14-09 帰国ついでのトンネル工事 えこひいきの権化 1/2
「エルフィンシルもア・ジール帝国に加わろう。ただしこの書簡をユランに届けてくれ。文句が返って来なかったら合意と見なす。アウサル、オレは今キミに恋いこがれているよ。いつかキミが、オレを解放してくれるかもしれないからだ」
「……わかった。わからんが可能な限りの善処はしよう、何かあったら連絡をくれ」
昼、その日のうちに生き神ハルモニアの口からア・ジールへの参入が宣言された。
可哀想にラーズ少年も一緒だ。処置したての包帯まみれでこの式典に出席させられていた。
「だがこちらにも都合がある、すぐには動けん。何せ我らは悠久の時をただ引きこもって生きてきたからな。そこでこのラーズを取り急ぎそちらに派遣しよう」
「よ、よろしくお願いします皆さん! うっ、痛っ、ぅぅ……」
なるほど彼はそういう段取りで呼びつけられていたのか。
しかし……ラーズか。才能はあるようだがどうにもこれは……いやそもそも現在進行形で負傷している状態ではないか。
「おい待てハルモニアよ、それはケチが過ぎるというものだっ! まあ我もこのお子様にはなかなか期待している。だがなっ、今はこんな小僧1匹借りたところで大した役に立たんぞ!」
「猫の手も借りたい、という異界の言葉もあるが……そこの隊長殿ではダメなのか? 来るときに世話になった縁もある」
しかしハルモニアが首を横に振った。
ラーズは憧れのラジールの、バカ正直でデリカシーの無い言葉に落胆したようだ。とはいえ現実問題、今は少しでも役立つ戦力が欲しい。ラーズではとても足りない。
「安心しろオレの推薦だ間違いはない。それにラーズはな……ザ・ヒーローなのだよ。これはその昔、サマエルが気まぐれで作り出したシステムの1つだ。仮初めの主人公を生み出すことで、世界に刺激を与えようとしたのだ」
「主人公か……。なるほど、それは傲慢なようで少し共感できる。神として善を尽くすよりも、自分が感情移入する主人公をえこひいきして遊ぶ方が、楽しいだろうからな」
もしかしたらそれがサマエルという存在の本質なのだろうか。
会ったことがないのでわからんが、一介の本読みとして行動が理解できてしまう。己が作った世界にドラマを求めたのだ。そしてそれこそが純真にして邪悪な行いだった。と、妄想が絶えない。
「……それにキミらも見ただろう、ラーズのあの恐るべき生存力、幸運、あれがヒーローだ。ところがな、ラーズはまだ若い、しかもこの通りの世間知らずだ。だから……オレたちの代わりに外の世界を見せてやってほしい。外での役目は若く有望なラーズにこそふさわしいのだよ」
「は、ハルモニア様……。僕のことをそこまで考えて下さっていたなんて……光栄です、僕っ、がんばってきます!」
残念だが俺の言葉は無視されていた。
日常会話ではよくあることだ……。そうか、彼女としてはそれだけラーズのことが大事なことだったのだろう。
「それと必ず生き延びるので、戦いになったら最前線に投入してしまえ、単騎でも別段問題ないはずだ」
「ぇ……えええええーっっ?!! し、死んじゃいますよハルモニア様ぁぁぁーっっ!!?」
「わーはっはっはっ、何だそれは良いことを聞いたぞぉ! 必ず生きて帰ってくるヘナチョコ小僧か! それこそ我がラジール親衛隊にふさわしい人材よ!! 共に死線を渡ろう……」
必ず生き残るだなんて、そこは今1つ信じ切る気になれなかった。
ともかく交渉は成立した、細かい打ち合わせは政治が得意なグフェンら上層部に丸投げすることにしよう。
こうしてザ・ヒーロー・ラーズと、山岳エルフの国エルフィンシルがア・ジール地下帝国に加わることになった。
彼らはアビスを封印する為だけに己を鍛え続けてきた求道者たちだ。それは期待として俺たちの未来に希望を灯すのだった。
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さて。次にエルフィンシルからニル・フレイニア王国へのトンネルを設営する。
ラジールとダレス、およびブロンゾには先に地上路からフレイニア側に向かってもらうことになった。
せっかくブロンゾを連れてきたので、彼の別世界の技術をフレイニアに直接師事するチャンスだったのだ。
逆にブロンゾも、鍛冶の本場から盗めるものがあるはずだ。
「あばよっ、もう骨とかゾンビとか悪魔をどつくのはこりごりだ! フレイニアのらいとえるふちゃんたちと、しっぽり……やらせてもらうぜ! それが片付いたら愛するフィンちゃんと……ぐふふっ、美人になってんだろうなぁ!」
「はは……またあの崖を上り下りすんのかよ……。でもまあ、行きよりはまだマシか……? ところでアウサルの旦那よ、本当に1人で大丈夫かよ。敗将の俺としちゃアッチよかアンタの隣の方がずっと安心するんだが……」
「我も付き合いたいところだが先に戻るぞ。兵どもを少しでも早く鍛え上げて、バロアとお姉ちゃんを会わせてやらねばならんからなっ! そういうことだこっちは任せたぞアウサールよ、我が自伝に記されし英雄的同志よ!」
そういったわけで別れた。
戦闘と強行軍で消耗していたので俺も1日だけ休暇を取り、今はエルフィンシルの地下を黙々と掘っている。
「ふぅ……やはり1人くらい残すべきだったか……。明かりを照らす役が欲しかったな……」
まず山岳都市エルフィンシルから渓谷の底へと降りる地下道を用意する。
ただそれは防衛能力を落とすことにもなる。しかしだ、それは道というものの宿命だ、むしろリスクに対する利便性の方がずっと高い。
通商と交流、連絡をするならばこれは絶対になくてはならないものだった。
さあもうじき開通だ。昼前に終わらせて次の接続ポイントを模索したい。
「アウサルさん、だいぶ遅くなりましたがお手伝いに来ました」
「……ラーズはアウサル、キミが気に入ったようだ。おお……これがアビスの貴族すら滅ぼす力の本懐か、素晴らしい」
工事を続けているとラーズとハルモニアがやって来た。
親子のような緑髪がそろって物珍しく地下トンネルの岩壁を見物していた。
「はい、人間技とは思えません……。でも確かにこの力があれば……よくわからないけどあっと驚くことが起こせそうです」
「フッ……ユランのやつもおかしな男を使徒にしたものだな。だが、これまで見てきたどの使徒よりもキミは恐ろしい存在だ。穴と穴で場所を繋ぐその才能、一騎当千の1兵にも、変幻自在の鬼謀を持つ軍師にも勝る。きっとキミでなければエルキアは倒せないだろうな」
ラーズが床のカンテラに気づいて持ち上げてくれた。
そんな彼らを後目に俺は黙々とモグラ本来の仕事を進めてゆく。
「それに黒伯爵とその取り巻きを易々と倒してしまうとんでもない力もあります! うっ、あ痛っ……」
「大げさだ、あれはどう考えたってまぐれ当たりだ。……大丈夫かラーズ?」
「心配ない、ザ・ヒーローは死なん。死ぬべき舞台以外ではな」
主人公とは大変なものだな。
本人は必死で戦い抜いたのに、生き延びるのが当然だと言い放たれてしまうのだから。
「それはつまりいつかは死ぬ、ということだろう……。ラーズ、カンテラはそっちの神様に渡せ」
「ええっ、そ、そういうわけには……」
「いいぞ、しばらく別れることにもなる、それくらいはしてやろう。嬉しかろうラーズよ、このオレが些末な雑務を代わってやると言うのだからな」
「むしろ気が気じゃありませんから遠慮しますっ! アウサルさん、ご心配ありがとうございます!」
昨日年齢を聞いたがやはりラーズは10歳の少年だった。
そうなると色々と考えることもある。
「……しかし調停神よ、本当にこの子を預かってしまってもいいのか?」
「もちろんだ。アビスの封印に、今のところこの子の力は全くといって必要無い。能力が不足していて、奇跡的に生き延びはするがみそっかすにしかならんのだ」
「ぅ……すみませんハルモニア様……。まだまだ修行不足です、僕、もっとがんばります!」
「……本人の前でそういうことを言うな、アンタ性格悪いな。もしかして地獄の門番をしていると性格が歪むのか?」
「ああ、本人のためにオレは言っている。塔で敗北した者は戻って来ない。封印をほころばせた敗北者には名誉すらも与えられない。そうなるよりはずっとマシだよ」
アンタ、あのラジールと同じことを言っているぞ……。
こうなればどちらも俺の配慮など耳に入れない、仕方ないので作業の方を再開した。
その情景を2人はいつまでも飽きずに眺めていた。