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14-08 アビスに封じられた悪夢 黒伯爵ヴェルゼギル

「ダレス、ラーズ、コイツは首を斬っても意味がない、手足を狙え」

「そ、そこは心得てますっ、ぐっぐぁ……?!」

「旦那、そいつを片付けたらラーズを支援してやってくれ!」

「オレからもお願いする、ラーズは死なせてはいけない! 絶対に死なないはずだが、死なせたら約束は破談だと思え!」


 ならば急がなければならない。

 バスタードソードを受け止めると見せかけて、俺は従騎士の両手首を剣ごと断ち斬った。

 手の内を見せることになったがそれも一瞬のことだ。立て続けに肩と足も両断して戦闘不能に追い込んだ。しかしそれでも死なずに胴体だけでうごめくのだからこれは気味が悪い……。


「だんだん慣れてきたぞ~、でかい身体でちょこまかと動き回るが、クククッ……室内戦闘は苦手と見たっ! せいやーっ!」


 ラジールの様子をほんの一瞬だけうかがった。

 さすがの対応力だ。無数のかすり傷に流血しながらも紙一重の死闘を今も繰り広げている。

 1撃1撃が伯爵の鎧を砕き、だが恐ろしく相手も硬い、速い。長く続けば体力勝負となり競り負けるだろう。


「エルキア軍将校を舐めるなよゾンビ野郎っ、まっ、元だけどなぁっ!」


 ダレスも軍の総大将を担っていた男だ。

 アンデッドタイプの対処に苦労していたようだが、要領を得てきたのか優勢に変わっていた。こちらは問題無しだ、わざわざヘッドハンティングしたかいがあった。


「はぁっ……はぁっ……。ぐぅっ……!」


 ラーズの援護に回ることにした。

 彼は足下を血に染めながらも何とか守りしのいでいる。

 せっかくの重鎧が傷つき外れ飛び、ギリギリもギリギリの状態だった。

 10歳にしてはあまりに恵まれた才能だ。だがまだ10歳ごときの実力に過ぎない。


 けれどもザ・ヒーローともてはやされるだけのことはあった。なぜ塔攻略メンバーに選ばれたのかも少しだけ今わかった気がする。

 奇跡的に攻撃をかわして、受け止めては生き延び続けるその姿、これがどうとらえてもおかしいのだ。


 それは才能や幸運という言葉では片付かない。何か不可知の力が彼を守っているかのようだった。

 あの重装備には意味があったのだ、ラーズは生き延びる才能を持っている。

 繰り返される生と死の分岐点で、生存を握り続ける強運としぶとさがあった。


「あっ……アウサル、さん……っ。はぁぁぁっ、はぁっはぁっはぁぁーっ……あ、ありがとうございますっ、はぁぁっ……」


 おかげで速やかに敵の背後へと回り込むことが出来た。あとは背骨と鎧ごと後ろから真っ二つだ。

 斬っても斬ってもまぐれとしか思えない回避・防御を繰り返すラーズに、伯爵従騎士も頭に血が上っていたらしい。まあ、血も流れないカサカサのゾンビのようなのだが。


「異界の剣術にこんなものがある。……三枚おろし。ああ、これは二枚おろしだがな。主に悪党が正義の味方に対して使う技だ、具体的な用法は、てめぇ、この野郎、ふざけやがって、三枚おろしにしてやらぁ! だ……」


 これが限界だったようだ、ラーズがその場に膝をついた。

 ダレスの方は問題ない。


「待たせたな旦那っ、こっちも片付いたぜ! あとはあの馬貴族だけだ!」

「……見事だ。ラーズもよくやった、もうアンタはそこで休んでいろ」


 ダレスは鎧と鎧の隙間を狙って剣を撃ち込み、俺と同じように従者を戦闘不能にしていた。

 ブロンゾとルイゼが仕立てた魔霊銀合金のロングソードだ、それがアビスの鎧に打ち勝てて何よりだった。


「む、なぜ下がる馬男よ! 味方がやられて尻込みでもしたかっ、いいやそんなたまではあるまいっ、もっと我と勝負しろ!」

「う、うぇぇぇぇ……アビスの鎧ってのはこりゃ、どついてて気持ち悪いぜ! もういいぜっ、降参しろ、おいらぁもうイヤだ、おらぁ武器じゃねぇ鍛冶道具だよぉ!」


 だが降参するつもりは無いようだぞブロンゾよ。

 現に黒伯爵とやらは武装を解除していない、盾や鎧がブロンゾ・ハンマーにより砕かれ、脈打つ不気味な肉体をさらけ出してはいたが……それがまた底知れない。

 その黒伯爵が、ランスを地へと突き刺した。それから兜を外してその素顔を露わにする。


 黒い肌を持った醜い男だった。はげ上がった頭部と気持ち悪く縮れ伸びた髪、贅肉は無く頬肉すらも隆々とした筋肉で出来た怪物そのものだった。

 ……その怪物の口が今開かれようとしている。


「奴隷どもよ。我らをここからとき放て……」


 奴隷というのはどうやら俺たちを指しているらしい。

 アビスから出せと、アビスの貴族様がその奴隷どもに要求するのだから滑稽だ。


「我らこそ、真にして完全なる神。……その、我らが、何故アビスに封じられなければならぬ……こんな道理は許されん……」

「おいアウサール、こいつは何を言ってるんだ? 自分を神だと勘違いしているようだが、わははっ、少なくとも神というツラではないなっ」


 普通ならばラーズのように萎縮してしまう存在を、ラジールは豪快に笑い飛ばした。

 確かに、神という顔ではない。ただの怪物だ。


「サマエルの傲慢に……苦しめられているのだろう……? 出来損ないの種族に追いやられ……貴様らは根絶やしにされかかっているではないか……。可哀想に、我らアビスの貴族神々は、その気持ち、痛いほどわかるぞ……」


 アビスに封じられている者がどうやってこちらの情報を知り得ているのだろう。

 歴史をたどれば、彼らの劣勢はユランが封じられてよりずっと続いている。ならば黒伯爵は上辺だけの甘いことを言っているだけなのか。


「我らアビスの貴族は知っているぞ、竜神の使徒よ、忌み人アウサルよ! さあ我らを真なる舞台へと導け! さすれば最も脆弱なる下等種、ヒューマンなど、あるべき奴隷の階級へと――」

「黙れ、それ以上オレの前で臭い口を開くな詐欺師ども。貴様らは何度白々しい誘惑を繰り返すのだ」


 こんな邪悪な者の力など借りる気も無かったが、彼らを封じる役割を持つハルモニアが口を挟まない道理もなかった。……詐欺師だそうだ。


「おおっ!! これはこれはサマエルの哀れな下僕にして獄卒ごときのハルモニア殿ではありませんか。いい加減、その押しつけがましい職務精神を放棄しては下さいませんかな、我らを、ここから、とき放て!! この愚かな操り人形どもが!!」

「……その期待には応えかねるよ。経緯はどうあれ、アビスに身をおいた貴方方はもはやアビスの魔物、善神とはとても呼べぬ異形の邪神どもだ。そのドス黒い悪意が、人々を救うことなどあり得ない」


 牢獄の囚人が看守を狂気の瞳でメラメラと憎み睨んだ。

 それだけでこのハルモニアの役割がどれだけ重いか俺にもわかった。

 解放されることのない牢獄とその番人。アビスの底に眠る怪物どもの全てがハルモニアを殺したいほど憎んでいる。封印が崩壊すればただでは済まない。


「……我が主サマエルただ1つの功績があるとすればそれは、貴方方をアビスに追放したことだ。去りなさい、古き時代の残滓。貴方方の時代は、遙か遠い時代にもう終わったのだ、出番などこの先2度と来ない。……現にキミは、こうしてユランの使徒に破れかかっているんだからね」


 まあそういうことだ。

 こんな得体の知れない者の甘言よりも、成果を示してエルフィンシルを味方にする利益の方がよっぽど大きい。


「言わせておけばこの傀儡め!! ユラン! ユランめ! なぜ反旗を翻しておきながら我らを頼らぬ!! どいつもこいつも目をかけてやった恩義を忘れおって!! 今日こそ全てを、あるべき場所、あるべき地位奴隷へと帰してくれるッッ、我は最終戦争にて億の死体を地にはべらす者、黙示録の黒騎士と唄われし伝説の存在、黒伯爵ヴェルゼギルなり!! ぬごぁっ?!」


 ところが話が長かったのが災いした。

 ラジールのかけ声に合わせて俺たちは勘違い伯爵殿に突撃をしかけていた。


「卑怯なり劣悪種ども! ぐっぬぉぉぁぁっ?!」

「貴様の話は難しくてわからん! 知恵熱を起こさせようとしてもそうはいかんぞ! もう1発食らえーっ!!」


 俺は興味深かったのだが、そこは個人の性格と好みいうものがある。

 理解不能、よって戦闘再開というラジールの思考回路が、出会って初めての黒伯爵ヴェルゼなんとかごときに理解出来るはずがなかった。


「4体1とは卑怯なッ、卑怯なッ、正々堂々死合えッ、奴隷どもめが!!」

「そんな都合の良いルール誰が決めたよっ、やっちまえ旦那!」

「動きは我らで止める! 何せコイツは肌も鎧みたいに硬くてな、期待しているぞ我が青春と闘争を彩る盟友にして同志よ!」


 前衛をダレスとラジールに任せて、俺は中衛の位置からチャンスをうかがった。

 相手は神話からすら消された邪神だ、油断しているうちに、要らぬ底力を発揮される前に、一気に決着を付けてしまわなければならない。


「今だッやってしまえアウサールッッ!!」

「グハァッ?!」


 巨大なランスがラジールを狙って突き込まれた。

 外れた。大地に突き刺さったそれにラジールが飛び乗り、かけ上がり、ブロンゾハンマーで兜を外していた顔面をぶん殴る。

 しかしだ、今だと大声で言われても困る。警戒されるではないか。だが、確かにこれはチャンスでもあった。

 そこで黒伯爵ヴェルゼギルの側面死角に回り込み、鎧ごとそのわき腹へとルイゼの白銀のスコップを突き刺した。


「お、おのれ奴隷ども!! こ、この程度でこの伯爵を倒せると思うなよっ、ぐ、グガッ、い、痛ァァァィィッッ!!」


 しかしどうもおかしい、妙な感触だった。

 肉に突き刺したというよりも、それは土に近かったのだ。

 だからついつい条件反射で、えぐり、掘り起こし、スコップですくったものを後方へと払っていた。


「な……なんだ貴様は……刃受けぬ我が肉体を……い、イダッ、イダイッ、イダイイダイイダイッ、そんなバカなことがッ?! ア、アビスの力がえぐれ、取られるなんてっ、ギァァァァーッッ!! 朽ちるゥゥッ、朽ちてしまうゥゥッ!! 偉大なる我が……奴隷ごときに……ァ、ァァァァァ……」


 よくわからんが驚くほどよく利いた。

 よくわからんが俺のスコップに掘り起こせないものなどない。黒伯爵は馬の脚部で膝を突き、傷口からドス黒い血液をほとばしらせた。

 スコップ1つ分もわき腹をえぐり掘られたのだ、人間ならば死ぬところだが……どうなるかわからん。


「おお……1撃でアビスの貴族を……。ラーズ、もう十分だ、今すぐアビスの封印を施こせ、ヤツに逃げられる前に門を閉ざせ!」

「は、はいハルモニア様! 夷狄の地より来たりし門よ、約定に従いこの地より遥か彼方へ去りたまえ! この世界にアビスの力は必要ない、去れ!!」


 まるでよくわからんが、黒伯爵の苦悶と呪詛と共に戦いは終わった。

 封印の力が魔界の貴族を包み込み、ヴェルゼギルはあらがうこともできずにこの世から姿を消してゆくのだった。

 後に残ったのは、俺が掘り返したやつの肉体の断片。生命力旺盛に脈打ってたそれも、次第にただの黒い石へと変わり果てていった。


 ……片付いた。しかしそれ以降、どうもハルモニアの態度が変わったような気がした。

 好かれたというよりもこれは、むしろ……。神に魅入られたというのが適切な表現なのかもしれない。

 アウサルは調停神の強い感心を得ることにもまた成功していた。


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