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14-09 帰国ついでのトンネル工事 えこひいきの権化 2/2

「ところでユランは元気か?」

「ああ、元気だ。だが力を大きく失い、アンタからすれば見る影もない姿になっている。……工事が完了したら遊びに来てくれ。本人は嫌がるかもしれんが面白い姿が見れることだけは保証しよう」


 俺の言葉に緑髪の美人が寂しげに笑った。

 ……そうかそうだった、この人は役目があってここから離れられないのか。


「それは楽しそうだ」

「ああ……。あの赤き巨竜が……今やただの愛玩動物になり果てているのだからな。それにグフェンら老人どもが平服しているのだからおかしな光景なのだ」


 役割を捨てて逃げ出したいとは思わないのだろうか。

 そんな彼女に、ラーズを介して土産話を提供してやれたら良いと思う。


「それは仕方あるまい、やつらがユランに平伏するのは当たり前の話なのだ。戦いに加わらなかった、両陣営のどちらから見ても裏切り者のオレが言う。……ユランは捨てられた種族たちをサマエルに代わって庇護した。自ら天を捨てて、あらゆる種族たちが幸せに暮らす世界を一時は実現させたのだ。……それが高潔で美しいと思ったからこそ、オレは主人を裏切り、どちらの軍勢にも加わらず静観したのだよ」


 作業を進めながらぼんやり彼女の長い言葉を聞き続けた。

 しかしふと思う。ずっと前から思ってた素朴な疑問だ。

 本当にそれは創造主サマエルの軍勢だったのだろうか。アビス同様に天の牢獄に封じられていたものが、どうやって外にはい出て、裏切り者ユランたちのもくろみをひっくり返したというのか。


「……ところで俺は人よりずっと好奇心が強いたちでな。だからよければこの機会に教えてもらいたいことがある」

「なんだ、いいぞ、オレの未来の解放者よ」


「……アンタ、天界にいたことはあったのか? そこはどんな場所なんだ?」

「ああ、天か。つまらん場所だよ」

「あっ、ハルモニア様っ?!」


 俺の質問に彼女はうんざりとした態度を示した。

 さらには静かにしていたラーズからカンテラをさりげなくも奪った。……それをくるくる回してオモチャにしている。この状況で火が消えたら困るぞ。


「全てが完璧に管理されたこの世の楽園だ。昼の続く夜の無い世界。飢えも、寒さも、快楽すらもいとも簡単に満たせてしまえる、至高の世界だった」

「それはすごい。……いや……だった? それは過去形になるのか?」


「ああ、それはサマエルが封じられるまでの話だ。今はほぼ全ての機能が使えなくなっている。天界は、ただ狭いだけの収容所になり果てたのさ。だからその際に、大半の神々が地上、あるいは別世界に渡ったそうだよ」


 それがユランの裏切りの結果だそうだ。

 確かにそれで地上の種族たちは救われたが……。


「ならそれは――」

「ああ、だからユランは今でも一部の者から逆恨みされている。……ユランとその共謀者が楽園を滅ぼした、とも言えてしまえるからな」


「ならアンタはどうなんだ? 当時のアンタはユランを恨んだのか?」

「いや……オレは塔の管理者として作られたからな。きっと前任者が死んだか、役割に飽きて職場から逃げてしまったんだろうな。だから地上での生活にも慣れていたし、内心……天での生活を失った神や天使たちに、ざまぁみろと思っていたね。これで、オレとキミたちは同格だ、とね」


 思えばハルモニアは人間らしい神様だ。

 だから俺も後ろを振り返ってニヤリと笑い返してやった。


「それを実現させたユランは、オレからしたらちょっとしたダークヒーローだったよ。こんなバカなことしでかすやつがいるだなんて信じられなかった、だからそこに痺れた、思えば当時オレにとっての主人公は、反逆者ユランだった」


 それは本心からの言葉なのだろう。

 男言葉を使う女神は次第に饒舌になっていった。俺のことを気に入ってくれていたのもあると思いたい。現に機嫌が良さそうに見えた。


「知っているか? サマエルが生んだ始まりの種族巨人を。その1部族をオレは育て導いて、アビスの塔の管理者として封印を維持してきた。……ところがある年サマエルの気まぐれが起こった。天使の軍勢が地上に攻め寄せて来て、せっかくオレが育てた防人たちを滅ぼしてしまった」

「ああ……。だからアンタは裏切ったのか」


 裏切る動機としては十分過ぎる。

 そんな暴虐が働けるほど、当時のサマエルの力はそれだけ圧倒的だったのだろうとも読めた。


「ヤツらは代わりに有角種の子供と、獣人の子供たちを置いていった。次からはコレで封印を維持しろ、アビスの貴族どもを絶対にここから出すな、アビスが消えたら天への帰還を許そう、って天使どもが言うのさ。……神族であるはずのこのオレに、傲慢にね……。まあ、そんなはらわた煮えくり返るような気まぐれが、2度続いたんだよ」


 それはユランの言う歴史とも一致している。

 種族を地上に蒔いてはリセットを繰り返す。やはり俺にはサマエルがただ遊んでいるようにしか見えない。


「で、その3度目の日がやってきた……。正直ね、さすがのオレもさ、突っぱねようか本気で悩んださ……。でも相手は絶対に敵わない相手なんだ……創造主なんだ……絶望したさ……。でも、そのあとなぜか、使いの天使どもが急に来なくなった。それでその後知ったんだ、ユランたちがヤツを裏切ったって」


 湖上の亡霊は悔しそうに過去を振り返っていた。ところがその美人の顔が爽やかな笑顔に変わった。

 ……そこで俺もやっと気づいた。彼女も俺たちと同じだと。傲慢に振り回され、堪える日々を続けてきたのだ。


「ありがとうハルモニア。ならばこれはその面白い話の謝礼だ。この世界に隠された神話の断片を聞けて良かった。アンタたちの人生はまさに物語にも等しい価値を持っている。さすがは神々だ。さあ、これで開通だ、見てくれこの輝かしき光景を」

「ま、まぶしっ……。わ、わぁぁぁ……ここってあの谷の下ですよね!? すごい……こんな、こんなことが実際に起きるだなんて……それもたった半日で……信じられません!」


 最後の一突きで壁がガラガラと崩れ落ち、谷底へのトンネルが開通していた。

 そこに昼の陽射しに照らされた、フレイニア側の山林が崖上に天高くそびえている。

 普通ならばあの断崖絶壁に張り付いて命を渡り賃にしなければ、たどり着けない場所だ。


「これでアンタたちは山奥に引きこもるというこれまであった選択肢を失った。だがその代わりに、外の世界という希望を得たのだ。……いつか俺がアンタを解放しよう、だから絶対に来てくれ、俺たち自慢の都ア・ジールに。アンタの英雄ユランもそこで待っている」


 もしかしたら崖の下に降りたことがなかったのだろうか。

 震える足取りで女神ハルモニアがトンネルを抜けた。

 必要がなくなったからといって、雑に捨てなくてもいいのにカンテラをゴトリと足下に落として。


「ああ、何とも名状しがたい光景だ……。アウサル、ユランに伝聞を頼む。たかが一介の牢屋番に過ぎないオレだが……今度こそ、このハルモニアを反逆の軍勢に加えて欲しい。今2度目の覚悟が付いたよ……オレは、サマエル様を本当の意味で裏切る。オレの英雄は、ユランだけだ、オレはユランにつく、もうサマエルには従わない!! もうこりごりだっ、オレの育てた民を、もうこれ以上殺されてたまるか!!」


 反逆の邪神ユラン、その生ける伝説は女神ハルモニアまでも魅了していた。

 かつてニブルヘルのグフェンは俺に叫んだ。あの言葉を俺はいつまでも忘れることが出来ない。


 この世のどこにダークエルフの逃げ場があるというのか、教えてくれアウサル。陥落のあの日、ただ1度だけグフェンが吐いた弱音だ。

 アビスの看守にしてエルフィンシルの守護者ハルモニアはあのグフェンと同じだ。

 彼女はきっと、ただ仲間を守りたかっただけなのだ。


 超大国エルキアは暴走している。俺たちは生き延びるために行動を続けなければならない。


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