16-04 捕らえられた街のダークエルフを救う、本来切ってはならない禁じ手も
今頃はフェンリエッダとアベル率いる密動隊が、農園や駐屯地から囚われのダークエルフたちを救い出している頃だ。
そんな状況で悪いが俺はそれを直接手伝わない。
その脱獄と逃走を援護するために混乱を起こす。それが今回の俺の役割だ。
何せ逃がす人数が人数だ、脱走をどんなに上手くやりおおせてもそのうちすぐに発覚する。
すると郊外各地の農園からこの駐屯地に伝令がやって来るだろう。
しかしその伝令全てを討つのも無理がある。ならば他に選択肢はそう多くない。
さてダレスとジョッシュは俺の掘った地下トンネルを用いて、今この駐屯地の内部に侵入している。
こちらも捕らえられた市内のエルフを脱出させている時刻だ。
しかし俺はその地下道を使わない、あえてもう1本用意した。
俺が遅れて脱出する頃にはその退路が露呈している可能性が高いからだ。
そうだ、俺はその自分用の地下道を進んでいる。やがて問題なく王軍駐屯地内部へと潜入することに成功した。
いつもの潜入と同じく、地中より床を切り抜いて地下倉庫へとお邪魔させてもらったのだ。
ところで繰り返すことになるが、そこは元々商人のものだ。
広い敷地にレンガ作りの大きな屋敷を持っている。俺の目的地はこの倉庫ではなく上となる。
地下倉庫は酒樽や木箱、またそれらを外部へと運び出した形跡が目立った。
今思えばこの広い地下施設があるからこそ王軍に目を付けられたのかもしれない。ここはかなり広く、丁寧に区画分けされていた。
穀物や酒、塩、もろもろを扱う商売柄からして、それだけの広い空間が必要だったのだろう。
「……着なれんな」
それともう1つ目立つものがあった。
エルキア王軍の鎧兜一式だ。
脱獄部隊に頼んで手配しておいてもらったそれを、俺は早速身に付けた。
「おや、ようやく来ましたねアウサルさん」
「ジョッシュか。脱獄の幇助を任せたはずだが、この大事な時にアンタは何をしてるんだ?」
するとそこにヒューマンのジョッシュが現れた。
暗い地下倉庫の中に銀髪の美声年がやわらかい表情で、場違いにのんきな歓迎をしてくれていた。
「それはダレス様とニブルヘルの方々に任せてきました。……実はですね、捕らえられた市民から気になる話を耳にすることになりまして。まあそれを我が主アウサルさんに伝えなければと、こうして貴方に会いに来たんですよ」
「俺の方は良いがアンタの時間が惜しいな、ならさっと頼む」
このジョッシュという男は感情を人に読まれるのを嫌うタイプだ。
穏やかそうにしているが性格は辛辣にしてクール、だから彼はあのやわらかい表情のまま言った。
「奴隷階級のダークエルフ。つまり農園のエルフたちですね、その一部でとある教えが広まっているそうです。何でも忠実に義務と職務を果たし、祈り続ければ……」
そこでジョッシュは言葉を止める。
俺の顔色をうかがい、よっぽど堪えかねたのか彼も鋭い眼差しで残りの言葉を言い放った。
「祈り続ければ、来世でヒューマンになれるそうですよ」
「それは、何といびつな教えだろうな……」
「ええ、奴隷をこき使いたい側の欲望が透けて見えますね。しかし問題はそこではありません。おわかりですねアウサルさん。奴隷農園側に向かったフェンリエッダさんとアベルハムが心配です」
要するにだ、教えに背くと救われないと、俺たちの救いの手を奴隷本人たちが拒む可能性があるということだ。
そこに、フェンリエッダの性格を織り交ぜて考えると……ジョッシュの憂慮ももっともだった。
グフェンは大のために小を切り捨てろと言ったが、エッダは頑固者だ……。
「アウサルさん、そちらの仕事が終わったら、あちらの様子を見に行ってくれませんか? ろくでもないことになっていそうな気がするのです。まあ、あくまで可能性の話ですがね」
「ジョッシュ、やはりアンタとダレスを引き入れて良かった。俺ならそこまで気が回らなかっただろうな」
「ふふ……そう言われると悪い気がしませんよ」
尽くせば来世でヒューマンになれる。
それは奴隷階級のダークエルフからすれば救いかもしれない。だが許せるものではない……。
裏を返せば死ぬまで奴隷に甘んじて、ヒューマンのために使い潰されろという意味になる。
ヒューマンになれるという報酬も偽りだ、これはでっち上げの嘘で教養の無い者を操ろうというのだ。
「グフェン様が耳にしたらさぞやお心を痛めるでしょうね。さて、では私もあっちの仕事がありますので、ダレス様がヘマをやらかさないようフォローしてまいります。……ああ、脱獄の方は想定より順調ですよ、もう30分ほどで片付くでしょう。そちらの決行はその時にでも。それでは……」
「そうか、それは朗報だ、アンタたちに頼んだかいがあったよ。けどジョッシュ、アンタな、たまにはおとなしく主人のダレスが心配だと言えばいい」
ジョッシュは笑顔で感情を隠す。
それはもうやわらかな微笑みで俺を見つめ返した。
「いえ今の主人は貴方ですよ、ダレス様ではありません。では……あちらの方は貴方にお任せいたします」
「ああ、そっちも街のダークエルフたちをどうか頼む」
民を守りながらの逃走だ、ダレスとジョッシュの仕事もまた到底簡単なものではなかった。
ああちなみに例のラーズ少年だが、怪我が完全に治っていなかったのでグフェンの隣につけた。
ラーズもまたヒューマンだ、グフェンの隣で働かせて味方であることを先に印象付けなければならなかったのもある。
さてしばらくやることがない、俺は少しだけ時間を潰すことになった。
いくら真夜中とはいえこの役目を果たせば確実に騒動が起こる。
そこで駐屯地からの脱獄が完了する30分後まで、俺は行動のタイミングを待った。
「旦那、俺が最後尾だ。ジョッシュはもうダークエルフたちを導いてサウス市脱出に動いてる。市内の警備状況と長蛇の行進を考えりゃ、まあもう間もなくバレて追走劇が始まることになるだろうな」
「そうだな……ならアンタも急いでくれ。こうしてわざわざ会いに来てくれたのは嬉しいがな」
倉庫の奥が静かになってそろそろ動くべきか、そう考え始めていると大男ダレスがここにやって来た。
作戦そのものはミスの許されない重大任務、少しミスたっただけで民の命が代償として消える。
しかしダレスも俺も心のどこかで状況を楽しんでいたらしい、会話はほがらかだった。
「ああわかってる、だけどその前によ、言っておくぜアウサルの旦那。ヤベェと思ったら退いてくれ。確かに旦那の援護は欲しいけどよ、アウサルって切り札がいなきゃ、ア・ジールはこの先立ちゆかん」
わざわざ何を言いに来たかと思えばそんなことだった。
確かにこれはバクチだ。だが俺は分の良い賭だと思っている。
「各地の種族たちもよ、旦那に肩入れしたいって思ったから加わってくれたんだ、頼むから生きて帰って来てくれよ。……そんでまたよ、ア・ジールで楽しくやってこうぜ。ルイ――ルイゼのことも、旦那が隣にいてくれると俺も安心できる、じゃあな!」
「ああ、戻ったら男だけで酒盛りといこう。ブロンゾとアベル、それにグフェンも呼んで。いっそラーズも呼ぶか、あれもまだ10だがな、作戦に加わった以上は混ざる義務がある」
ヒゲづらのダレスと口元だけで笑い合った。
しかし時間がもうない、大柄なヒゲ男はすぐに地下倉庫の奥へと消えていった。
そうして俺だけがここ敵地に残ることになった。支援は無い、役目を果たしてただちに逃亡しなければならない。
「虐殺という絶対に切ってはならないカード、それを出したアンタたちが悪いんだ。ア・ジールの未来のために、禁じ手を使わせてもらう」
俺は新たな横穴を掘り進めて地上を目指した。
伝令全てを片付けることが出来ないならば……もうこれしかない。