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16-06 列をなす逃亡者と元エルキア軍人の誇り

 駐屯地からの撤退は難なく果たせた。

 地下道をくぐり抜けて市内へと戻ると、俺はスコップを布に包み直して街をひた走った。

 時刻は深夜遅く、運悪くも月は満月に近く雲も無い。


 まずはダレスとジョッシュの後を追おう。そこから先は状況に合わせて臨機応変に行動だ。

 市民と彼らは必ず王軍からの追撃を受けることになる。

 状況によっては大きな被害が出てしまうだろう。


 事前に逃走ルートは決めてある。

 しばらく走ると逃亡者による長蛇の列を発見した。その最後尾にダレスとニブルヘルの兵たちの姿を見つけた。


「おおっ旦那っ、良かった無事だったか! 俺ぁもう心配したぜ!」

「ふぅ……待たせたなダレス」


 サウス市内にニブルヘルの大軍を潜伏させることなど出来ない。

 果てしなく続くダークエルフ市民の列に対して、ダレスらの護衛部隊はあまりに寡兵そのものだった。

 今この状況でエルキア駐留軍の追撃を受ければ、兵力差と非戦闘員の数からして想像するだけでもおぞましい劣勢となるだろう。


「こちら側の作戦は全て無事に片付いた。そっちは今からが本番といったところだな」

「ああ……すまねぇな旦那、あんな汚れ仕事押し付けちまってよ……。だけどマジで助かったぜ、最後尾を与る身としちゃよ、もういつ追撃を受けるか気が気じゃなかったからな……」


 後ろを警戒しながら市内を進む。

 王軍の指揮系統はこれで崩壊した。これで駐留軍で3番目に位の高い士官が臨時指令となる。

 だがこの男はとある貴族のせがれで一般人も同然の経験不足、軍務にはまるで長じていないそうだ。だから殺さずに残すことになっていた。


「ありがとうアウサル! いえ、アウサル様!」

「俺たちあんたのおかげで生き繋げそうだ……やつら、明日俺たちを皆殺しにするとか言い出してよ……。頭おかしいよ、もう、ダメかと……」

「市民として、ヒューマンより重い税金も払ってたのにこんなのないわ、あんまりよ……。でもダレス様のような方もいるのね……」


 そうしていると市民が俺に気づいた。

 長蛇もあって歩みが遅いのもある、口々にダレスと俺、ニブルヘルを誉め称えてくれた。

 俺はともかく、ダレスとニブルヘルのみんなが彼らに感謝されるさまは嬉しいものだ。


「おう、だけど俺はこの人の家臣だ。感謝するならアウサルの旦那にしてくれや」

「おい……」

「ありがとうアウサルっ! 私考え違いをしてたわ、貴方は呪われた怪物じゃない、私たちの救世主よ!」


 街のダークエルフにも色々いた。

 ニブルヘルに協力する者もいれば、中立を守って生活を大切にする者、元々は俺を恐れる者ばかりだった。


「わははっ当たり前じゃねぇか、怪物だなんて言ったらバチが当たるぜお前ら! 旦那はよ、ダークエルフにとっちゃ救いの神も同然だぜ! 異なる種族に手を差し伸べ、属してきたものを裏切ったんだ、この時点でもう聖人そのものじゃねぇかよ!」

「ダレス……アンタ、頼むからそういうのは止めてくれ……」


「照れんなよ旦那、だって事実だろ! そこは胸を張れよ、その方が俺たち反乱軍も都合が良い! 旦那は立派なことをしてんだ!」

「俺、間違ってたよ……アウサルさん、無事に逃げ切れたら俺たちあんたの手伝いがしたい。俺もニブルヘルに入れてくれ!」


 しかしだ、今はわいわいじゃれていられる状況ではない。

 ダレスを無視して俺は後ろの警戒を再開した。


「それはありがたい、リーダーのグフェンが喜ぶだろう」

「旦那、もしかしてマジで照れてるのかよ?」


 エルフ市民の列は先頭が見えないほどの規模だった。

 これら全てを守りながら街を出る。ただそれだけで困難確実のミッションだ。


「ま、今回も旦那が泥をかぶってくれたおかげで多くのエルフが救われる事実は変わらねぇぜ。ああ、それより旦那は先頭のジョッシュの方を手伝ってやってくれよ、今のところは後ろよか前の方が大変だろうからな」

「……わかったそうしよう。ダレス、気づかいすまんな」


 正面の道は列で埋まっている、別の通りを使って迂回して前に回り込むことになるだろう。

 ダレスに感謝して俺は現れた横道を隣にして足を止めた。ヒゲ面の大男が後ろ歩きになって俺を見送る。それから何を思ったのか慌てて口を開いた。


「旦那、汚れ仕事ってのは最初は何でもなくとも、徐々に心を蝕むもんだからな、これは軍人続けてりゃ嫌でも直面する。だからそんな時はこう思うのさ! 俺たちは正義だ! 俺たちは間違っちゃいない! 悪を倒して世の中を平和にしてやったんだ! ってな。残りの尻拭いもどうか頼んだぜ旦那!」


 彼みたいに大きな声を出す趣味はない。

 軽く手を振って俺は列の先頭目指してまた走り続けた。



 ・



 ジョッシュは戦術、用兵術にも富んでいる。

 先頭の更に先にやってきてみればニブルヘルのレジスタンスたちを指揮して、障害となる夜間警備兵たちを無力化して回っていた。


「ジョッシュ、何か手伝うことはあるか?」

「ああ、ご無事でしたかアウサルさん。……すみませんが彼と少し打ち合わせをします、代わりに指揮の方をお願いします」


 ジョッシュが斥候部隊を中年のダークエルフに任せて俺の前に下がった。

 それから別の兵に何か合図をしたようだ。


「来ると思って手配させておきました。ああ、ところで念のため聞きますが、あちらの成果はどうなりましたでしょうか」


 彼の繊細な指が後方、駐屯地の方角を指さした。

 ダレスと違ってこっちは現実主義者だ、俺の心境を配慮する気など今はないらしい。


「予定通りだ、王軍指令クリムハルトと副指令を暗殺してきた」

「なら結構です。私たちは大丈夫ですからそれよりフェンリエッダさんたちの方をよろしくお願いします」

「アウサル様、どうぞ……」


 何を手配させていたのかと思えば、それは馬だった。

 どこから手に入れてきたのか鞍を背負った鹿毛のやつが1頭、ジョッシュの指揮下のダークエルフから引き渡された。

 市内への潜伏の都合上、馬は諦めたはずなんだがな……何でここにあるのか。


「鞍付きか、アンタの手際の良さはもはや芸の域だな……。これにはさすがに驚いたよ」

「アウサルさんにそう言っていただけるだなんて光栄ですね。それより早く行って下さい。あちらは手間取っている可能性があります、やはりどうしても不安が拭えませんので……代わりに拭って来て下さい」


 断らせないぞと美形の笑顔が口元をつり上げる。

 口調は淡々としていたが理知的で、何も考えずに従えば作戦が上手く行きそうな錯覚を抱かされた。


「大丈夫なのか? この任務が1番危険だと俺は思っているのだが……。せめて市街の本隊と合流するまで俺が護衛――」

「要りません。アウサルさん、貴方は私とダレス様を過小評価しているところがあります。二度は言いません、ここに穴掘り男の出る幕はありません、我々軍人にお任せ下さい。元エリート軍人の実力というものを見せて差し上げますので」


 ジョッシュは相変わらずの慇懃無礼だった。

 ああわかっている、彼の意図は察した。男がやってみせるって言うんだ、信頼する他にない。


「ジョッシュ、アンタ柄にもなく熱くなってるな」

「そうかもしれませんね。官軍をやっていた頃と比べれば背筋凍る劣勢ですが、我が身を投じてみるとこれが意外に――恐ろしくもやりがいがあるんですよ。民を守っての退却戦――これはまさに軍人冥利に尽きますよ。さ、お早く行って下さい、あちらが心配です」


 尽くせばヒューマンに生まれ変われる。

 一部の奴隷農園ではそんないびつな教義が広まっているという。

 俺が行ってどうなるかはわからないが、確かにあちら側を支援するのが少しでもダークエルフを処刑から救う上での最大効率だった。


「しかしアンタたちを失うのは痛手だ、だからたまには命令ってやつをしておこう。……ジョッシュ、絶対に帰ってきてくれ、民の命よりアンタたちが大切だ」

「軍人としてその願いは受けかねますが、まあ応じておきますのでさっさと行って下さい。よろしくお願いしますよアウサルさん」


 馬に飛び乗りジョッシュと別れた。

 市内を駆けて郊外に抜け、合流ポイント目指して荒野へとひた進む。

 ちなみにだが騎乗技術はエッダに教わった。下手だから不安だとからまれたのだ。


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