15-02 半月ぶりの帰国、天使ティルフィンとの再会 2/2 (挿絵あり
フィンの姿をあらためて眺める。
成長した姿は美しくもかわいいものだった。無邪気さは損なわれたが相変わらずの愛らしい容姿だ。
知らぬうちにこんな大人になってしまったか……実に惜しいことをした。
「パパ、お散歩いこ。……ラーズは抜きで」
「はぁ……僕は別に構いません、どうぞ行ってきて下さいアウサルさん」
そのフィンが一瞬だけ昔の無邪気な笑顔を見せた。
それを察したのか、ラーズも気を使ってくれたみたいだ。
「すまんな、ならばスコップはここに置いていこう。人が戻ってきたら自分はアウサルの客人だと言っておいてくれ」
「早く行こうよ! そんなのほっといてフィンと一緒に外に行こうよパパ!」
フィンに引っ張られて俺は家の外に出た。
すると少し意外なことが起こった。フィンの笑顔と無邪気さが戻ったのだ。
「おい、フィン、何をするつもりだ……?」
フィンに両手をつかまれた。
すると懐かしい感覚が走る。ふわりと少女が羽ばたいて宙に浮いた。重さを感じさせない完全な飛行だ。
「ほらパパ、フィンね、こんなに飛ぶの上手くなったんだよ。すごいでしょ」
「おお……ちゃんと飛べているな。ああ立派になった。今から俺は場違いなことを言うが、お前は将来美人になるだろうな」
「じゃあ結婚して」
「な……なん、だと……?」
あの幼いフィンが言うならば許された言葉だ。
だがこの姿の、使い古された言葉を使えば美少女、と呼べてしまえる存在に言われるとなかなかそれは……。
返答にも困った、これに何と返せばいい……。
「フィン知ってるよ。パパとは血が繋がってないの。だからママたちからパパを取っちゃうことも出来るんだって」
「なるほど……フィンは大人になったな……」
本で読んだことがある。
年頃の娘はそういうものなのだと。だからこれは一過性のことだ。うろたえる必要など無い、はずだ。
「ブロンゾと結婚してやるのではなかったのか?」
「え、そんなことフィン言ったっけ? うーん……ブロンゾおじさんは渋いけど、フィンの好みじゃないし、あんなの、普通におじさん過ぎるダメ」
ブロンゾ……。色々とあったが今はアンタに同情しよう。
俺より先に帰国したのだ、もうフィンには会ったのだろうな……冷たくされたのか……?
「デートしよパパ! フィンとデート!」
「待て……待てフィン……」
大声だ、近所のダークエルフの奥さんに奇異の目で見られてしまった……。
響きがまずい……意味も良くない、年齢差というのはどこの世界でも障害となるものだ……。
しかし反面俺は安心していた。目の前にいる天使は、俺の知るフィンなのだと。
「わかった。フィン、ならばどこに行こうか」
「麦畑! 麦畑をお空から見ようよパパ!」
「残念だがフィン、パパは空を飛べない。だからそのお願いはユランにするといい」
「あははっ、そんなの全然大丈夫だよパパ!」
フィンが俺の手をふりほどいて背中に回ってきた。いや正確に言えば無邪気に後ろから抱きつかれた。
「お、おい……待て、待てフィンッ……おいっ?!」
「あはははっ、ほらほら~いくよパパっ♪」
パタパタとその羽毛を持つ翼が羽ばたくと、俺の肉体が空に向かって持ち上がっていったのだ。
呆気に取られているうちに、みるみると着地困難な高度へと運ばれた……。
「浮いている……どうも不思議な力だな……。フィン、俺はこんな感覚を味わったのは、生まれて初めてだ……」
気分は鷹に捕獲された小動物だった。
しかしフィンは俺を単純な筋力で持ち上げているのではない。俺の身体そのものを宙に浮かせていたのだ。
フィンは接触した人を浮かせる力を持っていた。
「パパ、フィン知ってるよ。……パパたちは神様に反逆するために戦ってる。天使とサマエルとエルキアはパパたちの敵。だからフィンも手伝うよ。ねぇねぇ、フィンの力すごいでしょ、絶対に役に立つよ、そう言ってたもん」
ふいに小さい怒りが浮かんでいた。
1人の保護者として、それは聞き捨てならなかったからだ。
「誰だ、そんなつまらんことをフィンに吹き込んだバカは……。フィンはまだ子供だ、戦いに巻き込む気などない、その姿を外の連中に見せるわけにもいかん」
「子供じゃないよ! フィン大人だよっ、ラーズみたいなお子さまと一緒にしないでよ! パパたちを手伝うったら手伝うの!」
ラーズは作戦に連れていく。
しかしフィンは地下帝国にて留守番。なるほど、早くも騒動の匂いが立ちこめているな……。
「まだダメだ。もっともっと大人になったらだ、それもママたち全員が良いと言ってからだ」
「えーーーーーーー……、え~~~~~……!!」
ユランはこの子を利用するつもりだ。
ルイゼは必要に応じて流されるかもしれない。
だがフェンリエッダだけは絶対に許さない。
グフェンもブロンゾも、ダレスもジョッシュも親代わりをした以上認めないに決まっていた。
「あ、それより見てパパ! フィンね、パパに見せたかったの! お空から見る、フィンの町の姿を!」
遠くから見下ろして初めてわかる良さがある。
フィンに吊されながら眺めるア・ジールの姿は恐ろしくも壮観なものだった。
月日が畑と住居を広げ、白と獣の地下隧道周辺に立派な商店街が生まれている。
その2つの出口を結ぶ道が太く立派に整備され、そこを荷物を背負った人やロバが行き交っていた。
さらに奥を見れば広い広い麦畑と荒れ地だ。ア・ジールはあまりに広過ぎて大地を開拓しきれていない。
「良い眺めだ。絶景だな、人の生活がそこにあって生き生きと輝いている。ありがとうフィン、素晴らしい光景だ」
ここで生まれたフィンはこの楽園を当たり前に受け入れ、当たり前にその栄光を享受している。
この地は俺たちの誇りだ。ニブルヘル砦のような陥落は2度と許されない。
フィンにそんな情景を見せるわけにはいかないのだ。
戦いの行く末がどうなろうと、ここア・ジールだけは絶対に守り抜く。ここが虐げられし種族の希望だからだ。
「おかえりパパ。ラーズは好きじゃないけど今夜が楽しみ。みんなでパパのお帰りのお祝いしようね」
「そこにラーズもぜひ混ぜてやってくれ。ラーズは若いが立派な男だ、フィンもそのうち気に入る」
「ううんそれはないよ。だってあいつダサいもん、フィンああいうの嫌い。ジョッシュかパパみたいなのが好き!」
「そうか……」
年頃の天使というのは難しいな……。