆さん……?」
俺は奴隷農園に好き好んで足を運ぶことなどなかった。
彼らはやりとりに夢中で俺には気づかない。
奴隷たちの服はどれも粗末で薄黄ばんだ布服で、身を清める機会もないのか土くれにひどく汚れていた。
痩せていて、どこか生気が無く、姿勢も猫背で疲れ果てていたのだ……。
「同胞たちよ、ニブルヘルに来い! そこに豊かな生活がある! いつまでこんな苦しい日々を続けているつもりだ! さあ一緒に逃げよう! そして誇りを取り戻せ! 今からでも遅くないっ自由を夢見るんだ! 私たちを家畜扱いしたヒューマンに、ただ、怒れッッ!!」
あまりのその感情の鈍さに俺は気味が悪くなった。
奴隷たちはエッダの言葉に心動かされながらも、けしてその扇動に乗ろうとはしない。
……そうか、彼らは奴隷として生まれ、従うことを当たり前に育ったエルフたちだったのだ。
その情景に痩せ神父がニヤニヤと勝利確信の笑みを浮かべていた。
「わからない人ですねぇ~? 若い一部を口車に乗せることは出来たようですが、残りの大多数は拙僧を信じ、守って下さるようです。喜ばしいことです、拙僧に導かれ、天への門出を開くのですから……!」
「何が門出だッ! これは処刑だ、サウスの断頭台が全てを物語っている! 貴様らは邪魔なダークエルフを皆殺しにしたいだけだッッ!」
エッダはいつにも増して荒れている。
さてこの状況に対してどう対処したものか。
ただ単純にエッダの肩を持ったところで解決などしない。まっすぐに説得している時間もないとくる。
「もういい……行ってくれ、ニブルヘルのフェンリエッダ」
「気持ちは嬉しいけど、でもこれでやっと、この苦しみから解放されるの……」
「私たちは神父様を、し、信じるわ……」
「今さら信じてきたものを捨てろと言うのか……? そんなの、無理だよ……」
「これでやっとヒューマンになれるのに……どうしてお姉さんは、邪魔するの……? 酷い……」
趨勢が決したように見えた。
彼らを取り囲む奴隷たち、それが口々にエッダと生存を否定した。
彼らには学がないのだ。
家畜として生み出され、飼われてきたのが彼らだ。正しいかどうかを判断する力そのものが無かったのだ。
「素晴らしい……これこそが信仰です。そうですよ、ヒューマン以外の亜種は、神の間違いから生まれた、失敗作です。我々はヒューマン以外の全てを滅ぼし、1つの種族へと悪しき肉体を浄化する使命があるのです。処刑? いいえそれは違いますよ。サマエル様の祝福が、ついに与えられる日が来たのです! 逃げる必要など全くありませんよ皆さん!」
その考える力を奪われた民たちを、神父は処刑するという。
さあどうする……どうすれば彼らをエルキアの狂気から救える……。
「ふざけるな! 要するに邪魔な種族を消そうとしているだけじゃないか! どこまで腐っているのだエルキアはッッ!! ……こうなったら、力ずくでも、彼らを……ッ、そうだ、あの場所さえ見たらきっと……!」
ダメだエッダ、それでは退却に支障が出る。
彼らを脅しながら追撃をかいくぐりニブルヘル砦に戻るなど、民の被害を逆に増やすだけだ……。
「信徒たちよ、私を守りなさい。毎朝の教えを思い出すのです。私たち聖職者を守れば、その行いはあなたたちの来世にて、幸福として訪れるでしょう……。高い地位につけますよ。美しく強い男や働き者の美女と結ばれることが出来ます。夢のエルキア王都での生活が保障されることでしょう!」
「ふんっ、この俗物が……」
完全に把握した、この男もまたペテン師だ。
ペテン師に対して口や理屈で反論してもムダだ、俺は人だかりを分け入りエッダの隣に立つことにした。