15-03 特別編 雷鳥の家紋を持つ男
俺の名はエルサス、ルインスリーゼの兄だ。
一応あの大国エルキアに属する身分にあたる。
今回は英雄アウサルに代わって、俺の話を聞いていただこう。
ああ、ちなみにだがねぇ、ルインスリーゼが夜尿症を克服したのはごく最近のことだったと明かしておこう。
まぁ女性は尿道が短いと言われる、恥じることではない。……兄として可能な限りいじりにいじり倒してやったがね、ハハハッ、そこは当然の権利だよ君。
……それで話が少しだけ飛んだが、俺はエルキア本国に反乱を起こそうともくろんでいる。ここはあえて繰り返そう、俺を反乱を起こす。
なぜなら現王とその取り巻き連中に疑念を抱いたからだ。
最初は小さな違和感に過ぎなかった。何かがおかしいとは思った。だが、歪みそのものの形が当時の俺には上手く把握出来なかった。
しかし現王は変わった。それだけは間違いない、別人と呼べるほどに変わってしまっていた。
そして日に日に大きくなってゆくドロドロとした違和感は、サウスに潜伏するダークエルフのレジスタンス――ニブルヘル潰しの大軍勢を編成していると耳にした時点で、ある確信へと変わった。
確かにエルキアは亜種族に対してあまりに冷たく残酷な政策を取っている。けれどもそれで社会が成り立つならば、悪徳であろうとも仕方がない。要らぬ正義が社会に混乱を招くより現状維持がマシなのだ。
だが、その遠征ばかりは帳尻が合わなかった。
軍勢を動かすには莫大な金がかかる、民への負担もはかりしれん。納税、収穫、冬ごもりを民たちが果たすには男手が要る。
そこに遠征への出費が臨時徴税という形で現れれば、エルキアは悪い方向の連鎖を始めてしまう。戦争で奴隷に落ちぶれた民が品々の市場価格を下げ、荘園や奴隷農場主の一人勝ちが始まる。
つまり何を作っても奴隷と同じ代金でしか売れない時代が来てしまう。それが新たな奴隷を呼ぶのだ。
ああすまん話を戻す。つまり100年以上に渡り抵抗を続けてきたレジスタンス・ニブルヘル。それは大国エルキアから見ればあまりに弱小だったのだよ。
そんな弱小勢力相手に、なぜここまでの予算と過剰兵力をかけるのか、事情を知らぬ俺にはまるで理解不能どころか不可解だった。
そもそもどうやってあの迷いの森を抜けるというのか。金のムダとしか思えない狂行を取る現王の姿に、当然ながら俺も疑念を抱いた。
そこで俺は好奇心に負けたんだよ。
あのシルバとスケを、あろうことか現王周辺に忍び込ませてしまった。
彼らは優秀だ、忠実に仕事を果たしてきた。
とんでもない書類を手にして、俺の元に帰ってきてしまったのだ。エルキア現王の目的、それは――
ヒューマン以外の全種族の根絶と、創造主サマエルの復活という、理解不能の傲慢極まらんものだった。
現王は狂っている。あるいはあの取り巻きに誘導され、判断する力を失ってしまっている。
俺は、亜種族に情けをかけようだなんてこれっぽっちも考えちゃいない。
俺は英雄アウサルと違ってわがままで身勝手な男だよ。
しかしエルキア王国を、現王を利用して世界を狂わせようとしている者どもがいる。
疑心と好奇心のあまり、冷静にその動きを追えば追うほどに……俺の忠誠心は揺らぎ冷え込んでいった。
決め手はルインスリーゼだ。
俺が領地を不在にしていると屋敷が襲撃された。
幸いルインはどうにか落ち延びてくれたようだが、兵や使用人に全滅に等しい被害が出た……。
ルインの足取りはそれっきりつかめず、手にしたのは、ニブルヘル陥落の報とほぼ同時だったのさ……。
俺を反逆に駆り立てた理由、それはルインだ。
屋敷を、ルインを襲った襲撃者の正体はすぐにわかった。現王の手の者だ……。
本人が俺の前で白々しくも言い放った……。
妹の命は預かっている、逆らえば殺す。従えば新たなる神世の時代を見せてやろう、と。
俺はうろたえた、義務と見栄を捨て、悪王に従いかけた。
だが……ルインは捕まってはいなかったのだよ。
なんとあの反乱の種火そのもの、アウサルの隣にいたとくる……。
俺は今も現王に従っている。
妹を人質にされた哀れな従属者を演じている。
内部からエルキアを喰い破らんが為に、偽りの忠誠と雌伏を続けている。
アウサルがルインを悪党の宝物庫より盗み出したその日より、俺たちは盟友となることが決められていたのだ。
偶然とはいえ、それは俺にとって奇跡だった。反逆のチャンスが来たのだ。
・
さきほど少しまずい報告が入った。
俺は腹心の……シルバとスケと話し合いを始めていた。
「どうしやすか若。伝えずにもみ消すこともできやすぜ」
「むしろこれは黙っていた方がいいでしょうね。仮に伝えたところで、彼らを危険な戦いに導くだけかと……」
彼らのコードネームはある異界の本から取った。
そうなると俺は、ミッド・イエローゲートなわけだ。
「ふ~ん……君ら人でなしだねぇ~? 本当にこれ、見て見ぬふりしちゃうつもりなの~? うっわぁぁ~、君らド外道だなぁぁ~~?」
「はいはい、若は人を不快にするのが得意ですね。ま、最後の決断を下すのは若なんですし、俺らはそれに従うだけ、いやぁ気楽なもんでさ」
「ふふ、いい加減無責任を続けられる身分でないことを、学ばれたらどうでしょうか」
反乱は大変だよ君。
しくじれば処刑、誘った仲間も処刑、こいつらも処刑、怪しいやつは全部処刑、大国っていうのは恐ろしいよ。
人間1人1人にとってはあまりに巨大な怪物過ぎる。
「ああ、判断を迫られる権力者俺……。つらいなぁ~、あー、つらいなぁ~~……。なぁんてふざけてる場合じゃないか。……シルバ、これをそのままアウサルとグフェン殿に伝えてこい」
「あら……情に流されるなんて閣下らしくもないですね」
「わかってるんですよねぇ若? 下手したらこりゃ内通を悟られやすぜ? 場合によっちゃ、せっかくの従ったふりもおしまいになっちまう。エルキアを追われますぜ」
そうなんだ、これは非常に危険なネタなのだよ。
本来エルキア上層部しか知り得ない情報を、彼らに流すかどうかでもめてるのだ。
「そうなんだけどねぇ~? でも~? 逆にこれ考えるとさぁ~? ……あのぶっきらぼうで不器用でクール気取ってるくせに熱血漢な男が、この計画が始まれば動かないはずがない。グフェン殿もダークエルフ全ての保護者みたいなもんだ、知れば無茶を始めるに決まってるんだよ。グフェン殿が堪え忍んでも、アウサルが背中を押すだろうね」
けど俺は賢いからね、わかるんだよそのくらい。
付き合いは短いがずっとアイツの動向を追っていた、アウサルの引き起こす奇跡は実に痛快だった。ここで終わらせるにはあまりに惜しい。
……もしかしたら本当に、だなんて考えてしまうんだよ。
「ならば伝えるしかありゃしやせんね。逆に考えりゃお互いの信頼関係がこれで強く結ばれる。あっしは賛成ですぜ若」
「あらやだ、スケまで情に流されるんですか。もうこれだから男って嫌です。……ですがご命令とあれば仕方ありませんね、伝えてまいりましょうとも」
繰り返すけど俺は正義漢じゃないよ。
だけどネタがネタなんだ、さすがの俺もこれには嫌悪感を隠し得ない。
情に流されて事実を伝えて何が悪い。俺が思っていた以上に、現王とその取り巻きどもは狂っていたのだ。
「サウス領ダークエルフ処刑指令。反逆の地下帝国の空の上で、地獄絵図が広がることになりますものね……」
英雄アウサルと救世の竜が率いる反逆の地下帝国。それは俺からしても思いもしない期待の第3勢力に育っていってくれている。
内通を疑われるリスクを支払ってでも、ア・ジールに投資する価値があった。
何より彼らはルインの庇護者だ。義理人情なんて俺のガラじゃないんだが……まあ、あいつらだけは別枠にしておく。
反逆の地下帝国ア・ジール、お前たちはエルキアの足下でどこまで大きく育ってくれるというのか。
頼むから焦って決起など起こしてくれるなよ……この国はあまりに巨大過ぎるのだから……。
いつの日か共に円卓を囲める日を夢見て、俺は真実をシルバに託す。あとは勝手に上手くやれ。