14-07 アビスに封じられた悪夢
4層から俺たちも戦いに参加することになった。
ラジールはまだまだ余裕で援護に不満を呈するくらいだったが、この女は俺たちの切り札命綱だ。勝手に疲労されて大物相手に苦戦されても困る。
するとそこでラーズ少年の実力も露わになった。
足手まといにはならないが、動きの鈍さからして火力には全くといってなりそうもない。
ハルモニアは何のためにこの子を俺たちに同伴させたのか、どうもそこが判断しかねた。
「ひぃ……ひぃぃ……皆さんっ、大丈夫ですか……っ」
「わーっはっはっ、そんな鎧着てるからだ! まっ、脱いだら脱いだで斬り殺される未来しか見えんから着ておけっ!」
「ったく、酷なことしやがるぜあのハルモニアって女はよ。こんな子供にくぐらせていい死線じゃねぇだろ……」
ラジールの武勇に俺たちの力が加われば快進撃が続くに決まっている、気づけばあっさりと12層目までやって来ていた。
疲弊しているのはラーズ少年だけだ。
「しかしいつまで続くのだ、この儀式は……」
「それは……ふぅ、ふぅ……戻ろうと思えば、今すぐ戻れますよ。こうして決着が着いた状態で、後ろの扉に合図をするだけで、良いんです。ふぅぅ……それにしても、皆さんとてもお強いですね」
なるほどそういう仕組みだったのか。
ここまで付き合っておいて何なのだが、説明不足もあったものだな。
「おめぇらのんき過ぎんだろっ! 考えてみろやっ、自分らよりつえぇやつが現れたらどうすんだよ! あああ~っ、もういやだおいらだけでも今すぐここから出してくんなっ! もう骨とかゾンビとか得体の知れねぇ虫どもを潰すのはごめんこうむるぜっ!!」
「よーし呼吸が戻ったなー、さあ上にいくぞー♪ 案内せよラーズよっ、さらなる死地へ! この程度の雑魚どもでは喰い足りんっもっとっもっとだっ!」
そうだ、このアビスの塔の仕組みにおいて最も恐ろしいのはそこだった。
だが諦めろおっさん、ラジールというこのバトルマニアにとってこの塔は理想の訓練場だ。言葉通りに偽り無く、死ぬまで昇降機のボタンを押し続けるような狂戦士だ。
「はい、参りましょう! 僕もラジールさんの自慢されるア・ジールに行ってみたいです。だから寡兵ながら僕もがんばります!」
「止めろやこのアホども!! 意味わかってんのかっ、負けたら俺たちまとめて死ぬんだぞ!? 最悪の結果を想定して行動しろよなっああこら小僧てめぇっ?!」
ブロンゾに発言権は無いようだ。
そもそもラジールにその気が無く、その信奉者になりかけているザ・ヒーロー・ラーズが願いを拒むはずもなかった。
無慈悲にも再び昇降機が俺たちを持ち上げてゆく。
「往生際が悪ぃぜおっさん、諦めろって」
「ダレスッ、おめぇもおめぇだぜ! おめぇならちょっとくらいよっ、おいらの味方してくると思ってたのによぉ! 命が惜しくねぇのかよっおいらは惜しいぜもっともっと生きてぇぇっ!」
交渉1つのために俺たち4人の命を賭ける必要があるか?
という問いがあるとすれば、それは肯定だ。味方を増やさなければいずれ俺たちはエルキアに負ける。
アビスアントやセイクリット・ベルのような反則の手札を、やつらがこの後引いて来ないはずがない。だからその前にその上を行かなければならないのだ。
「そりゃ今さらだろおっさん。それによ、俺ぁアウサルの旦那に命を救われたようなもんだ。敗将の俺がバカ笑い出来てんのも、フィンちゃんと楽しくおしゃべり出来るのも、あん時旦那が気まぐれを起こしてくれたからだ。命なんて惜しくねぇ、俺ぁエルキアを正す為なら何だってすんだよ!」
「うるせぇ!! だからよぉ、生きてフィンちゃぁぁーん! に会う為にも死ねねぇじゃねぇかよっ、バカかよてめぇら!!」
正論だ、ある面ではブロンゾが正しい。
「ブロンゾ、悪いが諦めてくれ……。そのフィンのいるア・ジールを守るためにも、彼らの協力がどうしても必要なのだ。……それにもう上に着いてしまうようだぞ」
「おおっそれにどうもこれはっ、これまでとは様子が違うぞ! はぁぁ~ワクワクしてきたぁぁ~♪ さあ、いざ、いざ現れよ地獄の好敵手よ!」
13層目はこれまでと景観が異なった。
これはよりアビスに近くなったとでも言うのだろうか、悪魔的な装飾が壁を彩り、まるで魔界そのものに迷い込んだような空間がそこに広がった。
ムダ口を吐ける状況ではないようだと、誰もが口を閉ざした。
「ラーズ、解説を頼めるか。どうも雰囲気がこれまでとまるで……む、あれは何だ……?」
「おおっおおっおーおーおーっっ、きたぁぁ~~♪」
異界の言葉を再び借りよう。
その概念を借りるならばここは[ボス部屋]というものに例えられた。
それは飛び抜けて屈強なボス、ボスの称号を持ちし者が門番として挑戦者を試すような場所を指すものだったはずだ。
「ひぇぇぇーっでけぇぇぇぇぇーっっ!! し、死ぬぅぅーっっ!!」
「地獄って書いてアビスってか? マジで俺ら地獄を下ってたってわけだ……」
そこに巨大な騎馬戦士がいた。
いいや正しくは、馬の下半身を持った異形の黒騎士がいたのだ。
その正面には従者とおぼしき全身鎧の重戦士が3、これも正々堂々の4:4のルールを守っていた。
「当たり前だが、あれは人ではないな。ラーズ、何か知っているのか?」
「っ……ぅぁ……」
戦慄するラーズに静かな質問を投げかけた。
多少それで彼も落ち着きを取り戻してくれたようだ。だが返事が無い、硬直してしまっている。
「おいラーズ、アウサールの質問に答えろ、あれは……なんだぁぁ~♪」
「だぁぁぁーっ、この状況で何でそんな嬉しそうな声上げれんだよクソビッチめっ!」
なのにラジールは勇敢を通り越して歓喜していた。
頼もし過ぎてマジで惚れそうだ……。この状況で喜べるだなんて、ラジールには英雄の資質がある。
「すみません……でも、でもあれは……あれは……。あれはアビスの貴族、黒伯爵ですッ……!!」
「ほう、魔界の貴族とはまた面白い、なかなか神話的で興味深いな」
「旦那、くれぐれも油断はしないでくれよ。馬の下半身に訓練された騎士、こりゃ問答無用でつぇぇぞ……」
やつらは重装備だ。肌の露出が少なく正体がはっきりとはわからない。
しかし人間でないと断言できた。黒伯爵の眼孔はルビーのように輝き、燃えるような光を灯してこちらを威圧的に注視していた。
「か、勝てない……あんなの勝てないです……まだ13層目なのになんで……ハルモニア様っ、助けて下さいハルモニア様……ッ!」
「わっはっはっ、勝てないと思った時点でソイツはもう負けているのだ! 見ていろラーズよっ、練りに練り上げたこのラジールの武勇、今こそ示してくれようっ! 同志たちは取り巻きどもを頼んだぞ!!」
その一触即発の睨み合いを破るやつがいるとすれば、それはラジール以外にあり得ない。
何一つ迷うことなく黒騎士へと突撃していた。
「やーーめぇぇろぉぉぉーっっ!! てめぇの頭はムカデかなんかかっ自分より遙かにでけぇ相手をっ、ギャァァァーッッ!!」
ラジールのハンマーが大盾に阻まれた。
そしてすぐさま反撃の野太いランスが彼女に撃ち込まれる。
それを受け流し、ラジールは黒伯爵との戦いを拮抗させた。いや残念だが少しずつ押されている。
「すまないユランの使徒! アビスの貴族どもが現れるなんて想定外だった、だが、だがもう制約による死闘は始まってしまった、死にたくなかったら全力でそいつを追い払え!!」
俺たちの後方にハルモニアが現れた。
ちらりとだけ後ろをいちべつしたが、やはりラーズの髪色と似ている。
「ありゃラジールと同格以上じゃねぇか……確かにやべぇぜ旦那っ、急いで雑魚どもを片付けよう! ラーズ、悪ぃが援護は出来ねぇ生き延びてくれよ!」
「ラジールならしばらくは問題ないだろう、ラーズそっちのやつはアンタに任せた」
「は、はいぃぃっ!!」
俺は左手側の従者騎士を受け持った。
ダレスとラーズもぞれぞれとの距離を詰める。
これは黒伯爵の従者なのだろう、騎士道精神なのかラジールと伯爵の一騎打ちに介入するつもりはないようだ。
「しかしアンタ、相手が悪かったな」
正体不明のその騎士は両手剣バスタードソードを得物にしていた。
その斬撃をこちらはスコップで受け流す。最初だけ手の内を読まれたくはないので剣ごと断ち切るのは止めておいた。
「……まあ、そうだろうな」
カウンターで相手の首を刈りつつ斬り抜けた。
何となくそんな気はしていたのだが、鎧の下はカサカサともろい肉体だった。
しかも首を落とされても平然とこちらに振り返り、危険な両手剣を再び降り下ろしてくるのだからおぞましいことこの上ない。