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16-03 スコップ1つで救いがたき悪をほふる

 作戦はもうじき実行段階に入る。

 今はとある屋敷の地下にて、俺は静かにその場での潜伏を続けていた。

 場合によっては内部の間者がヤツに協力、あるいはでかい尻を叩く段取りになっている。


「お、おい……。おい……っ」


 ここがヤツとの待ち合わせ場所だ。

 地上より聞き覚えのある声がうっすらと響いてきた。


「いるんだろう……っ。手に入れてきたぞ……例のものを……」

「ああご苦労だ、ポコイコーナン」


 土中から姿を現してポコイコーナンの正面に立った。

 今は深夜、真夜中の庭園に大柄でデコの広い男が俺を待っていた。

 もう少しそわそわとしているのかと思っていたが、俺が現れてもまるで驚かない。意外な反応だ。


「……ああ、本物だ。本物(・・)だよ」

「ふ、ふぅぅ……。そうか、それは良かった……ふぅ、ふぅ……」


 彼からブツを受け取った。

 布の中身を開き、内部に隠されたそれを確認した。……本物だ。


「よくやってくれた。後は間者として情報をよこしてくれるだけでいい、その後の安全は保証しよう。アンタの裏切りのおかげで多くのダークエルフが救われる」

「い……いや……それはいらない……安全は、もういらない、間者ももう、出来ない……」


 思わぬその言葉が俺に戦慄を与えた。

 まさか裏切るというのか、この重大な状況で……。

 可能性として何度も考慮していた部分だけあって、俺は鋭く敵意むき出しにヤツを睨んだ。

 場合によっては人質を殺すと脅さなければならん。


「何のつもりだ、アンタ状況を理解しているのか?」

「そうじゃない……違う……」


「なら何だ、多くの命がかかっている、今さら抜けるだなんて言わせんぞ」

「わちは……わちは……。わちはもう、ダメだ……そちら側には……行けそうも、ない……」


 そこで俺は己の大きな過ちに気づかされた。

 崩れ落ちるポコイコーナンを前から抱き支えることになった。といっても太った大柄な男だ、一緒に地へとへたり込む羽目になったのだが。


「おい、アンタ……何だ、何だこれは……ッ?!」

「ひ、ひひひひひっ……。宝物庫にぃ……見張り番がいた……。うまく……だまし込んでやった、はず、なのになぁ……。あ、相打ちに、なってしまったよ……」


 手のひらにぬるりとした感触が走った。

 ヤツはガウンの背中側がずぶ濡れになるほどに血を流していた。

 肌も冷たく、こうして触れあってみれば寒気にも震えていた。

 ……俺はこの男を脅した。しくじれば息子に未来は無い、救出劇が困難を極めることになると、脅したのだ。


「妻と……息子、子供たちを頼む……。わちは……わちは悪党だった……。だが……だけど最期だけは……天国のママにっ、胸を、はれるだけ……まっとうに、生きられただろうか……アウサル……」

「ポコイコーナン、アンタ……」


 その結果がこれだ。

 俺は策略の鍵を手に入れたが、犠牲の伴う結末になった。

 彼の身体が冷えきっている、今の出血が少ないのはもうあらかたが流れ落ちているからだろう。

 これはあの本たちを生み出した異界にはない概念だ……。血を流し過ぎた人間はもう絶対に助からない……。


「あと40年……早く……君たちが現れていたら……わちだって……正義の、英雄の……仲間に……。アウサル……侯爵、スコル、ピオも、わちの……同類……同類だアウサルっ」

「……ポコイコーナン、俺は今から酷い願い事をアンタにする。アンタが死んだら、アンタを埋めさせてくれ。アンタが盗んだとバレてしまうと作戦が立ちゆかない」


 彼を看取りながら俺は傲慢な要求をした。

 ダークエルフを少しでも守るためだ。


「それで……許して、もらえるだろうか……。妻と、息子に……わちは……アウサルの、力になって……死んだと……伝えてくれ……そうしたら、わちは……許して……ゥッ……」


 ポコイコーナンはそこで意識を失った。

 2度とその意識が現実世界に帰ってくることはないだろう。

 彼の心臓が止まるのを待ち、俺は大男を穴底に押し込んで埋めて捨てた。


「……酷い話だ。救えん」


 人殺しだけは禁忌としていた悪党が、最期は人を殺めて自らも命を落とした。

 人様に胸を張れぬ生きざまを恥じ、救いを求めて虚像の英雄にすがった。

 それを俺は埋めて、捨てて、屋敷から逃げた。酷い話だ。救えん。ここは本の中と違って何もかもが救えん世界だ……。



 ・



 スコルピオ侯爵の屋敷から王軍駐屯地へと移動した。

 といってもそれもまた大きな屋敷だ。

 王直属精鋭軍はサウスへの残留が決まると、とあるヒューマンの商家を徴発し、その広い屋敷と敷地を丸ごとを乗っ取った。賃貸料ははした金だ。


 当然所有者の商人から不満が出たが、そこは天下のエルキア王直属軍、スコルピオに泣きついたところで逆らえる相手などではなかった。

 その商人が日頃スコルピオと距離を取っていたのも、そもそもの不幸の引き金だったのかもしれない。


 とはいえ王軍その数2000、その全てが屋敷に収まるわけもなかった。

 王軍指令クリムハルトとその取り巻き、200弱の守備兵以外は同じように市民の住居を薄謝で奪い取って駐屯生活を続けていた。


「おいそこのおっさん、ちょっと待ちな」

「おいタール、お前、またかよ……?」


 深夜だというのに正門には見張りが3名もいた。

 外周を巡回する役割も含めれば10を超えている。

 長い駐屯がやつらのモラルを低下させていた。あのように屋敷周辺をうかつに通ると、金目の物を無心されるはめになる。


「財布出してみろよ。……いいから出せよ、おい! ……何だよこれっぽっちかよ、はぁぁ~、しけてんなっ、ああもう行っていいぞ貧乏人」


 今も運の悪い男が財布を奪われたところだ。

 真夜中に酔っぱらって1人歩きなんてするからだ。


「タール、お前悪党だなぁ~」

「しょうがねぇだろ、ここじゃアッチの楽しみしかねぇし、金かかんだよバーカ」


 悪辣な兵士は市民に蹴りを入れて追い払った。

 正義漢でなくとも腹の立つ光景だ。

 ラジールがこの場にいなくてよかったと思えるほどに、久々にたちが悪い悪党を見た。


 ちなみに異界の言葉でこれを、かつあげ、と呼ぶそうだ。

 あげとは衣、かつとは肉を意味するそうなので、きっと身ぐるみはぐという意味なのだろう。

 異界本場のかつあげは、非常に危険で命に関わるということだな。


「ちくしょぉ……バカにしやがってあの野郎……っ。ぅぅ……俺の財布……」


 さて外側から眺めての憶測だが、グフェンの諜報部隊の事前報告より守備兵の数が少ないように見えた。

 処刑の決行は明日の正午だ。やつらは妨害や襲撃を想定して、処刑台や農園各所への人員配置を増やしたのかもしれん。


「おい、お前、そんなところでなにやってんだよそこのローブ男っ。あ~~、怪しいなぁぁおめぇぇ……?」

「何って、市民が町を歩いてちゃいけないのか?」


 ところで先ほどのかつあげ男ことタールだが、ちょうど今俺の前に来ていた。

 確かに俺は怪しいかもしれんがやつの目当てはどうも違うらしい。


「ちょうどいいっ、さっきの野郎がもぅしょっぱくてよぉぉ? さあてめぇの所持品も改めさせてもらおうか! 危険な物を持って、ここ駐屯地をうろつかれちゃたまんねぇからなぁ~?」

「そんなこと言って、アンタは最初から金品を揺するつもりなんだろ」


 実はわざとコイツにだけ姿をちらつかせた。

 欲張りな男だ、期待通り単独でからんできてくれている。

 任務を実行するまで今少しの時間があったので、これは気まぐれでついでだ。


「わかってるなら出せよバーカ!」

「……まるで野盗だな。なら参考までに聞かせてくれ、アンタの要求を拒むと、具体的にどうなるのだ?」


「おうしょっぴくぜ。ダークエルフ側の間者ってことにしてよぉ、拷問だっ、そういうのが滅法好きなやつらがいるしなぁぁ、押し付けるのさぁ。ま、運が良ければ生きて帰れる、運が悪けりゃ、まあ不慮の死か、刑死ってわけだ。さあさっさと出せよ、俺ぁ気が短いんだよっ!」

「わかった……」


 親指ほどのアクアマリンを取り出してやつに渡した。

 いいや嘘だ、渡すと見せかけて暗がりに投げ捨ててやった。


「てめぇ! なんのつもりだおいっ!」

「勘違いするな兵隊さん。それはもう捨てたものだ、アンタの好きにするといいさ。見ただろ、あれは女が喜びそうな大きなアクアマリンだぞ」


「……んん~、言われてみりゃ確かにでかかった。うんいいぜ、だけどそこを動くなよバカ野郎。今拾い上げて、他にももっと出してもらうからなぁぁ」

「それはまた強欲なことだな……」


 ヤツは上機嫌でアクアマリンを拾いに行った。

 だがお察しの通りだ。深い陥落がヤツを地中に飲み込んだ。


「なっ、何が起き……え、まさかてめぇッ、アウッ――」

「それは言わせない」


 叫ばれる前にスコップで頭を殴り倒した。

 100倍スコップにより1発ダウンしたその懐から奪われた財布を取り戻し、アクアマリンと、ついでに鎧についていた階級章を奪っておいた。

 考えてみればこういった悪党の方がつじつま合わせに都合が良かったからだ。


「エイリアン・ヘイアンキョーの術……。王軍兵士タールよ、悪党に生まれたのを呪え、俺は別に悪くない」


 それから埋めた。

 ポンポンと地表を固めて跡形もなく整えた。

 取り戻した財布は元の持ち主に返した。取り戻してやるから待ってろと足止めしておいたのだ。


「お、俺の財布……本当に戻ってきた……すげぇ……。あ、良かったらうちに来てくれよ、酒の残りでいいならあんたに振る舞いたい!」

「いやそれは遠慮しておく。それにもうそろそろ時間なんだ、行くにしても日をあらためることにさせてくれ」


 階級章にはタールという名が刻まれていた。

 悪くない。上手くこの悪党に罪をかぶせれば、こちらの期待通りに多くの者が騙されてくれるはずだ。

 実を言えばこの策略がどんな目を招くかはわからん。

 全てはスコルピオがどこまで心を病み弱ってくれているかにかかっていた。


 俺は、これから人を殺しに行く。

 神出鬼没のこの力で、救いがたき悪をほふるのだ。


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