14-06 アビスの巨塔
翌朝、俺たちは建物の最上階に案内された。
話によるとこの場所そのものが通称アビスの塔、その最上階であるここがその真なる門で、他全てはただの外部設備だという。
そこは広い円状のホールだ。あの白亜の聖堂とは対照的に物々しい金属壁が周囲を囲み、暗く鈍色に黒光りしている。
その壁のあちこちに巨大な傷跡がいくつも走っていた。そしてそれらに応急の補修がなされているのだから到底普通の部屋とは呼べない。
さてちょうど今、こちらに何の確認もなく背後の門が轟音を立てて閉ざされ、さらには厳重な施錠がされたところだった。
塔攻略のメンバー数は4、俺にダレス、ラジールとブロンゾ・ハンマー、そして残る1名が例の……。
「まさか、ザ・ヒーロー・ラーズというのは……アンタなのか……?」
「は、はいっ、僕がラーズです!」
10歳ほどのヒューマンの少年が重い全身鎧と兜を身に付けていた。
こうして扉が閉じられるまで、俺たちの誰もがただの見張り役かと思っていたのだが……さすがにこれは拍子抜けだ。
どんな業の者が現れ、今後の戦力として頼もしい実力を示してくれるのかと期待していたのにだ。
ここで少し説明が前後するが、つまりはこの場所は、この空間は戦うための場所なのだ。
「おいおいおいおい……大丈夫かよ坊主……? どう見たってそれはよ、重量オーバーってやつだろ……そんな格好で戦うつもりなのか……止めとけって」
「は、はい、大丈夫ですたぶん! 未熟者ですが、よろしくお願いいたしますっ! えーっと……ブロンゾさん!」
「俺はダレスだよっ、頼むからそっちの変なおっさんと同じにしねぇでくれよ坊主!」
「えっわああっ、す、すみません間違えましたダレスさんっ!」
きっとこちらの名前と大まかな容姿だけ聞いていたのだろう。
ちなみにダレスはひどく傷ついたようだ。
するとちょうど俺たちの目の前に、あの体の透ける女、霊体姿のハルモニアが何の前触れもなく現れた。
「おはようユランの軍勢たち。この距離なら会話も出来るな、特別にオレが直々に解説をしてやろう。ここはアビスの塔、創造主サマエルが生まれるより遙か昔からこの世に存在し、この世に混沌をもたらしてきたアビスを、ただ封じる為だけに存在を許された場所。キミたちはラーズと共にこの塔を上り、約束通り組みするだけの価値をオレに見せてみろ」
創造主より先に存在した場所、とはまた興味深い。神秘を越えた神秘の遺跡というわけだ。
しかしこんなことを人間ごときの俺たちに話して良かったのだろうか。あるいは身勝手な創造主にもう従うつもりはないという、意思表示の1つなのか。
「フロアを陥落させるたびにアビスの封印は強化され、無惨に破れ死ねばその逆となろう。これは儀式であり、契約でもあり、封印である。敗者に救いは無い。さあ裏切り者の使徒よ、ザ・ヒーロー・ラーズを連れて塔を上れ」
要件はそれだけだった。勝手に言いたいことをまくし立ててハルモニアは消えていた。
そうなると俺たちの視線はラーズという小さきヒーローに向けられることになる。
……ただ歩くだけでも重く大変そうで、度を越した鈍重さからして戦力にはとてもなりそうには見えなかった。
「消えやがったぜあの女!」
「別に命が惜しいわけじゃねぇけどよぉ、子供連れて死線をくぐれとか、どうなんだよそれは道徳的によぉ……」
話によると、この塔を上るとアビスの怪物が現れるそうだ。
その駆除を介して俺たちの実力を計る、掛け金は命、ついでに封印の儀式も進む、だそうだ。
「す、すみません皆さん……! 僕たちハルモニア様の命令には逆らえなくて……」
「まあいい……ハルモニアの意図はわからんが、任せたぞラジール」
「うむっ任せよアウサール! おいそこのお子様、そんな兜は外してしまえ、動けなければ意味がないぞ!」
ラジールがラーズの兜を乱雑にはがし取った。
するとそこにハルモニアと同じ薄緑色の髪をした美少年の顔が現れた。
やさしい顔立ちだったが……覇気や威勢といったものが感じられない。やはり戦力に数えるのは止めておこう。
「わははっ、本当にただのお子様ではないかっ! あの女なりの冗談かっこれはっ!」
「すみませんっ、がんばりますから連れてって下さいっ! 僕みたいな未熟者が、本当にすみませんすみませんっ!」
まあそっちのやり取りはさておきだ、ここはどう考えたって塔の最上階だ。当然ながら階段もない。
「ところでラーズ。変な表現になって俺も当惑を隠せないのだが……俺たちはどうやって上に上ればいい。というより、ここより上が本当に存在するのか?」
俺の問いかけが結果的に彼を助けることになったらしい。
ラーズは兜を抱えて部屋の中央に向けて重たくノシノシと歩きだした。……おお、やっと到着したようだ。
「それはすぐにわかります。皆さん、この円の中に入って下さい。あ、出来るだけ中央に……。それで上に到着するとすぐに戦闘になるので、どうか気をつけて下さいね」
その言葉に従って皆がラーズの前に集まると、彼がそこにある台座のボタンを押し込んだ。
するとどうしたことだろう、足下ごと床そのものが上に上に昇ってゆくではないか。
「うおおっ何だこりゃっ、おい見ろ天井が渦巻いて……うぉなんじゃこりゃぁぁーっ?!!」
「やっぱついてくんじゃなかったぜっ、おいラジール! 今すぐおいらをここから投げ捨てろやーっ!!」
そうなると誰もが天井にぶつかるのではないかと上を見上げた。
ところがだ、そこには何もなかったのだ。
ぽっかりと床と同じ円状に黒い空間が広がり、そこを中心にドス黒い霧が渦巻いていた。
「わははっ、いきなりだが死線の匂いがするぞっ! アウサール、我が心のフェスティバルよっ、付いてきて良かったぁーっ!」
「ああ、今やアンタだけが頼りだ。冗談抜きで本心でな」
しかしこの構造、もしやこれは……異界の本で読んだことがある。
これはエレベーターという装置ではないだろうか。階段ではなく床が上がるというこの発想、我が身で味わえるとは俺も感動感激だ。……心のフェスティバルとかいう奇妙な言葉には突っ込まないでおいておこう。
俺たちは逆らうこともままならず空間の向こう側、2層目とおぼしき上の階層にたどり着いた。
周囲の景観は下によく似ていたが薄暗く、奇妙な霧がうっすらと立ちこめている。
例えるならば下の部屋そのものが魔界に変わって現れたようだった。
「ひぇぇぇっありゃぁぁお化けじゃねぇかぁぁぁぁっ?!!」
「黙れやおっさん! お化けはおめぇだと何度言えばわかんだよ! 旦那っ、ありゃまともじゃねぇ、気をつけろよっ」
正面側に4体の軽戦士が待ちかまえていた。
こちらも4、向こうも4、これはそういうルールなのだろうか。
ただし敵のその肉体には肉が無い。飾り気の無い表現をしてしまえばスケルトンと呼ばれる、本の世界の怪物、恐怖のアンデッドがそこに現れていた。
「わははっ、早速腹ごしらえだっ! 手を出すなよアウサールとその他もろもろっ!」
「ひ、1人でって?! 無謀ですよそんなのっ!」
「ああ、アンタの好きにしてくれ……」
そのスケルトンソードマンたちにラジールが単身突撃した。
「ちょっ、ちょまっ、おまっ俺は行くと言っちゃっ、うわぁわぁぁわぁっ?!!」
「我とクソオヤジのパワーを見よっ、成ッ敗ッ!!」
いや訂正しよう、ブロンゾは武器としてすっかり気に入られていたので一緒だ。
ラジールの盾がスケルトンの剣撃をあしらい、ブロンゾハンマーが骨だけの肉体を一文字に叩き砕く。
4体1だというのにまともな戦いにもならない、圧倒的な戦闘力を見せつけてアビスの骨たちは無へと帰していった。
「え……。つ……強い! 僕っ、こんな超戦士見たことない……! あっああそうだっ、どうか僕を弟子にして下さい! ラジール様!」
「ふぅ~……準備運動には全く足りんなっ。おおっ、我としたことが様に格上げされてしまったかっ! わははっこれは気分がいいっ、ならばア・ジール地下帝国に来いっ、最強の戦士に鍛え上げてやるぞこのお子様っ!」
ところでだ、こちらの勝利により辺りの霧が薄まり消えた。
悪夢的な情景が次第に元の下の階、鈍色の神殿のものへと戻っていた。どうやらここはそういう場所らしい。
「おぃおぃ~そりゃ止めとけ止めとけ……。うちの鍛冶場は練兵所に近くてなぁ……兵隊どもが血ヘド吐きながら鍛え――あー、いいやあれは調教だな……されてんのが見えんだわ、ありゃ死ぬぞ小僧……」
「何を言う、戦場で死ぬより100倍マシだっ! 訓練ならいくらでも負けれるが、現場ではそうもいかんっ、死なせたくないから我はあえて厳しくするのだっ!」
ブロンゾの親切心も少年ラーズには届かなかった。
輝く瞳が憧れの超戦士を見上げ、自分もこんな武人になりたいと夢中になっていた。
「ラーズ、そこの狂戦士に3層目を見せてやってくれ。おかわりが欲しいそうだ」
「あっ、はいっアウサルさん! それでは行きますよ皆さん!」
「わかっているではないかアウサールっ、だてに我にベタ惚れしているわけではないなっ、急に歌いたくなってきたぞーっ、ヨォォォレイヒィィィーッッ!!」
昇降機が俺たちを次の階へと運んでゆく。
最初の不安や恐怖心はどこへやら、その場の誰もがラジールの武勇にベタ惚れだった。
「はぁ……あのジョッシュが子供みてぇにひねられるのも、納得の実力だわ……。つーか何だよこの女、つえぇぇ……」
「そ、そんなことよりよぉーっ! 俺で気味わりぃ骨どもどつくの止めろやぁぁっ、てめぇら覚えてろよっ、死んだら化けて出てやるからなぁぁーっ!!」
いやしかしな、その化けて出るというのは、今の状態とあまり大差がないのではないかブロンゾ……?
昇降機が3層目へと俺たちを導く。また怪しい霧と悪夢的な色彩が壁を彩り……。
「わーっはっはっ、楽しいなぁここはぁーっ♪ うおりゃぁぁぁーっっ!!」
その先もラジールの独り舞台となっていった。
試練……恐怖……? ラジールにはそんな言葉存在しないようだぞ、調停神ハルモニアよ。