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16-05 モグラだって猫を噛む スコップ抱いて暗躍する、栄誉無き聖戦 1/2

 目指すはエルキア駐留軍指令クリムハルトの居室だ。

 既にグフェンの諜報網により屋敷内部の構造と、深夜のクリムハルト卿の生活習慣は調べ上げてある。

 潜入調査を始めた3日中3日、1階臨時司令部から3階自室へと戻ってこの時間は就寝している。


 これがずいぶん信心深く規則正しいたちで、朝早くに目覚めると教会に向かってから職務につくそうだ。

 まあそれも今夜までの話だ、明日の礼拝には遅刻してもらう。……いいや明日だけとは言わず永遠にだ。


「タールといったか、あの男。……どうやらエルキア王軍では、クズの方が出世しやすいようだな」


 王軍装備の一式のおかげで潜入は順調だ。

 俺は地下から狙い通りの物置に繋げ、そこから警備の手薄な屋敷内部へと入り込んだ。

 見比べてみればかつあげ男タールの方が位が高かったので、階級章は事前にすげかえておいた。軍隊は階級社会だ、位がものを言う。


 ちなみにだが、地下倉庫からの正規ルートを使わなかったのにはもちろん理由がある。

 監禁場所であることもあって警備が厚い点と、騒動を起こしては脱獄の発覚が早まるという2点を作戦会議のときに考慮した。


 その結果、この任務が果たせるのはアウサルだけだという結論に至ったのだ。

 暗躍に長じた人材もグフェンの配下にいたが、侯爵の屋敷に忍び込んでブツを受け取り、それをここ王軍駐屯地に運び、任務を果たして確実に姿をくらませる者となると、それはもう俺がやるしかなかったのだ。


「止まれ」


 ここまでは順調だった。

 ところが3階の階段を上がり切ろうとしたところで、道を中年兵士1名が塞いできた。


「ここから先はクリムハルト様の直属、あるいは敬虔な信徒以外の進入は許されていないはずだぞ」

「もちろんわかってます。ですが急ぎ報告しなければならないことが……」


 これもグフェンの網のおかげで事前に把握している。

 クリムハルト卿は国教の信徒と直属だけを重用し、普段は他の者を私室に近付けようとしないそうだ。

 まあその直属も信徒だけで固めているという、いかにも怪しい話だ。


「クリムハルト様は就寝中だ、下がれ。……どうしてもというならば下に副指令の部屋がある、まずは彼に取り次ぎを願うのだな」

「ああ、やはり副指令もここ駐屯地にいらっしゃったのですね、わかりました。……荒事は苦手なのだがな、まあ仕方ない」


 最後のところだけ小声に抑えて、俺は腰に巻き付けておいた布ひもを引いた。

 背中側にスコップをくくり付けておいたのだ。


「やはり……? おいお前、誰だ、顔をよく――ゴガッッ!!?」

「ふぅ……。悪いな、アンタついてなかったんだよ」


 そのスコップを背中の後ろで握り、間髪入れずにその見張りの頭部を横に殴り付けた。

 室内ということもあって兜をしていなかったのが運の尽き、低い金属音とともに中年兵士は床にぶっ倒れた。

 暗いのでよくは見えないが確実な手応えがあった。

 恨みはないが殺す気でやったのだから当然だ……。ああ、確認したところ哀れな被害者の呼吸が早くも停止していた。


「さて……。情報通り手薄だな」


 だがそこに死体を転がしておくのはまずい。

 その男の襟元をつかみ、重いその死体を引きずって標的クリムハルト卿の部屋に向かった。

 ズズ、ズズズ……と気味の悪い音が物音が響く。そうしているとどちらが悪かわからなくなってくる……。

 クリムハルトの部屋の前にやってくると、俺は真鍮製のドアノブをスコップで根本ごと切り落としてこじ開け――てしまいたかったがそこは我慢した。


 代わりに針金を押し込み、教えてもらった通りに操作するとカチリと施錠が解かれる。

 続いてゆっくりとドアノブを回し、兵士を引きずって部屋の内部へと侵入した。

 しかしクリムハルト卿は不気味な物音とピッキングに目を覚ましていたようだ。

 それを不審に思いランプという明かりに火を灯した。


「なっ、ぅっ……!」


 だが俺の方が少し早かった。

 明かりが部屋を灯すと同時に、ヤツの喉元には今日のために研がれたスコップが鋭利に突きつけられていた。


「声を出したら喉を斬る。……アンタがエルキア王直属駐留軍指令、クリムハルトだな」

「き、貴様……ッ。ッッ……?!」


 重くてたまらない、ここまで引きずってきた兵士の死体を床に捨てた。

 クリムハルト卿はその死体に気づき、恐れおののいていた。

 想像力が無かろうとわかることだ、それが明日の我が身だということに。


「本の中の正義のヒーローなら……ここでアンタと死闘を演じるのかもな。だがそんなことをすれば外の連中に類が及ぶ」

「何者だ、貴様……うちの兵じゃないな……っ?!」


「あまり大きな声を出すな、と言ったはずだぞクリムハルト。……さて、少し質問に答えてもらおうか。俺は半分はこのために来たのだからな。クリムハルト卿よ、なぜ、ダークエルフの処刑などという、狂気に手を染めようとした」


 エルキア王の命令だから。という単純な理屈ではない。

 このクリムハルトという男は信心深く、むしろ今回の殺戮計画に積極的に荷担しているように見えた。

 俺とグフェンはこいつの頭の中が知りたい。

 俺たちからすれば狂人の行いとしか見えない行動の数々に、明確な真実が必要だった。


「スコップに蛇の瞳、白い腕……この悪魔め。貴様がアウサルだな、この、汚らわしい邪神の使徒め……ッ」

「……アンタ、この状況がわかっているのか?」


 命乞いをされるかと思っていた。

 だがクリムハルトが見せたのは憎悪だ。俺がアウサルだと悟ると、親でも殺されたかのようなむき出しの敵意を見せてきた。

 一歩返答を間違えれば俺に殺される状況で、なぜコイツはこれほどの怒りを見せるのだ。

 エルキア側に恨まれている自覚はあるが、この憎悪はあまりに行き過ぎている。

 得体の知れないクリムハルトの信念のようなものがただただ俺には不気味だった。


「質問に答えろクリムハルト。なぜ、こんなことをする、なぜ、積極的にこんな虐殺に荷担するのだアンタは……」


 反面それは手応えでもあった。

 この男の頭の中に、俺たちが知りたかったエルキアの狂気の真実、あるいは断片がある。

 そしてその予感は最悪の事実となって現れた。


「浄化だよ」

「何だと……」


「全ての古き種族は滅ぼし尽くし、あるべき形へと至らなければならない。我々ヒューマンが亜種族を苦しめている? 違う……。汚らわしい亜種族どもが存在するから世が乱れるのだ」


 命を握られているというのにクリムハルトは高圧的な態度を崩さない。

 むしろ言葉は狂気のように高ぶり熱の入ったものになっていった。


「エルフは神の想定を超えた長過ぎる寿命、ダークエルフに至っては外法とも呼べる異端の術を扱う。何より、世界を滅ぼそうとした邪神、裏切り者の邪竜ユランを崇めている」

「……アンタたちは敵対するもの、全てを滅ぼした先に、理想の社会があるとでも言うのか?」


 思想そのものは俺たちの仇敵スコルピオ侯爵と似ていた。だがそれとはまるで別質だとすぐに悟った。

 スコルピオの理屈には一応の筋が通っていた。

 亜種族を滅ぼすか、奴隷にするかしないと弱いヒューマンは競争に負けてしまう。


 しかしダークエルフを処刑すれば労働力が無くなりサウスは衰退する。

 だから飼い慣らす、だから隠し砦陥落の際も、反逆したダークエルフを奴隷として許すとヤツは言ったのだ。


 一方このクリムハルトの思想は狂信者に近い。

 殺戮を浄化と迷いもなく言い張った。

 スコルピオ侯爵さえちゅうちょする域の虐殺行為を、命令とはいえ積極的に行使しようとしている。やはりまともな人間ではなかった。


「失敗作の種など延命したところで何の意味がある。白き死の荒野のアウサル、呪われた怪物よ、己とダークエルフたちを重ねて見るのは止めることだ。……ヒューマンこそが、創造主サマエルの理想形なのだ」

「ほう、ならばもう少し具体的に教えてくれ。なぜ彼らは失敗作なのだ?」


 怒りを抑えてやつの言葉を引き出すことにした。

 俺たちはエルキア上層部の狂気を見定める必要がある。

 敵を知らなくては戦いに勝てない。それが度し難いクズの頭の中であろうとも。


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